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十二話 ミイラ取りがミイラに

「腕輪はやめたほうがいい」


 防衛魔法が付与されたアクセサリーの種類は腕輪や指輪、ネックレスなど多岐に渡る。アルマンが選んだ店はお手頃価格なものから高級志向なものまで、幅広い代物を扱っていた。


「どうしてですか?」

「どこかにひっかけるかもしれないからだ。それが木の枝なら可愛いものだけど、魔物だったら洒落にならない」

「たしかに……」


 ロッシュはごくりと唾を飲む。


「使うにしても普段使いに留めるべきだ」

「じゃあ、アルマンさんはどうしてますか? 指輪もネックレスもしてないですよね?」

「僕はアンクレットをつけている」


 アンクレットならズボンの裾や靴の内側に隠れ、どこかにひっかける心配も減るだろう。


 さすがに店内で見せてもらうことはできないため、同じような魔導具が並んでいるケースを探した。


 足首から先だけの模型がずらりとショーケースの中に展示されているさまは少し不気味だ。


「可愛いですね!」

「外からは見えないのだから外見より性能で選んだほうがいい」

「それはそうですけどー……」


 イリスが不満げに頬を膨らませる。


「防毒、混乱防止、隠密……色々あるんですね」


 添えられたカードにはどんな魔法が付与されているか記してある。付与の数が多ければ多いほど値段が高くなるようだ。


「防毒と混乱防止は必須と言ってもいい。対魔物だけでなく対人でも有用だ」

「二重付与でも、それなりにしますね」


 防毒と混乱防止が付与されたアンクレットは数種類ある。


 ざっと見た感じでは、提示されている価格は銀貨八枚から金貨五枚と幅がある。元の素材でも左右されているのだろう。


 フィエルテの貨幣価値は銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚の価値と同等になる。王都では銅貨一枚でパンが一つ買える程度だ。


 ちなみに、ヴァンサン領では銅貨一枚でパンが二つ買えるため、辺境と中心とでは物価が大きく異なる。


 お財布と相談しなくてはならない。


「品質は保証されている。ロッシュは魔石を作るから理解できると思うけど、付与魔法も生半可な技術ではできない」


 むむむ、とロッシュはショーケースに顔を近づける。値段にばらつきがあるのは元となる素材にもよるのだろう。


 ただの金属に付与したものは比較的安く、希少素材が使われているものは高くなっている。


「ロッシュも前線に出るわけではないから、今は手頃な価格のもので大丈夫だろう。レアリティが高いアンクレットが欲しいならそれこそ、これから稼いで購入すればいい」


「そうですね、そうします」


 とはいえ、ロッシュは少しだけ見栄を張って金貨一枚の、細いチェーンに防毒と混乱防止が付与されたアンクレットを選んだ。


 店員を呼び、会計を済ませる。そのままつけていくことにした。


「いい買い物ができましたね!」

「うん、そうだね。アルマンさんもありがとうございます」

「じゃあ、帰ろうか」

「えー!? もうですか!?」


 他にも寄ろうと駄々をこねるイリスに、アルマンは隠す気もなくいやそうな顔をした。


「子どもじゃないんだから、耳元で――」


 突然、アルマンの顔が強張る。不思議に思い、ロッシュとイリスは同時にアルマンの視線の先を目で追った。


「あれって」

「緊急招集だ。今すぐギルドに向かうぞ」


 王城から黒色の発煙弾が二本、空高く上がっていた。


 黒色の発煙弾はヴァンサンの魔物討伐ギルドへの要請だ。手紙や伝達では間に合わない際に使用されることが多い。


 三人が急いでギルドへ向かうと、すでに十数人がロビーに集まっていた。中心にはカシアスとシャルロッテ、テオドールが物々しい雰囲気で立っていた。


「北西の山脈で、いくつもの冒険者ギルドや魔物討伐ギルドのものたちが消息を絶っているとの報せを受けた」


 フィエルテの北西には広大に連なる山脈地帯がある。人と隔絶されたそこは魔物も多く、深くまで足を踏み入れるものは命の保証がないと言われている。


 冒険心に抗えなかったり希少素材を求めたり、人々が挑まんとする理由は様々だ。そもそも西の山脈に立ち入りを禁じられているわけではない。五体満足で帰還できるかは自己責任、という話だ。


「発端は、ある貴族が煌鳥の捕獲を冒険者ギルドに依頼したんだが、向かったものは音信不通に。追加で同ギルドの冒険者が向かうが、彼らも帰ってこず。やむを得ず別の冒険者ギルドに捜索依頼を出したが、そこから向かったものも帰ってこず」


