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十一話 迷宮遺跡についての考察

 ロッシュとカシアスが魔物討伐ギルドに身を置いて一ヶ月が経過しようとしていた。引継ぎに追われてしばらく事務作業に専念していたカシアスも、先日の授業を機に討伐へ赴くことが増えた。


 残念ながら、ロッシュはカシアスとともに出征する予定は今のところないのだが。


「……背後でうろつくな」


 宿舎の談話室、ソファで本を読んでいたアルマンが振り返る。


「ごめんなさい」

「用件は?」


 兄の代わりと言っては語弊があるが、ロッシュはアルマンによく懐いていた。大勢の前で庇ってもらったことは、ロッシュの心を鷲掴みにするのには十分な出来事である。


「隣、座ってもいいですか」

「なぜ許可を取る? このソファはギルドの所有物なのだから君が僕の許しを得る必要はないだろう」


 ロッシュはぱっと顔を輝かせ、けれど少し距離を取って座った。


「なにを読んでるんですか?」

迷宮遺跡ルイナスについての考察だ」

迷宮遺跡ルイナス?」

「知らないのか」


 領地に、特に家に引きこもってばかりいたロッシュはどうあがいても世間知らずだ。知識は狭い。


「口で説明するのは難しいんだが、魔法陣を踏むことで飛ばされる異空間といったところだ。魔法陣は突如として現れるとも言われていたり、前からそこにあっただけで気づかなかっただけだったりと、学者の話ではほぼ真逆の意見がある」

「未知ですね……」

「今、最も有力視されている説がある。魔法陣には幻惑の類の魔法がかけられており、それが解けたときに人類の前に出現するという話だ。そして、発見された魔法陣には必ず強力な番人ガルディアンがいる」

番人ガルディアン?」


 アルマンはぱらぱらとページをめくり、ロッシュに見せる。


「魔法陣に近づくものは全て敵とみなし、襲ってくる。見た目はゴーレムのようだが、似て非なる土の魔物……これも土というよりほぼ石らしいが。倒すにはこの腹の部分の赤い核を破壊するしかないとされている」


 体長はおよそ二メートルから三メートルで、全身が赤銅色だ。頭はあるが顔はなく、無機質な魔物で長く見ていると不安な気持ちになってしまう。


 さらに、地面すれすれの長い腕が特徴的で、手にはそれぞれ槍と盾を持ち、槍で敵を攻撃し、盾で核を守る行動をするという。


「アルマンさんは迷宮遺跡ルイナスに行ったことがあるんですか?」

「あるわけないだろ。王国内で発見された迷宮遺跡ルイナスは過去にも、片手で数えられるほどしかないんだぞ」

「そうなんですね。それにしてはかなり詳しく書かれてますね」

「国はフィエルテだけじゃないからね。世界各国の学者が議論を交わし、この本が作られているんだ」


 アルマンは本を閉じ、膝の上に置いた。


「もし発見されたら、行ってみたいと思いますか?」

「いや、行きたくない」

「どこに行きたくないんですか?」


 ひょこっと二人の間にイリスが顔を覗かせてくる。髪や服のあちこちに埃がついていた。


「イリス……あちこち汚れているぞ」

「倉庫の掃除を手伝ってたんです。魔導具も出てきて、すっごく楽しかったです!」

「楽しいのはいいけど、埃が舞う。早く着替えてこい」

「はーい! お話し中に失礼しました」


 ぱたぱたと走っていくイリスの髪からはらりと埃が落ちる。アルマンは微妙な顔をしたが、言及することはなかった。


「君は行きたいのか?」

「え?」

迷宮遺跡ルイナスだ」


 ロッシュは口をついて出そうになった言葉を飲み込む。


「魔法が、使えないので」


 王都へ来る前のことを思い出す。あのときも兄の誘いをこうして断ろうと――否、明確な拒否はせず、ずるく相手の反応を待っていた。


 困らせることはわかっているのに、もはや癖になってしまっている。


「だから?」


 じっと見据えられ、ロッシュは言葉に詰まる。


「魔法が使えないから、なんだ。答えになっていないが」

「魔法が、使えないので……使えない、けど……い、行ってみたい、です」

「……君は」


 アルマンが言いかけ、途中で口を閉ざす。言いたいことがあるようだが、珍しく葛藤しているようだ。


「な、なんですか……?」

「たしかに、魔法が使えないものは稀だ。けれど皆無でもない。保有魔力もトップクラス、脚長力馬ストライドルーも手懐けてみせた。なにをそんなに恐れることがあるのか、僕にはわからない」

