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十話 魔晶石と魔石と授業

 ロッシュを含め、暇をしていたギルドメンバーが訓練場に集められた。土属性の魔法で作られた土台の上に拳大の魔晶石が山のように積まれている。


「ギルド長が直々に……?」

「なにか、問題があったとか?」


 ギルド員たちは集められた理由を知らず、それはロッシュも同様だった。


「これから授業をしようと思ってね。とはいっても、暇つぶしと思ってくれて構わない。これがなにかわかるかな?」


 ぱん、と拍手をして注目を集めたカシアスが魔晶石に視線を集める。


「魔晶石です!」


 ロッシュの隣、イリスが元気よく答える。


「正解だ。では、魔晶石とはどんなものか説明できるか? イリス」


 えっと、とイリスは口ごもる。


「ゆっくりでいいよ。わからなければわからないとも言っていい」

「魔石を作るためのもの、ですか……?」

「それも正しい。補足できるものはいるか?」


 数人が手を挙げ、ロッシュも続く。


「では、アルマン」

「魔晶石とは自然のエネルギーを吸収し、蓄積された無色透明の鉱石のことだ。鉱石自体が魔力の塊のようなもので、だから僕たちの魔力もすんなりと流入できる。それぞれの属性の魔力を流し込むことで、水の魔石や火の魔石といった呼び方に変わる」

「ただし、無属性の魔力は流入できません。火の魔石には水の魔力を流入できませんが、無属性の魔力を流入した魔石に、例えば水属性の魔力を流入すれば、それは水の魔石になります。だから、魔晶石は無属性の魔石とも呼ばれています」


 アルマンの説明に、ロッシュはさらに補足を重ねる。


 そのせいか視線を向けられてどきりとしたが、アルマンは表情を変えることなく顔を逸らした。ロッシュはほっと胸を撫で下ろす。


「二人とも完璧だ」


 カシアスは軽く拍手をしてにこりと微笑み、魔晶石を一つ手に取った。


「ロッシュ、前へ出てきてくれ」

「えっ」

「魔石を作ってみてほしいんだ」


 周りの人たちにじっと視線を向けられ、ロッシュはおずおずと土台の向こう、カシアスの側に立った。


「はい。いつも通りにやってくれたらいいからね」

「う、うん」


 ロッシュは深く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。こんな人数から注目を集めることなど普段なく、緊張で鼓動が速い。