 重苦しい雰囲気に誰も声を出すことができず、息を呑む声だけが聞こえる。


「二つの冒険者ギルドから助けを求められた、うちではない魔物討伐ギルドが十五人ほどで捜索、救出に向かうが、数人しか帰ってくることはなかった」


 ミイラ取りがミイラになり、気づけば取り返しがつかず、予断を許さない状況になっていた。


「報告を託されたものの証言では――ドラゴンがいる、と」


 静まり返っていたロビーがどよめきに溢れる。


「私たちに任されたのは、生存者の救出だ。そのためには竜と相対する可能性もある」

「注意しなくちゃいけないのはドラゴンだけじゃなく、そこらにはびこる魔物たちもだ」

「生存者が、いるんですか……?」


 どこからか不安げな声が上がる。


「曲がりなりにも日頃から魔物と戦うものたちだ。生存者がいてもおかしくはない」

「任務にあたる人員はすでに選出してある」


 いくら緊急を要するとはいえ、ギルドを空けることはできない。任務には半分の人数で向かう。


 残りの半分は通常の依頼をこなし、補給班や第二陣として待機する。


「――、――以上だ。出発は本日夜、各自準備をしておくように。解散」


 耳を傾けていたロッシュは小さく息を呑んだ。アルマンやイリスの名前は呼ばれていた。だが、自分の名前は聞こえなかった。


 編成に組み込まれて安堵や絶望するものの声、心配するものの声、それらが遠くなる。ぐるぐると「なんで」、「どうして」と頭の中で疑問が回った。


「ロッシュ? ……怖い顔、してるよ。ねえ、ロッシュ」


 短剣や魔石を使う訓練はしている。ギルドの人には上達を褒められた。目に見えるわだかまりだってない。自惚れも思い上がりもなく、どうして選んでもらえなかったのか。


「ロッシュってば」

「カシアス兄さん!」


 イリスの声など耳に入らず、ロッシュは人の間を縫ってカシアスを追いかけた。


「どうした、ロッシュ」

「……っ」


 どうして、選ばれると思ってしまったのだろうか。


「そ、の……」


 険しい顔つきのカシアスに喉が締まる。


「俺も、連れてってほしい」


 呼び止めた勢いはなくなって尻すぼんでしまう。


「だめだ」


 思案する間もなく却下される。


「私は連れていってもいいけど思うけどね」

「シャルロット」


 カシアスはシャルロットをじろりと睨む。シャルロットは肩をすくめ、小さく息をついた。


「ほら、言っただろう? この悲しそうな顔を見てあげなよ」


 シャルロットはロッシュの横まで来ると肩によりかかった。


「あなたに必要とされていないと思っている顔だ」

「そんなわけ――」


 ばち、と視線が合う。自分はそんなに悲惨な顔をしていたのだろうか。兄は唇を噛み、傷ついたような顔をした。


「だったらちゃんと、連れていかない説明をするべきだ」

「理由が、あるの?」


 カシアスは眉間を指で押さえ、葛藤している。ロッシュは固唾を飲んで返答を待つ。


「この子に世界を見せるために、辺境伯とお兄さんを説得し続けたんじゃないのか?」

「えっ」


 そんなにカシアスが苦労していたとは知らなかった。ロッシュの立ち位置は微妙なものだ。一番目の兄は次期辺境伯に、二番目の兄は魔物討伐ギルドのギルド長に。ロッシュには治まるべき椅子がない。


「……大事だから、危険なことはしてほしくない」


 だからロッシュ一人、どうなろうと関係ない――はずなのだ。


「それだけ……?」


 ロッシュは言葉に詰まる。


「だったら……それなら! 他の人だって、同じじゃないの? 選ばれた人の帰りを持つ人がいる。けど俺のそれは、ずるだよ」


 カシアスは後ろめたさもしっかりと感じている。


「ギルド長の弟だから、俺は危険な場所に行かなくてよかったって、もし誰かが命を落とすようなことがあるなら顔向けできない。俺を連れてかない理由がそれだけなら、俺は意地でもついてくから」


 目を逸らさず、まっすぐに訴えかける。カシアスは目を逸らすが、それでも見続けた。


「ほらな、なにもかも私が言った通りだろ?」


 シャルロットも加わり、カシアスは助けを求めるようにテオドールを見やる。けれどテオドールは「諦めろ」と言うようにふるふると首を振った。


 長いため息の末、ロッシュの同行も許可された。

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