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十四話 可哀想なくらい

 洞窟を歩くこと三時間が経過した。魔物の対処に追われ、疲弊したものたち同士で不和が生じ始めていた。


 些細なことで口論し、あろうことが身体的接触で進行を妨害するものまで出てくる始末。見かねたシャルロットの提案により、魔物討伐ギルドの一行は軽い昼食をとることにした。


「順番に配っていくので、並んでください」


 食糧の配布はロッシュの役目だ。今回は長期戦を見越し、なるべく腹の膨れるパンを大量に積んできた。パンは火属性の魔法士に温めてもらい、飲料は水属性の魔法士に出してもらう。


 何人かに手伝おうかと声をかけられたが、あいにくそれはできない。荷物に触れようものなら脚長力馬ストライドルーに腕をかじられるか蹴り飛ばされるかもしれないからだ。


「ったく、さっさと寄越せよな」


 携帯食を渡す際にぼそりと文句を言われる。疲れているのだから仕方ないと、ロッシュは聞こえなかったふりをして淡々と配布していく。


「ね、ねえ」

「はい?」


 パンを渡したばかりの女性の魔法士にこっそりと声をかけられる。


「これじゃあすぐなくなってしまうわ。もう一つだけわけてくれないかしら? たくさん持ってきたのよね?」

「で、でも……腹持ちのいいパンなので、大丈夫だと思いますよ」

「そこをなんとか、ね?」


 もたついているところを並んでいた人たちにじろりと睨まれ、ロッシュはびくりと震えてしまう。


「だめだ」

「きゃっ!?」


 ロッシュと女性の間に腕が割り込む。


「一人に一つだけ渡すように指示したのは私だ」

「シャルロットさん……」

「誰であろうと配る個数に差異はなく、一人だけ得をしようなどと不正は許さない」

「ふ、不正だなんて、そんな……っ」

「おーい、早く配ってくれよー」

「なにか問題でもあったんですか?」


 後ろから不満の声が届き、女性はそそくさと列から外れていった。


「ありがとうございます、シャルロットさん」

「構わないよ。あなたは今、文句が言いやすい立ち位置にいるからね。代わってやることはできないが、歯止めになることは容易い」


 シャルロットが隣に立ってくれたことで、それ以降ロッシュは小言を言われることがなくなった。


「さて、彼女で最後だね。ありがとう、ロッシュ。あなたのパンは私が焼いてやろう」

「いいんですか?」

「ああ、特別だよ? 私に焼いてもらいたい子たちが多くて困っているからね」


 シャルロットはぱちりとウインクをした。


「なにがあったんだ?」

「大丈夫でしたか?」

「大した問題はなかったよ。想定内のことばかりさ」


 アルマンとイリス。もはやおなじみの顔ぶれになりつつある。


「さあ、一人ずつ渡しなさい」


 差し出された手の上にパンを乗せると、ゆらりと火に包まれる。パンの焼けるいい匂いに腹の虫が長く鳴いた。


「……温かい」

「当たり前だろ?」


 得意げに笑うシャルロットにつられて頬が綻ぶ。周りを見てみれば、同様に火属性の魔法士にパンを焼いてもらっているものが多数いた。


「アルマン、この洞窟をあなたはどう考えている?」

「今のところはなんとも。冒険者ギルドはおろか魔物討伐ギルドの連中が消息を絶つほどの場所には思えない。となれば、この先になにかあるんだろう。あるいは、連中がこの道を通っていないかだけど」

