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二十二話 殺し文句

「ロッシュさま、こちらです」


 広場の噴水の前、シャルルが大きく手を振った。


「遅れてすみません。まだ地理に慣れていなくて」

「大丈夫ですよ。私も先ほどついたばかりですから。では、行きましょう」

「あの」


 先を行くシャルルがくるりと向く。


「敬称はつけなくていいです」

「――では、ロッシュさんとお呼びしても?」

「はい、それで大丈夫です。他にも聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

「ええ。私にわかることでしたら、お答えしますよ」


 シャルルの人のよい笑みは、口が軽くなってしまいそうだ。含みがあるわけではなく、ついつい話したくなるというか、安心感がある。


「装備を揃えたいんです。武器はあるので、討伐用の服や魔導具を。いいお店を知りませんか?」

「もちろん知っていますよ。メルシエの商業ギルドが贔屓にしている店や言わずと知れた有名店、知る人ぞ知る! なんて店まで、ご紹介できるかと。それこそ、魔導具はエリゼオさまに頼まれてはいかがです?」


 シャルルはぴたりと足を止め、小さな工房の扉をノックした。まもなくして、ふらりと人影が覗く。


「こんにちは、エリゼオさま。シャルルです。以前に交わした、素材の調達を担う人材を探そうといった話は覚えていますか?」

「見つかった、ですか?」


 わずかだった扉の隙間が、大きく開いた。


 姿を現したのは、ロッシュと同年代の青年。濃色の長髪は結われているというより括られたという表現が正しい。流された前髪で左目は隠れているが、アメジスト色の目は期待にぱちぱちと瞬いている。


 錫色の長衣に同色のズボンは、フィエルテの西に国土を構えるユルティム王国の装いだ。


「エリゼオさまはユルティム出身で、魔導具師になるために、二年ほど前にフィエルテへいらしたのです」

「どうぞ。待って、ました」


 嬉しそうに綻んだ顔に、ロッシュは目を奪われる。


 エリゼオは非常に端正な顔立ちをしており、その笑顔は見惚れてしまいそうなほど綺麗だった。ロッシュが出会った人たちの中で、最も美しい顔をしている。


「――」


 通された工房は古風と言えば聞こえはいいが、見るからにあちこちガタがきている。乱雑に積まれた本や用途のわからない道具がそこらに転がり、けれど素材は丁寧に保管されていた。


 そして、一室しかないため作業場と寝床が一緒になっているようで、部屋の隅には布団が敷かれてある。


「人、来ない。だから、もてなしできない。どこでも、座るといい」

「ロッシュさん、こちらをどうぞ」


 シャルルはどこからか持ってきた丸椅子を二人分、用意してくれた。エリゼオは積まれた本の上に器用に座っていた。


「エリゼオさま、こちらはロッシュさんです。まずは話を聞きに来ただけですので、ロッシュさんが素材を調達する約束はできません」

「ロッシュ、よろしく、お願いします。僕は、なにすればいい? ですか?」

「エリゼオさまがしたいことをお話しください。以前、私に話してくれたように」


 ぴんときたような顔をしたシャルルは、すっくと立ち上がって床に散らばる紙を何枚かかき集めた。


「これ見て」


 差し出された紙は仕様書で、『セイレーンの笛』や『水棲馬ケルピーの足ヒレ』など、手描きの図面とともに魔導具について書かれていた。


 港町らしく、どれも水辺に関する魔導具たちだ。


「どう思う、ますか?」

「私が思うに、この魔導具が最も、現実的だと考えています」


 今度はシャルルがロッシュに設計書を手渡した。


風船魚バルーンフィッシュの救命胴衣」

「ロッシュさんは風船魚バルーンフィッシュをご存じですか?」

「いえ、知りません」


 首を振ると、シャルルは風船魚バルーンフィッシュについて教えてくれた。


 風船魚バルーンフィッシュとは丸々としたボールのような魚の魔物で、フィエルテの近海にも生息している。


 空気に触れ続けると体が膨張し、いずれ破裂する特性がある。しかも破裂すると血をまき散らし、生臭さが一日中取れないほどの異臭を放つ、漁師泣かせの魚でもある。気づかず他の魚と一緒に網で引き上げてしまえば、あまり想像したくない惨状となってしまう。


