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皇帝アーレントとシルバニア家3

 




 室内を漂う重苦しい空気に取られず、優雅な動作でティーカップを口元へ持っていき紅茶を楽しむアタナシウス。深い青の瞳が琥珀色の水面を見つめた。



「僕とティミトリスが望むのはメアリーの幸せ。二度も同じ過ちは起こさない。そのせいで他人が不幸になろうが構わない。まあ、皇太子の場合は別に不幸ではないからいいのかな?」



 世界には幾つかの禁忌魔法が存在する。その一つが『時間の回帰』魔法。発動するには膨大な魔力が必要で成功する確率は極めて低い。失敗すれば時の狭間に閉じ込められ、永遠に現実世界に戻れなくなる。

 前の時、メアリーはミカエリスを愛していた。己の全てを捧げる程に。ただ、当のミカエリスが今と同じで幼馴染のマーガレットと相思相愛でメアリーを冷遇していた。当時はメアリーの為を思って何度もミカエリスに忠告をし、更にはホワイトゲート公爵家に圧力を掛けた。しかし、アタナシウスやティミトリス、アーレントが忠告すればする度ミカエリスはメアリーへの態度を硬化させた。今と違って当時のメアリーはミカエリスから贈られる贈り物を全て受け取り、彼と一緒にいる日はそれらを身に付けた。どれもがマーガレットに似合うピンク色でフリルやリボンが沢山付けられた物でも、メアリーはミカエリスに振り向いてほしい気持ちを優先して何も言わなかった。

 悲劇が起きたのは二人の結婚式前日。未だマーガレットとの仲を改めないミカエリスを昔から切り捨てていたのに、メアリーの「私は大丈夫だから。ミカエリス様もいつか分かってくれるから」という、痩せ我慢に何も言えなかった。娘を不幸にしかしない男にメアリーをやるわけにはいかない。今と同じで二人の婚約はメアリーが嫌になったら解消され、時が来ても解消される筈だった。ならなかったのはメアリーがミカエリスを愛していたから。結婚式の段取りについてミカエリスに皇居へ呼び出されたメアリーが向かった先には、庭園で愛を誓いながら口付けを交わすミカエリスとマーガレット、更に皇后と御付きの侍女達がいたそうな。

 これらはその後、絶望し自らの命を絶ったメアリーの記憶を読み取ったティミトリスが知り、アタナシウスに伝えた。帝国そのものを滅ぼしてやろうかとすら過るも、死んだメアリーは戻らない。



「二度とメアリーは死なせない。僕の天使、僕の女神であるメアリー(愛娘)をどうしてミカエリス(あれ)にやれる?」

「だからこそ、ミカエリスからの接触を全て絶っているのだろう?」



 アタナシウスもティミトリスも人外級の力を持つ魔法使いだ。だが、禁忌魔法最大と呼べる『時間の回帰』の使用は非常に難易度が高かった。二人ですら失敗の確率が大きかった。

 二人に手を貸したのは、先代公爵フラヴィウス=フォン=シルバニア、父だった。アーレントに前の記憶があるのは、時間と空間操作に関しては双子以上の才能を持っていたアーレントに目をつけ、彼を軸にして『時間の回帰』を発動させたからだ。

 時間が巻き戻った時、メアリーは赤ん坊になっていた。多分、生後半年経過したくらいだった。健やかに眠るメアリーと再び出会えて二人は誓った。


 この子の幸福を守るなら、どんな手段だって使い、排除する。

 その最たるがミカエリスへの気持ちだった。



「今回でもメアリーが皇太子に気持ちを抱いたのは知ってる。前は皇太子からの贈り物や連絡がくるのを恋しくしていたから、それらを絶って形だけの婚約者にしてしまえばメアリーも皇太子に恋情を抱くことはないと踏んだんだ」



 結果は成功。

 最初こそ、淡い恋心を抱いていたメアリーだが、会う度に冷たい態度を浴びせ、何も贈らず誘わずのミカエリスに期待しなくなった。実際はミカエリスからの招待や贈り物は処分していた。その代わり、前回以上にメアリーへ愛情を注いだ。ミカエリスの事を重きに置いていたメアリーの邪魔にならない程度だった愛情表現は必要ない。あんな男に愛を乞わなくてもお父様やパパ様がいればいいと思えるくらいの愛を注いだ。