「それはない」

「どうして断言できるんですか?」


 ロッシュとイリスが揃って首を傾げ、


「おーい、おーい、おーい」


 同時に悲鳴を上げかける。


「この音を無視して、脇道に逸れると思うか?」


 謎の声は正面、進行方向から響いてきている。


「……誘われていると?」


 シャルロットは大きく頷いた。


「私はそう考えている」

「誘われてるって……」

「……誰に?」


 パンを頬張りながら、ロッシュとイリスは顔を見合わせた。


「そこまではわからない。まだ見ぬ魔物が私たちを待っているかもしれないね?」


 ぞっと背筋が凍る。過去に観測されていない魔物と接敵するほど不幸なことはないだろう。


 フィエルテは五百年以上の歴史がある大国だが、この山脈のように未開拓の場所はまだまだ多い。


「むやみに怖がらせるな」

「おや。優しいじゃないか、先輩」


 からかわれたアルマンが顔をしかめる。


「ここは楽しそうですね」

「ルネ神官。どうかしたか?」


 シャルロットはきりりとした表情を作る。


「怪我をしていないか、聞いて回っていたんです。まあ、怪我はないと言われても治癒はしているのですが」

「食事はとったのか?」

「ええ。火属性の魔法はやはりいいですね。温かな食事はほっとします」


 ルネが「うんうん」と首を縦に振った。


「ロッシュさん、手を」

「え?」


 言われるがままに手を出すと、ルネの手が重なった。半透明の白い光に包まれ、ロッシュは目を瞬かせる。


「な、ど、どうして俺が最初なんですか!?」


 副ギルド長と先輩たちを差し置いて真っ先に治癒を受けるなど、心臓がどきどきしてしまう。


「あはは。例の頼みごとは、生涯有効ですから」


 巨熊コディアック討伐のときに教えられた、カシアスと神官とで交わされたという約束を思い出す。いくらなんでも過保護すぎないかと逆に不安になる。


「さあ、どんどん治してしまいましょう」


 三人の治療を終えると、ルネは次のグループへ話しかけにいった。非常に助かるが、彼にも休んでもらいたいところである。


 それから十分ほど休息をとり、一行は再び陣形を組んで歩みを進めた。魔物も現れず、順調かに思えた進行が、切羽詰まった声に止められる。


「止まってください! 今はまだ見えませんが前方、夜犬ナイトハウンドがいます。いるん、ですが……」


 索敵を行っていた無属性の魔法士が言い淀む。


「報告で躊躇うな!」

「近くに、人が倒れているように、見えます……っ」


 夜犬ナイトハウンドとは、黒い毛並みを持ち、暗闇に紛れて活動する犬の魔物だ。追跡能力が非常に高いため、出会ったら一体残らず倒さないとどこまでも追いかけてくる。


「エドガール、確認を」

「……、……格好からして一つ目の冒険者ギルドと二つ目の冒険者ギルドのものたちだ。確認できる数は、五。恐らく食われたものもいるだろう。夜犬ナイトハウンドは十体いて、すでに我々に気づいて警戒している」

「時系列がややこしいが、大方は理解できた。まずは夜犬ナイトハウンドの討伐をし、帰りに持ち帰れるものは持ち帰ってやろう」


 シャルロットがそれぞれに指示を出す。


「向かってきている!」


 エドガールの報告で戦闘が開始された。


 氷、土属性の魔法士が盾を作り、接近を許さずに炎と水属性で攻撃をしかける。そこで討ち漏らした夜犬ナイトハウンドは近接武器を作れる魔法士が対応し、首を落とさずとも距離を取らせた。


「学習したか」


 魔法を避け始めた夜犬ナイトハウンドにシャルロットが唇を噛む。


「――」


 ロッシュは無意識のうちに、背中へと手を伸ばしていた。軽く、けれどたしかな感触が手のひらに埋まる。


 瞬間、脚長力馬ストライドルーの鼻先が頬に押しつけられた。


「わ、ちょっ。今はじゃれてる場合じゃないって!」


 それはまるで「やめろ」と言っているようで。


「あっ!?」


 脚長力馬ストライドルーはばくりとロッシュの右手を食む。口内を切らないように力を抜いた瞬間、ロッシュは短剣を奪われた。


「か、返して……危ないから!」


 脚長力馬ストライドルーが大きく前脚を上げ、高らかに嘶いた。洞窟内に響き渡ったそれに怯んだのか、夜犬ナイトハウンドは情けない鳴き声を出した。


「どうどう、どうどうっ!?」


 ぐん、と体が前に引っ張られた。脚長力馬ストライドルーが走り出し、魔法士たちの間を駆けていく。地面を引きずられたロッシュは、拍子に手綱を離してしまった。


「ああっ」


 氷と土の壁を飛び越え、脚長力馬ストライドルーはさらに嘶く。


 誰もが呆気に取られていた。


 突如として最前線に現れた脚長力馬ストライドルー夜犬ナイトハウンドを後ろ脚で蹴り飛ばし、前脚で踏みつけ、頭を振ることで口にくわえた短剣で斬りつけている。


「ロッシュの馬か!?」

「少なくとも、僕の脚長力馬ストライドルーではないね」


 はるか前、振り返ったシャルロットと目があった気がした。


「ロッシュ、あれを止めるんだ!」


 すでに夜犬ナイトハウンドは掃討されたというのに、ロッシュの脚長力馬ストライドルーは執拗に死体蹴りをしていた。


 いたたまれない気持ちに苛まれながら、ロッシュは脚長力馬ストライドルーの元に全力で駆け寄る。


「おち、落ち着いて! どうどう!」


 首に抱きつくようにして、なんとか攻撃を制止させる。死体蹴りはやめてくれたが、最後まで「ふん」と鼻を鳴らした。


「ロッシュ、あなたが指示したのか……?」


 短剣を取り戻しながら、ロッシュは首を横に振る。


「短剣を引き抜きはしたんですが、奪われて……今に至ります」

「……驚いた。アルマン、あなたの脚長力馬ストライドルーはこのような行動をしたことはあるか?」

「ご覧の通り、今も我関せずだよ」


 少し後ろのほうでアルマンの脚長力馬ストライドルーは鼻先でつまらなそうに地面をいじくっていた。


「なにはともあれ……見事な討伐だったね。本当に、夜犬ナイトハウンドが可哀想に思えるくらい」

「すみません……」

「いや、いいんだ。責めていない。助かったのは事実だ」


 ロッシュはもう一度だけ謝罪をして陣形に戻った。どこか得意げな脚長力馬ストライドルーに、怒りたくても怒れなかった。

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