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二話 魔物との遭遇

 馬車に揺られること二日。最初は順調に思えた旅路も、腰の痛みと定期的に襲ってくる吐き気にとうとうロッシュは音を上げた。


「顔色が悪いね」

「俺、馬車無理かも……うっ」


 今まで馬車に乗る機会などなかったため、自分が酔いやすい体質だということに気づかなかった。


 ヴァンサン領から王都には馬車を走らせて五日ほどかかる。ロッシュに負担をかけないよう普段より遅く走らせているため、カシアスの予定では七日ほどかけて向かうつもりであった。


「困ったな……ここにあまり長居はしたくないんだけど、本当にだめそう?」


 現在、二人は路肩に馬車を止めている。街道として整備されているが、人里離れているため魔物が出没しやすいという。


「がん、頑張る、ぅ」


 吐き気に加え、頭痛がする。


「カシアス兄さん、ちょっと待ってて」

「え? どこに行く気だ?」


 ロッシュはふらりと近くの木に歩み寄る。不安げにあとをついてくるカシアスが驚嘆の声を上げた。


「な、なにしてるんだ! やめろ!」


 ロッシュは手頃な木に頭を打ちつけた。何度も、何度も。カシアスに羽交い絞めにされ、ロッシュの奇行が止められる。


「ポーション! 飲んで!」


 懐から取り出した小瓶を口に突っ込まれ、無理やりに喉へ流し込まれる。なんとも言えない、いや、なんともまずい味の液体だ。


 それが喉を通ると、たちまち額の鋭い痛みが消えた。


「血迷ったのか!?」


 血相を変え、カシアスがハンカチでロッシュの額をごしごしと拭う。白いハンカチは血で滲んでいた。


「だって、他の痛みがあったら吐き気が紛れるかなと思って」

「だからって自分を傷つけるようなまねはやめてくれ。同じようなことは二度としないと約束して」

「うん、わかった。約束する。ポーション飲んだら少しましになったかも。もう行けるよ」


 ロッシュが馬車に戻ろうとしたとき、体の前に腕が伸ばされた。


「カシアス兄さん? どうしたの?」

「なにか……魔物が近づいて来てる。俺から離れないで、ゆっくりと馬車に乗るんだ」


 カシアスの指示に従い、息を潜めてじりじりと馬車に寄る。ロッシュが馬車に乗ったのを確認すると、カシアスは背負っていた盾を右手に構え、左手に分厚いグローブをつけた。


 馬車を背に、周囲を警戒する。


「あっ」


 兄の向こう、木々の間からなにかがずりずりと這い出てくる。


「絶対に馬車から出ないで」

「あれは……」


 扇蛇ファンスネイクだ。頭部が扇のように広がり、平べったい頭の長蛇の魔物である。体長はおよそ一メートル。常に群れで動く習性があり、多くなると百体ほどの群れができることもあるそうだ。


 鋭い牙を持ち、噛みつかれて毒を注入されれば酩酊状態になり、眩暈や頭痛に襲われる。命に関わる毒ではないが、まともに戦えなくなるところが厄介だ。


 そして今この場には、魔法の使えないロッシュと彼を守らなければならないカシアスの二人だけ。完全に分が悪い。


「キシャーッ!」


 扇蛇ファンスネイクは首を持ち上げ、牙を覗かせて威嚇をした。それが合図だったかのように、茂みからわらわらと十体ほどの扇蛇ファンスネイクが姿を現す。


「カシアス兄さん!」


 扇蛇ファンスネイクが一斉にカシアスに飛びかかる。カシアスは扇蛇ファンスネイクを盾でいなし、勢いを乗せたまま地面へと流し、弾く。それらの個体は警戒を強めるが、怯む様子はない。