「――」


 カシアスから受け取った魔石を全員に見えるように掲げる。


 体の奥底から魔力を流すよう頭の中でイメージをする。心臓から腕、手、指先、そして魔石へと魔力を流す。


 おお、とどよめきが上がった。


 無色透明の魔晶石が、紫がかった黒へと染まっていく。少なすぎず、けれど魔力が溢れないように細心の注意を払い、二分ほどで魔石は完成した。


「綺麗ー!」

「魔石を作るところなんて、初めて見ました」

「なんだ。簡単じゃないか」


 三者三様の感想が飛び交い、ロッシュはそそくさと元の位置に戻った。


「魔石にはそれぞれ色がある。どの属性がどんな色か、誰か答えてくれ」

「火は赤、水は青、風は緑、土は橙、闇は黒、光は白です」

「では、効果は?」

「光以外はそのものを顕現させます。光は治癒ではなく雷になります」


 だんだんと授業に乗り気になってきたギルド員たちの反応が活発になる。まだつまらなそうな顔をしているものもいるが、ほとんどは興味深そうにしていた。


「この場には光属性以外がいるね。みんな、魔石を作ってみてくれ」


 ロッシュとイリスはそっと後ろのほうへと下がった。ロッシュはすでに作ったし、イリスは魔石を作れない。


 二人で顔を見合わせ、それからみんなの楽しそうな背中を眺める。


「うわっ」

「割れた!」

「なにこれ!?」


 驚嘆や小さな悲鳴があちこちから響く。


「ロッシュがやったときは、あんなにあっさりできてたのに」


 イリスが驚くのも無理はない。


 うまく流入できずに色が染まらなかったり、魔力を溢れさせたり、 挑戦したほとんどの人たちが魔晶石を割ってしまっている。


「な、なんとか……」

「できたー!」


 それでも、時間をかけながら上手に魔石にしたものもいる。


 ロッシュも初めてのときはいくつもの魔晶石を無駄にし、そのたびに意気消沈していた。魔晶石をだめにすることに負い目を感じ、諦めようともした。


 だが、兄や両親は否定せずに寄り添い、完成するまでやらせてくれた。今ではあのときの損失も十分すぎるほど返せていると思う。


「なんでできないんだよ!」

「きゃっ」

「うわ、危な!」


 ころころと魔晶石が転がる。どうやら魔石が作れないことに苛立ち、地面に叩きつけたようだ。


「あいつはできてたのに!」


 ばっと指をさされ、ロッシュは息が詰まった。


「お、落ち着けって」

「向き不向きもあるだろうからさ、そんなに気にすることじゃ……」


 近くのギルド員に宥められるが、魔晶石を投げた金髪の青年はさらに怒りが増したようだ。


「魔法も使えないやつに、俺が劣るって言うのか!?」


 息が、できなくなる。がーんと鈍器で頭を殴られたような感覚に、ロッシュはふらつきそうになる足をなんとか地面に結いつける。


 一瞬静まり返ったが、すぐにざわざわと騒がしくなる。


「――今、なんて?」


 けれどまた、氷のように冷たく、聞いたこともない低い声が場を制する。声の主はカシアスだ。


 表情から色を消し、金髪の青年をじっと見ている。


「……っ」


 青年があまりの気迫にたじろぐ。さらに、その他からも怪訝や軽蔑の眼差しを向けられ、かっと顔を赤くした。


「ああ、いや、二度も言わなくていい。もし俺の聞き間違いでなくて、同じ言葉が出てきたら……俺はどうしたらいいんだろうね」


 自分のことを言われているのに、まるで他人事のようにロッシュは呆然と眺めていた。声が音として遠くに聞こえ、ピントが合わないかのように目の前がぼんやりとする。


「そこまでだ」


 ふいに、冷静な声が耳へと入り込む。それを境にみんなの話し声も戻ってきて、視界がクリアになる。


「ギルド長も、冷静になるべきだ。その男は『ロッシュよりも劣るのか』と聞いたのだから、まずは『劣る』と答えるのが先じゃないか?」


 首を傾げた拍子に、赤茶の髪がふわりとなびく。腕を組み、青年に鋭い目を向けるのはアルマンだ。


「は……、はあ!?」

「なぜ驚く? 君が聞いたんじゃないか。誰も答えないから、僕が親切に教えてやったんだ」

「こいつっ」


 アルマンはわざとらしく、いや、アルマンからすれば自然な反応なのだろうが、神経を逆撫でしかねないようなため息をついた。


「ロッシュは魔石を作れる。君は魔石を作れない。優劣は誰が見たって明白だろう。事実がそこにあるのだから」


 そもそも、とアルマンは全員を見回す。


「ロッシュは魔石を二分ほどで完成させた。ロッシュを除けば僕が二番目に作るのが速かった。違うか? ギルド長」

「ああ……そうだね。アルマンが二番目だったよ」

「僕はだいたい三分ほどだろうか。作れたとしてもロッシュの速さには及ばない。そう考えれば魔石作りにおいてロッシュが最も優れ、他は劣っていると言えるだろう」


 アルマンは淡々と事実を並べ立てていく。


「あれほどまで緻密で精巧に魔石を……ロッシュ、君は初めから作れたのか?」

「え、あ……」


 突然振られ、ロッシュはしどろもどろになりながらも答える。


「い、いえ……たくさん、失敗しました」


 ロッシュはアルマンからカシアスへ視線を向ける。カシアスは口を引き結び、僅かに顔を伏せた。


「と、いうことは」


 アルマンがつかつかと青年の目の前に歩み寄る。


「魔石作りにおいて君が劣る理由は単純に努力不足。魔法を使うことと魔石を作ること、そもそもの土俵が違うと僕は思うけどね」


 誰もが身震いし、こちらにまで冷気が吹いた。


「っ……知るかよ」

「他人の奮励を己の怠慢で貶めるな」


 足早に立ち去る青年の背中に、アルマンは声をかける。


「アルマンさん、格好いい」


 イリスがアルマンをきらきらとした目で見つめ、ロッシュもこくりと頷く。


 本当に、心が震えた。いつもだったら愛想笑いをして聞き流していた。


「うん、格好いいね」


 気を抜いたら涙が零れてしまいそうなほど、目の奥が熱い。


「ギルド長、頭は冷えたか?」

「ありがとう、アルマン」

「僕は言いたいことを言っただけだ。冷静になったのなら授業を再開してくれ」


 それから、険悪だった空気も和らぎ、魔石についての授業が再開された。


「気を取り直して、魔石の活用について改めて教えよう」


 魔導具ではなく人が魔石を用いる場合、使用方法は主に『投石』と『握る』の二通りある。


 まず、対象にぶつければ魔石は割れ、火の魔石だったら火、水の魔石だったら水というように魔力が一気に放出される。


 次に、魔石を握ることで放出する魔力の場所を選ぶこともできるのだが、この方法にはかなりの集中力を要する。


 魔石の魔力が空になるまで操ることはできるが、非常に難易度の高い使用法だ。


「では、先ほど作った魔石で違いを比較してみよう。やってみたいものはいるか?」


 いやな注目を浴びて、気持ちの悪い汗をかいてしまった。それでも、空気はすっかり和気あいあいとしたものに戻り、ロッシュは心の底から安心した。

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