 対処法は速やかに水槽に入れるか、早めに締めて血抜きをするしかない。


風船魚バルーンフィッシュは食用には向かず、捨てるくらいならと漁師の方々から安く買えて試作しやすいのですが、あと一歩というところです」


 風船魚バルーンフィッシュの皮は浮力を付与できる素材だ。救命胴衣に付与すると、それは絶対に沈まなくなるそうで、溺れる心配がなくなるという。


「脆いんですね」

「そうです」


 問題点は、空気に触れ続けると破裂する風船魚バルーンフィッシュだけあって、救命胴衣に傷がつけばたちまち浮力が消えてしまうことだ。


 船のどこかに引っかけたり、魔物の襲撃にあったりしたら傷つく可能性がある。知らぬ間に浮力を失い、いざ海に落ちて浮いてこなかったら洒落にならない。


「浮力を付与できる素材は他にも存在しますが、厄介ものである風船魚バルーンフィッシュが活用できるなら漁師たちも提供を惜しまないはずです。そのうえで問題はやはり、強度ですね」

「それなら……」


 設計書を一瞥し、シャルルとエリゼオを見やる。


「耐久を付与できる素材を探しましょう。……救命胴衣って防水布ですよね?」


 ロッシュは仕様書と設計書を見比べる。海になど行ったことなどなく、ましてや救命胴衣なんて実物を見たこともない。


「ええ、防水布です」


ドラゴンの硬化がほしい……水竜ウォータードラゴンが理想的、でも非現実的だからできない。他に硬化を持つ素材は……」


 ぶつぶつと思案するロッシュを、エリゼオがはらはらとした顔で心配する。


「クラージュ領からは外れますが、フィエルテの南西に岩石地帯がありますよね?」

「ええ、ありますよ」

鎧鼠アーマーラットがいるのではないでしょうか」


 鎧鼠アーマーラットとは、体長五十センチほどの大きさの鼠に似た魔物のことだ。全身が鎧のように硬いエナメル質で覆われていて、骨は硬化の素材でもある。


「可能性はあります。が、行くにしても下調べが必要です」

鎧鼠アーマーラット、使う」


 ロッシュははっとする。


 これでは完全に協力する流れになってしまっている。しかも、ロッシュに魔導具製作の知識などない。難易度は度外視で、あくまで実現できそうな理想を想像で口にしただけだ。


「それを考えるのは、エリゼオさまですから。ロッシュさんは魔物を討伐してもらえたら十分ですよ。ほら、見てください」


 シャルルはエリゼオへと視線を向ける。


 ロッシュにはよくわからないが、エリゼオは設計書を新しく作り始めていた。熱に満ちた目は手元に集中していて、すでに先を見据えているようだった。


「ロッシュさんが前向きに考えてくれて、嬉しい限りです」

「え、あ、いや……協力すると決めたわけでは……」

「それはそれとして、他にも仕事を探しておきますから。次の訪問を経て、また改めてロッシュさんのご意向を窺いますよ」


 にこりと微笑むシャルルに押され、ロッシュはそれで納得してしまった。


「それではエリゼオさま、私たちはお暇させていただきますね。楽しみにしています」


 エリゼオはぱっと顔を上げ、シャルルに続こうとするロッシュへ小走りに駆け寄る。そして包み込むように両手を握った。


「ありがとう、ロッシュ」

「あの、俺は……」

「――次も、僕に会いに来いね?」


 満面の笑みを浮かべ、こてん、と首が傾げられる。


「――」


 この美貌の持ち主は、わかってやっているのだろうか。顔面のよさと口調の拙さが相まって、凄まじい破壊力に思わずどきどきしてしまった。


 エリゼオが異性だったら惚れていてもおかしくないほどだ。


「待ってる」


 最後の最後までエリゼオに見送られ、姿が見えなくなったところでロッシュはほっと息をついた。


「あの殺し文句、効くでしょう?」


 ころころと笑うシャルルにじとっとした目を向けてしまう。


「私も以前、ああ言われたんです。手を貸したくなるではないですか」

「魔導具なんて、作ったことないんですが」

「私もありませんよ。作れるとも思いません。ですからロッシュさんは、素材を調達するだけで構いません。あとはエリゼオさまが形にしてくれるでしょう。適材適所です」

「適材適所、ですか」


 どこかで聞いたような気がする言葉だ。


「ええ。ところで、ロッシュさんは組織に属さないだけで、他の冒険者と一緒に討伐するといったことは考えますか?」

「あー……いえ、できれば一人がいいです」

「承知しました。ロッシュさんにぴったりな仕事、見つけてきますから」


 シャルルはこのあとも予定が詰まっているそうで、今日のところは解散となった。


 見上げた太陽の眩しさに、ロッシュはどっと疲れが押し寄せる。装備についてはまたシャルルに聞くとして、欲しい魔導具に関してはすっぽりと頭から抜け落ちてしまっていた。


 手を貸すかどうかあやふやな状態で魔導具製作を依頼するのは気まずく、けれど協力を前向きに検討している自分もいる。


 ロッシュは小さく息を吐く。


 頭では否定していても胸中ではすでに、心は決まっているような気がした。

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