旅立ちの日
そして、その日はやってきた。私が旅に出る日。
成長しきっていない緑色の小麦たちが未熟な私のように感じる風景。そして、私を送り出そうとする人達。
「人達…!?」
「声かけてきたよ!」
隣では、盛大な物にしてやったと自信満々にいいねポーズをとる母。
この村はそこまで大きくもないので、この村に住む人たちはみんな顔なじみなのだ。なので、そこまで恥ずかしがることもない。まぁ挨拶回りをしていたという段階で薄々、そうなるんじゃないかと予想はしていた…。というか、私が落ちて戻ってきたらどうするのだろうか…それも、私のことを信じてくれている…ということにしとこう……
すると、その人だかりの中から一人の私と同じくらいの身長の男の子が歩み寄ってきた。
「マナ!」
「アイト!最後に会えてよかったぁ!」
この男の子は、私の幼馴染であり、小さい頃から一緒にこの村で育ってきた唯一の親友でもあった。髪は、オレンジ色をほんの少しだけ暗くしたような髪色であり、顔立ちは整っていて、世の女性が放っておかないぐらいの美男子になる事だと思う。そして、アイトはこの村を治める領主の息子でもあるのだ。といっても、そこまで権力の強い領主という訳でもなく、地方のどこにでもいる周りよりも少しだけ裕福なお家という感じだ。
なので、身分関係なくアイトとは仲良く遊ぶことが出来たのだが…そんなことは今まで全く意識することは無かった。
「今日、この村を出ることにするの…アイトとは、もう遊べないから寂しくなっちゃうね…」
「じゃあ、みんな行ってくるよ!」
???
「ど、どうゆうこと?」
状況が理解できない私にアイトは、ニコッと微笑む。
「マナがこうゆうことを急に言い出すと思ってたから、すでに用意は済ませてたんだよ」
さ、流石というかなんというか…
「でも、アイトは騎士になりたいって言ってたじゃん。私の行くところは、ルミエールだよ?騎士になるなら、もっと可能性の高いところもあると思うんだけど…」
「大丈夫だよ!個人的に調べたら、ルミエールからも騎士になった人はいるみたいだし、現に講師の中に聖騎士のジョブに就いている方もいるみたいだからね!」
確かに、私が調べた情報にもそれはある。むしろ、ルミエールから輩出された騎士は極めて優秀といわれてるぐらいだ。でも、ルミエールでは、試験に合格した後に自分の適性を計る適性検査というものがあって、そこで自分のなりたいジョブが表示されなければ、そのジョブ専門のクラスに入ることは出来ない。
そんなリスクを背負うぐらいなら、その専門で教える学校に行く方がずっと騎士になる確率は高い。
「それならもっとほかの学校の方が、騎士になりやすいと思うの!」
「なるなら優秀な騎士になりたいんだよ!」
ううぅ…気持ちは分かるけど、でもこれじゃあ私の夢につき合わせてるような。
私のその申し訳なさそうな顔を見て、アイトはあははと楽しそうに笑った。
「大丈夫!むしろ、俺はその夢を手伝いたいと思ってる」
アイトは、私の夢を理解してくれていた。私の『誰かを笑顔にする魔法使いになりたい』という子供が考えそうな夢物語もアイトは笑わずに真剣に聞いてくれただけでなく、どうすればなれるのかを一緒に考えてくれたのだ。
「でも、私のせいで…その、アイトの人生が変わっちゃいそうで…手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、でもアイトの人生を一番に考えてほしいの…」
「分かってるよ。ちゃんと考えたうえでルミエールに行くって決めたんだ。それに、俺はただの騎士になりたいわけじゃないんだよ」
アイトは、優しく微笑みながら私を見てそう言った。
アイトは、昔から一度決めたことは絶対に最後まで貫き通す性格だった。そして、今のアイトには、何を言ってもダメなのだろうと思いながら、私は小さく頷いた。
「じゃあ、私の夢…無理のない程度で手伝ってくれる?」
「もちろん!無理してでも手伝うよ!」
「何もわかってないよーー」
そんなやり取りを終え、私とアイトは村の人たちに送り出されながら、ルミエールがある街行きの馬車に乗った。
少しだけまだ寒くも温かくなり始める頃、私の物語は今、幕を開けたのであった――。