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一話 出立

「ロッシュ。もしよかったらなんだけど……一緒に王都へ行かないか?」


 魔晶石に魔力を流し終わった直後、見学していた二番目の兄が碧い目を不安げに揺らしながらそう言った。


「王都?」


 ロッシュは顔を上げ、小首を傾げた。


 自分たちが生まれ育つ国『フィエルテ』は王政であり、五百年以上の歴史を持つ大国だ。特に王都は治安がよく、女性や子どもの一人歩きを咎められることがない。


 そして、国の中心である王都は商業ギルドや冒険者ギルドなど、多岐に渡るギルドが本拠地を置く場所だ。


「ああ。ほら……伯父さんが前に怪我をしたって父さんが言ってただろ? それで俺が、行くことになったんだ」

「……カシアス兄さんが? どこへ?」

「我がヴァンサン家の保有する魔物討伐ギルドへ、だ」


 情報を咀嚼し、飲み込むのに数秒。ロッシュは恐る恐る尋ねる。


「伯父さん、ギルド長辞めちゃうってこと? それとも手伝いだけ?」

「手伝いだけじゃなくて、俺がギルド長になるんだ」

「そんなに怪我酷いの!?」


 わっと詰め寄るロッシュを優しく押し戻し、カシアスは安心させるように笑った。


「酷くはないよ。ただ、本当に死を覚悟したから残りの人生は家族と過ごしたいんだって。あ、これは秘密だから誰にも言わないでね? それに全てから手を引くってわけじゃなくて、事務仕事をしてくれるって」


 カシアスは魔力の込められた魔晶石――魔石を手に取り、光にかざして眺めた。


「ロッシュも一緒に行かないか?」

「い……でも、俺……」


 行きたい、と出かかった言葉をすんでのところで止め、常套句にすり替える。


「魔法使えないから」


 ヴァンサン家は辺境伯という爵位を王から賜り、国境地域の防衛を担っている。それは王国が建国されたのと同時期、長い長い歴史を持つ家門なのだ。


 貴族は魔力の多いもの同士で婚姻することは珍しくなく、必然的に保有魔力の多いものが生まれやすい。


 ロッシュも例外ではなく、むしろフィエルテではトップクラスの保有魔力を誇る。ロッシュは間違いなく、魔法士として輝かしい未来を進む。


 と、魔力の計測をしたときは誰もがそう思ったのだが、どういうわけかロッシュは魔法が使えなかった。


 まず、魔法には七つの属性がある。火、水、土、風、闇、光、無の七種類だ。


 ヴァンサンは代々、闇属性の魔法を扱うことができるものがほとんどだ。そのため過去の文献や記録を遡れるだけ遡り、ロッシュが使える可能性のある魔法を探し、全て試した。


 しかし、どれも使うことは叶わなかった。


「なに言ってるんだ。魔法が使えなくたって、こうやって魔石を作ることができるだろ? それに領地だけじゃなくて外に出たら、きっとお前の世界は広がるよ」


 ぽん、と魔石を投げられ、ロッシュは慌ててキャッチする。手元で黒に近い紫色の魔石がきらりと輝きを放った。


「兄さんがよく言ってただろ? 魔法は想像で、創造だって」


 最近は聞かなくなったが、一番目の兄は常々そう言っていた。


 ロッシュは己の心臓の奥で、ゆらりと小さな炎が灯ったのを感じた。


「お、俺も……行って、いいの?」

「もちろん」

「冒険……魔物の討伐にも、ついていける?」

「当たり前だ。ただし、無茶だけはだめだぞ」


 どくどくと心臓が早鐘を打ち、くすぶる炎が大きくなっていく。


「俺も行く! 王都!」


 きらきらと碧い目を輝かせるロッシュに、カシアスは心底嬉しそうに笑みを返した。


「じゃあ、そうと決まったら着替えないとな」

「え、今?」

「行くんだろ? 今すぐ着替えないと間に合わ――」

「き、着替えてくる!」

「服は部屋に置いてあるから、荷物もまとめておいで」


 笑いを含んだカシアスの声を背に、ロッシュは付与室を飛び出した。


 自室に戻れば、ベッドの上に兄が用意してくれたであろう服が折りたたまれていた。ロッシュは緊張に胸を高鳴らせながら袖を通す。


「――」


 すとんとまっすぐな黒髪、海中を思わせる碧い瞳。穏やかな印象を与える柔らかな顔つきと目つき。思わず構ってしまいたくなるような雰囲気をロッシュはまとっている。


 白いシャツと黒いズボンの上に、さらに魔法士らしいローブを羽織る。二の腕にはヴァンサン家の紋章が刺繍された腕章も忘れない。


 姿見に見惚れていると、


「似合っていますね」


 入り口から聞こえた声に、ロッシュははっと振り返る。


「オスカー兄さん」


 一番目の兄である。


 整えられた黒い髪に、藤色の目。シャツとベストをかっちり着こなす兄は無表情だが、声音はどこか寂しそうだ。


「カシアスがロッシュも連れていくと言ったときは驚きましたが、そんな顔をするようでは止められませんね」


 オスカーはロッシュに近づくと、襟を撫で、頭の上に手を優しく置いた。


「王都についたらオランジュ子爵の商業ギルドに行き、僕の名を出しなさい」

「うん? わかった」


 オスカーが僅かに口角を上げた。


「そのローブには主に物理と魔法耐性の魔法が付与されています。危険な場……いえ、外出したり人と接したりする際は必ず着用してください。解毒や混乱防止などもほしいですが、それは王都へ行ってからでいいでしょう。それから――」

「まだあるの!?」


 ぎょっとするロッシュにオスカーは少し面食らった顔をしたあと、こほんとわざとらしく咳払いした。


 こんなに喋るオスカーはいつぶりだろうか。新鮮でどぎまぎしてしまう。


「体には気をつけてくださいね。行ってらっしゃい」


 頭の上に置かれた手が、ゆっくりと動く。こうして頭を撫でられるのも本当に久しぶりだ。


「行ってきます!」


 十歳頃より八年も引きこもっていたロッシュの、晴れやかな門出である。


 一番目の兄に別れを告げ、晴れ晴れとした陽気な日にロッシュは二番目の兄とともに王都へ向けて出立した。


 これが、おびただしいほどの血に塗れることになる、いばらの道の始まりだとも知らないで。

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