思い立ったが吉日
二作品目は、長編物で行こうと思います!これから始まる主人公の物語をどうぞご覧ください。
これは幼い頃の思い出――
私は、幼馴染のアイトにかけっこで負けて泣いていた。
そんな泣きじゃくる私を慰めようと私の祖母であるばぁばがよく魔法を見せてくれた。たくさんの色で小さく火花を散らす明かり、暗い部屋をほのかに明るくする魔法で作られた星、魔法で作られた小さな動物たちが意思を持ったかのように動くものもあった。
私は、それを見るのがとても好きだった。一つ一つの魔法に温かいものを感じた。ばぁばが私に笑顔になってほしいという気持ちが伝わった。
そんな誰かを笑顔にするばぁばに私は憧れた。
「わたし、ばぁばみたいに誰かを笑顔にできる魔法使いになりたい!」
勢いよくばぁばにしがみついた。そんな、私の頭を優しくばぁばはしわしわになった温もりのある手で撫でた。
「マナ…覚えておいて。マナは、他の人よりもマナ量が多いでしょ?だから、たくさんの魔法が使えるし、どれも大きなものになる。一つ使い方を間違えればそれだけ大きな被害にもなる…。誰かを笑顔にしたいって気持ちを大事にして。決して悪意を持って人に使ってはだめよ?マナは、願いの力。そのマナに込める願いが強ければ強い程、きっとマナも応えてくれる。あなたの歩む未来が明るいものになりますように――」
そのばぁばの言葉を当時の私は、ほとんど理解できなかった。ただ、他の人よりもマナ量が多いということだけはことあるごとに聞かされていたので理解できた。
マナ――それは、魔法という事象を引き起こす際に消費する人々が生まれつきその体内を循環させているものである。このマナというものが無ければ、人々は魔法を使うことが出来ない。それどころか、その体内にあるマナが枯渇した場合、その人は死ぬ。
つまり、魔法は無限に扱えるものではなく、有限なのである。
しかし、一生を終える間に生まれつき持っているマナが枯渇する事は滅多にない。滅多にないというのは、本当にマナが枯渇した場合、死んでしまうのか?実は嘘なんじゃないか?といった声がささやかれ、都市伝説扱いされるぐらいに滅多にないことなのだ。
だけど、私は知っている――
マナが枯渇した場合、人は死んでしまうということを。
◇◇◇
パタン
私は、『誰かを笑顔にする魔法使いになるために必要なこと』と書かれたノートを閉じ、勢いよく椅子から立ち上がる。
「家を出よう!」
外は日が昇り始めたばかりの早朝。小鳥たちが外では、小さくさえずっている。
私は、急いで寝間着から脚にぴったりとフィットする母の私服をまねて着始めた、今ではお気に入りのスキニーパンツのようなズボンと透き通るような白一色のドレスシャツを身につけ、ズボンの中に押し込む。
そして、鏡を見て身だしなみを軽くチェックする。
髪色は、うっすらと光を返すような銀髪であり髪型はふんわりとしたボブのような感じで少しだけ子供っぽさを感じさせるような見た目に反してしっかりとした服に身を包んでいるため、少しだけ大人の女性に見えるかもしれない……きっと見えると思う!そして、目元は少しだけ吊り目のようなそれでいて柔らかいような感じでその時の感情によって目元の吊り具合も変わる…らしい。
身だしなみを確認した後は、すぐに階下に降りる。階段の途中から、朝ごはんのほんのりとしたいい香りが漂ってきた。母が、今ちょうど料理を作っている頃なのだろう。
私は、今料理中であろう母に向かって、勢いよくドアを開け言い放つ。
「私、今日家を出ます!」
私がいま来ている服とよく似た服に身を包み、私とは似ていない赤い髪色で、髪を一本に束ね後ろに下ろしている母がそこにはいた。
その言葉に料理中であった母の手が時間が止まったかのようにピタリと動きを止めた。
「はぁ…冗談はいいから、早く席につきなさい。もうすぐ料理できるからね」
「私、本気なの!立派な魔法使いになりたいの!」
私の言葉に聞く耳を持とうとしない母に少し苛立ち、母の言葉にすぐに自分の言葉を続ける。
そんな私の言葉に母は料理の手を止め、振り返り、私の目をその紅色の目でジッと見つめた。
「マナも分かってるでしょ?どれだけ危険なことか…特にマナの場合はなおさらね」
その言葉の真意を私は知っている。私は、生まれつき異常なマナ量を持っている。しかし、マナ量が多いからといって最強という訳でもないが、あらゆる魔法を使え、そしてたくさん使える、さらに言うなら言葉は悪いが長持ちするということなのだ。それはつまり、利用される可能性もあるということだ。
もちろん、マナ量が多くても魔法を使い続ければ、いずれ枯渇し死んでしまうだろう。それを母は危惧しているのだ。
「もちろん分かってるよ!でも、絶対にこの夢を叶えなきゃいけないの!」
私は、あの人の代わりに多くの人を笑顔にしたい。私のマナ量ならきっとできる。それに私は――。
そんな思考を遮るかのように母の言葉が返ってくる。
「分かったわよ…それじゃあ、私に勝てたら家を出ることを認めてあげる」
「横暴だぁ!!」
「可能性を残したことにまず感謝しなさい」
母は、私が生まれる前に冒険者をしていた。それは一流という言葉がふさわしいぐらいに卓越した剣技であったらしい。私は、今の夢を志したあたりから母に稽古をつけてもらっていた。「剣を教えて!」といった時は、微妙な顔もされたが、自分自身を守る術を身につけさせるべきという判断をしたようで、今では率先して剣を教えてくれている。
「朝食をとったら、しましょうか」
「はい……」
私は、柔らかいパンをもそもそと齧りながら返事をした。
◇◇◇
ちょっとした領主が治める小さな村。その一角に私たちは住んでいる。辺りは小麦畑のまだ伸び切っていない黄金色には少しだけ早い時期の緑に染まっており、私のこれからの旅立ちを後押しするかのように、そしてこれから私の物語が始まるようにさえ感じさせる風景が広がっていた。
でも、その旅立ちは一枚の大きな壁に阻まれているわけで――。
朝食を食べ終えた私と母の二人は、いつもの稽古で使っている木剣を手に、まあまあ広い庭へと向かう。
とにかく母は強いのだ。冒険者時代のころは、『剣姫』と呼ばれるぐらいに名の通った冒険者であり、その鋭い目つきは他の冒険者を震え上がらせるほどであった。そんな母も普段は、優しくて快活、冗談を言ってはよく笑う人なのだ。だが、剣を構えた母からは優しさが幻想のように消えてなくなる。
庭の中心にて、剣を構えた二人が見つめあう。
母は、静かに目を閉じてすぅーと静かに息を吐く。それだけで、空気がぴりつくのを感じる。ゆったりと正面に構えられた木剣は、微動だにせず静かにそこに存在する。
息を吐ききった瞬間、刹那、そこにいたはずの母の姿が消え、木剣を振りかざす寸前の母の姿が映る。咄嗟に木剣の腹で受け止めるもあまりの勢いに受け止めきれず、後ろに飛ばされる。
たった一振りの衝撃で自分の手が泣き叫ぶ。震える手に力を込めて握り拳を作り、震えを止め、何とか上体を起こし、もう一度木剣を構える。
「さあ、始めましょうか」
すでに、木剣を構えた母が悠然とそこに立っていた。