「――」

「例えば、エドガールを覚えているか」

「覚えてます」


 巨熊コディアック討伐で無属性の魔法を使っていた男だ。


「彼の魔法は索敵に向いているが、戦闘には向かない。僕や副ギルド長のような派手な魔法じゃないことは知っているだろう」

「はい」

「君も同じだ」


 アルマンがなにを伝えたいか、わかるような気がした。


「見当違いなら悪いが、君は魔法が使えなくとも役に立つ。だから魔法が使えないことを言い訳にするのはやめたほうがいい。誰も幸せにならないぞ」

「……はい」

「自覚はあるようだね」


 アルマンはソファから腰を上げ、出していた本を抱えた。談話室の隅にある本棚にそれらを戻していく。


「最近は短剣の訓練もしているのだろう? 物理の効きやすい魔物になら君も戦えるじゃないか。適材適所だよ」

「アルマンさん、ありがとうございます」

「思ったことを言っただけだ」

「着替えてきました!」


 小走りのイリスから微かに石鹸の香りが漂う。


「だから?」

「えっ。着替えてこいって言ったのはアルマンさんじゃないですか」

「あー……」


 言葉の行き違いが発生している。


 アルマンはただ着替えるように言いたかっただけだが、イリスは着替えたうえで来るというように捉えたらしい。


「そういえばロッシュ、なにが僕に用事があって話しかけたんじゃなかったのか?」


 本をしまい終えたアルマンが露骨に話を逸らした。


「アルマンさんを見かけたので、なにをしているのか気になっただけです」


 対して話は変わらず、複雑そうな顔をする。


「いつから僕はこんなに懐かれたんだ……?」

「じゃあじゃあ、みんなで出かけませんか?」

「出かけるって、どこに?」


 ロッシュは小首を傾げた。


「んー、魔導具のお店とか! ロッシュって腕輪とかネックレスとか、着けてないよね?」

「そういえば、解毒や混乱防止は王都で揃えてってオスカー兄さんが言ってたような……」

「自衛のために持っておいたほうがいいよ! アルマンさんに任せれば安心だから」

「待て。なんで僕まで行くことになってるんだ」


 イリスがロッシュとアルマンの腕を両手に掴み、逃走を阻む。


「可愛い後輩のために一肌脱いでください!」

「まったくもって可愛くないんだけど」

「ほらほら。そんなつれないこと言わないでくださいよー。それじゃあ、出発!」


 半ば強引にイリスは二人を引きずっていく。


 アルマンは顔をしかめるだけで、振り払おうとはしなかった。


「馬車を呼んだほうがいいかな?」

「んー、せっかくだから歩いていこう。ロッシュもアルマンさんも宿舎周りにしか出てないでしょう?」

「訓練や馬の世話があるし、外に出る必要もない」

「たまには外に出ないと!」

「太陽の光は浴びている」


 会話の温度差がすごい。


 けれどロッシュも王都を歩くのは初日以来だ。思えば魔石作りや訓練、脚長力馬ストライドルーの世話の往復ばかりしている。


「王都はたくさんお店があるから、時間はあっという間に過ぎそうだね」

「うんうん。歩くだけでもすっごく楽しいから」


 だんだんと楽しみが増していく。


「さっきも言ってたけど、イリスは魔導具に興味があるの?」

「うん。だって私でも魔石を使えば魔法を使うみたいなこともできるんだよ!? 想像するだけでわくわくする」

「魔導具で魔法を……」


 それは心がくすぐられる。原動力が魔力だけなら、ロッシュは不自由なく使うことができるだろう。


「どう? ロッシュも興味出てきた?」

「出てきた」

「でしょでしょ!」


 盛り上がる二人を横目に、アルマンは静かに息をつく。二人が期待しているような代物があるかどうかは知らないが、水を差すものでもない。


 三人は肩を並べ、がやがやと賑わう外に出る。アルマンは向かいの窓に反射した光の眩しさに目を細めた。

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