「な、なにか……俺も」


 ロッシュは荷物を確認する。ギルドへの挨拶の品に用意した魔晶石がどこかにあるはずだ。鞄や袋を片っ端から開け、ついにロッシュは魔晶石でいっぱいの麻袋を見つけた。


「落ち着け、落ち着け……っ」


 魔晶石に魔力を流し込もうとするが、恐怖で手が震える。魔力に揺らぎが生じ、うまく流入できない。


「ぐっ」


 どん、と馬車が揺れる。はっと顔を上げれば、カシアスが馬車にもたれかかっていた。


「大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だ……絶対出てくるなよ!」


 びたりと窓に張りつき、兄の様子を窺う。


 地面には三体ほどの扇蛇ファンスネイクが伸びており、残りの八体は一定の距離を保ちつつカシアスを囲んでいた。


 一体、また一体と足に噛みつかんと地面を這いずる。カシアスは盾で上から押しつぶし、漏らしたものは蹴り飛ばした。


 そうして視界が下に集中しているとき、後ろで様子を窺っていたであろうリーダーがカシアスめがけて跳んだ。


「カシアス兄さん!」


 カシアスは反応が遅れ、左手への噛みつきを許してしまった。分厚いグローブにずぶりと鋭い歯が食い込む。


「かかったな」


 カシアスは瞬時に盾を手放す。自由になった手でなにをするのかと思えば、今しがた左手に噛みついているリーダーに触れた。


「退くように――いや、こいつらを殲滅しろ」


 誰に言ったか。けれどリーダーがその言を聞くかのようにカシアスの左手から離れ、群れの仲間たちへと標的を変える。


 みるみるうちに扇蛇ファンスネイクの亡骸は増えていき、とうとう残りはあのリーダー一体となった。


「ご苦労さん」


 カシアスが最後の一体にとどめを刺し、ひとまずは戦闘が終了した。


「ロッシュ、怪我はないか? 無事だったら防水袋をとってくれ。窓からでいいよ」

「あ、うん。わかった」


 なにが起こったのか、ロッシュにはいまいち理解できていない。


 兄の腕に扇蛇ファンスネイクが噛みついたと思ったら、今度は仲間に牙をむいていた。群れは統率を失い、勝手に争い始め、ついには瓦解した。


「はい、カシアス兄さん」


 ロッシュは防水袋を窓から手渡す。


「ありがとう。すぐに回収するから少しだけ待っててくれ。また別の魔物が来ないよう、すぐに移動するよ」


 カシアスは扇蛇ファンスネイクの亡骸を集めていく。


「ねえ、さっき、なにが起きたの?」

「うん? ああ、仲間割れ? あれは魔法だよ、俺の魔法」

「カシアス兄さんの魔法ってたしか……傀儡化?」

「ぴんぽーん」


 なるほど、納得がいく。


 カシアスの魔法は、触れた相手を支配下に置き、操ることのできる強力な闇属性の魔法だ。これだけ聞けば、どんな魔物でもカシアスが触れてしまえば簡単に方がつくように思えるが、そんなに単純ではない。


 操れるかどうかは、保有魔力に依存するのだ。


 自分よりも保有魔力の低いものなら、例え人間だろうと傀儡化させることができる。裏を返せば、自分よりも保有魔力の高いものの前では無力に等しい。


 しかも、カシアスは保有魔力が貴族にしては少ないほうで、彼の分の魔力もロッシュが保有してしまったのではないかと指をさされるくらいだ。


 そのせいで険悪になりかけたこともあったが、それが嘘のように今では良好な関係である。


「よし、回収終わりだ。すぐに出るけど、体調は大丈夫か?」

「なんとか……カシアス兄さんは大丈夫? 噛まれてたよね?」

「俺も問題ないよ。防毒のネックレスをしてるから。さて、すぐに出発しよう」


 カシアスは軽く拭った盾を背負い、グローブも外して手綱を握る。


 それから五日。何度か魔物に遭遇したが、ロッシュの作った闇の魔石を目くらましに使い、戦闘を避けて旅路を急いだ。


 二人を乗せた馬車はようやく念願叶い、王都の門扉を叩いた。

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