私の行きたい場所
そのわずかな隙間で何かに阻まれ、それがはじけた瞬間私の体は大きく後ろにのけぞり尻もちをついた。その時にはすでに母の木剣は首元に添えられていた。
「え…?」
「私の勝ちみたいね」
状況を把握できない私に母はそう小さく言った。
私は負けたのだ。私の夢はここで終わり。いくらマナ量が大きいからといって、その持ち主が稚拙な魔法使いであれば、意味のないことなのだ。あの人の代わりになんて最初からなれなかったのかもしれない――。
「魔法学校【ルミエール】に通うんでしょ?」
私の暗い思考とは裏腹に、母は明るくそう言った。
魔法学校【ルミエール】――。それは、私が家を出て通いたいと思った場所である。とても、有名な魔法使いたちを輩出している学校であり、それを知った私は、街に買い出しに行く際に情報を集めるため駆け回った。
そして、得た情報は、ルミエールは毎年新入生を募集しており、新入生は十二歳が一般であり、その学校がある街に住む子たちは、その歳になるとその学校の試験を受けている。そして、その試験で優秀な成績を残した者は特待生として、入学することになり全ての学費が免除されるというおまけつきなのだ。
私の家は、そこまでお金に余裕があるわけでもないので、母に迷惑を掛けず自分の夢をかなえるためにはそれしか道が無かったのだ。
それなら、十二歳じゃなくてもいいじゃないか…とも思うが、そういう訳にはいかない。なぜなら、十二歳とそれ以外の歳で受ける試験は別のものとされており、特待生になるチャンスがあるのはその十二歳で受けられる試験だけだからである。
「何で知ってるの……?」
母は、私の言葉に申し訳なさそうな顔をした。
「ノート見ちゃったのよね……えへっ」
「えへっ……じゃないよぉぉぉぉ!!!はずかしぃぃぃ」
私の顔は今にも噴火しそうなほどに赤くなっている事だろう。それもそのはずで、ノートにはいろいろ書いているのだ。いろいろの中には、自分でも恥ずかしいかも?と思うようなことも書いているわけで……。
「それで、特待生を目指してるわけね」
「う、うん…そうだけど……」
「でも、そんな簡単なことじゃない、ということも分かっているのよね?」
「そ、それぐらい!」
「分かってない!」
母は、私の言葉を遮るように強い口調で言い放つ。
「確かにマナは、しっかりと勉強……、他の人よりもマナが多い、普通の人たちよりもいい動きをする……」
母は、一瞬何かを言いかけて目線を逸らしたが、その後はとても真剣な表情でどこかを懐かしむように、そして何かを悔いるように話し続ける。
「でもね、それでも……想像もできないほど、すごい人たちは存在する。いくら自信があっても、意味のない程にすごい人たちが……」
「お母さん……?」
だんだん暗くなる母に少しだけ不安を感じ、声を掛ける。
「ごめんなさい、昔のことを思い出して…実は、私、ルミエール出身なの」
「えええぇぇぇぇぇぇ!?」
母は、凄腕の冒険者であり、主に剣を使って戦うスタイルなのだ。魔法を専門に扱う学校に通っていた事実に驚きを隠しきれなかった。
「でも、お母さん、剣で戦うよね?」
「そうよ。剣の戦い方も魔法の使い方も全てその学校にいる師匠に教えてもらったの」
私は口をパクパクとする事しか出来なかった。
最強だと思っていた母には、師匠がいることにも驚きだが、何よりこの母よりも強いかもしれない人が存在するのだ。
「世界って広い……」
「ぷふっ……何言ってるのよ、あなたもこれからその世界を見に行くのよ」
「そうだよね!……って、え?」
母は、楽しそうに笑いながら優しく微笑み、私を見つめる。
「認めるわよ、あなたが家を出ること……」
「ほんとに、ほんと!?」
私はあまりの嬉しさに飛び跳ねながら再度聞いた。それもそのはずなのだ。私は、まだ夢を追いかけ続けられるのだから。
「ほんとよ、というか、ノートを見っちゃった時からすでにあなたを送り出す準備をしてたんだから」
聞き間違いではない、私は家を出ることを許されたのである。これから起こることにワクワクし期待に胸を膨らませる。
「少しだけ待ってて」
母は、そう言って家の中に入っていった。そして、しばらくして一つの革袋をもって出てきた。その革袋を私に渡してくる。その革袋を開いてみてみると、中にはたくさんの金貨と銀貨が入っていた。これは、ものすごい大金である。
「これどうしたの!?」
「あなたが学校に通いたい事を知って、それで通うための資金を貯めてたのよ」
私の手に持つずっしりとした革袋は、母が貯めていたという話の証となるが、今までの生活を考えるといくら私のノートを早い段階で見たとしてもここまで貯まるとは思えない。今までの生活に加え、私の知らないところで他に何かをしていたのだということになる。
どうやってここまで貯めたのかと不安になり、母の顔を見遣る。
「実は、冒険者の活動を再開したのよ」
母は、照れくさそうに私の不安に答えた。
私が起きていた時は、ずっと傍にお母さんがいた。そんな冒険者の活動をする時間なんてないはずなのである。一体いつしていたのか…それは、もちろん私が――。
「子供がそんなこと気にするんじゃありません」
ポンっと私の頭にのせられた肉刺のある温かい母の手は私の頭を優しく撫でた。
「ありが…とう」
「うん!あっ、あとこれも渡しておくわね」
母が手渡してきたのは、一本の25㎝から30㎝ぐらいの短い枝のように歪に曲がりくねった杖だった。
「これは…?」
「私が学生の頃に使ってた杖よ」
母は、恥ずかしそうにしながら少しだけはにかんだ。
「あなた、今まで魔法を使うときに杖を使わなかったでしょ?」
「う…うん」
「杖があれば、魔法の効力を上げてくれるだけでなく、マナの伝導率もよくなるからマナの消費を抑えることにもつながるのよ」
母は、自慢げに杖の説明をするが私は不服そうに頬を膨らませる。
「それならもっと早く教えてよ!」
「だって、そんなこと教えたらたくさん魔法使うでしょ?どれだけまわりに被害が出るか想像もつかないじゃない。それに、私はマナを家から出すつもりもなかった。だから、杖を渡さなかったし、教えなかったのよ」
私は、その説明を聞いて少しだけ納得がいくもそれでも不服そうに頬を膨らまし続けた。
むぅ…確かに杖を持ってたらたくさん魔法も使ったかもしれないけど、ちゃんと制御できるようにするもん…
「もう、そんなことでいじけないのっ!大丈夫、今はマナを信じて杖を預けたんだから――」
私を信じて…そっか、お母さんは私のことを信じてくれてるんだ。
私は、これからもっと母の気持ちに応えられるように頑張りたいという気持ちを込め、杖を強く握った。
「私、頑張る!」
「うん、頑張っておいで」
私の言葉を聞いて、母は優しく微笑みながら私の旅立ちを応援してくれた。
「それで、いつ出発するつもりなの?」
「今から!」
母はその言葉に額に手をやり、深くため息をついた。
「明日にしなさい」
私は、これからのことに期待で胸をいっぱいにしていたので、その言葉に盛大に「えぇぇぇ!」と不服さ全快の返事をしたのであった。