 用意されていたスイーツの一つ、マシュマロを手に取り炎で軽く炙って食べたティミトリスがポツリと零した。



「俺は色恋沙汰に興味がないから知りたくもねえが……気を引きたいが為に相手を冷遇するあの馬鹿の思考を覗いて見たいものだ」



 自らの心臓に短刀を突き刺し、自害したメアリーに駆け寄ったのはアタナシウスやティミトリスだけじゃない。ミカエリスもだった。庭園での愛の誓いと口付けはマーガレットがどうしてもと言うからしたのだとか、気持ちはメアリーにあるから本意ではないと言っていたが二人にしたらどうでも良かった。メアリーが目撃し、泣きながら去って行ったとマーガレットに言われ追い掛けて来たミカエリスをその場で殺してやりたかった。メアリーがいたと気付いていなかったのはミカエリスだけだった、他は気付いていた。そもそも、メアリーを呼び出したのはミカエリスの名を使った皇后で、皇后のお気に入りであるマーガレットも共犯であった。

 メアリーに対する冷遇は、全てミカエリスがメアリーの気持ちを試していたからだと告げられた時は、脳内に帝国を滅ぼす魔法陣が浮かんだが駆け付けたアーレントによってミカエリスを他所へ飛ばされ、ミカエリスや皇后達を殺しても帝国を滅ぼしてもメアリーは戻ってこないと現実を突きつけられたのが大きい。


 片目を閉じてアーレントを見やるティミトリスの視線は冷ややかだ。



「お前が原因でもあるんだ」

「……反論はしない。お前によく言われていたからな」

「先代の皇帝にも言ってやったんだけどな。“アーレントは皇帝には向いていても、家庭を築くのには不向きな男”だとな」



 皇帝としての能力は勿論、魔法使いとしての才能もあったアーレント。皇太子ではなかったら、皇位継承権から遠ければ、帝国に所属する魔法使いになっていただろう。アタナシウスとティミトリスに師事していたのもあり、魔法の才は類を見ない程優秀だ。

 欠点があるとすれば、魔法以外にあまり興味がなかったこと。これについては、皇后の地位にしか目がなかった当時婚約者だった皇后にも言える。

 アーレントにとって幸いなのは、皇后と子作りをしなかったこと。皇弟との子であろうが歴とした皇族に違いない。誕生したのが皇子なのもありこれ幸いとばかりにミカエリスを皇太子に任命。皇后との夫婦生活は完全に破綻した。



「ミカエリスがああなのは、私にも原因がある。実の息子でなかろうと親として接しようとはしたが」



 できなかった。幼少期は皇后がミカエリスにべったりでアーレントに会わせないようしていた。たった一人の皇子をアーレントが血の繋がりがないから殺そうとしているのだと思い込んでいたのだ。ミカエリスがいなくなれば後継者問題が浮上する、極力面倒事は御免であるアーレントにそんな動機はない。自我が芽生えた頃も皇后が付きっきり、会いに来ない父親よりもずっと側にいて愛してくれる母親の方がミカエリスも良かったのだ。



「会わなくても皇子として育っていたから放っておいた私にも非はある」



 更に付け加えると、可愛い盛りのメアリーを相手にしたいのもあった。暇ではないから偶になったがメアリーに会い、喜ぶだろうと様々なお土産を持参した。珍しい魔法も見せてやったりもした。感情豊かで何かをする度にコロコロと表情を変えたメアリーが愛おしかった。実の子供がいたら、こんな気持ちになれたのだろうなと微かに寂しさを抱いた。



「ミカエリスは私がいなくても、皇后や周囲の者達がいれば良いだろうと思っていた」

「まあ、強ち外れてはないよ。貴族の家は大抵政略結婚が多く、義務として子供を作るのが殆どだ。子に愛情を与えるのは乳母の役目。皇太子に乳母はいなかったの?」

「皇后推薦の乳母がいた。今でも皇后宮にいて皇后に仕えている」



 相手の気持ちを試す為に態と冷遇し、傷付けるという考えに至ったのは育った環境のせいだろう。が、アタナシウスとティミトリスには無関係。ミカエリスの下らない思考のせいでメアリーは犠牲になった。また、メアリーをミカエリスから引き離しておけば悲劇は起きなかった。当時の自分を何度も殺してやりたいと感じながら、メアリーを今度こそ幸せにするのが最優先だと言い聞かせている。



「――お父様、パパ様」



 クマのぬいぐるみを部屋に置いて来たメアリーがサロンに戻った。アタナシウスが隣を叩いて座らせた。



「お帰りメイ」

「パパ様。私、皇帝陛下にお願いしたい事があります」

「本人に言いなさい。目の前にいるのだから」



 決意を宿した深い青の瞳が緊張しながらアーレントへ向けられる。何を言い出すかと待つ大人三人を前にメアリーは、はっきりと告げた。



「私の我儘だと叱って下さって構いません。

 私は――ミカエリス皇太子殿下との婚約解消を望みます!」



 メアリーが戻るまで回帰前の話題を出していたからか、自害する程ミカエリスへの愛を欲したメアリーが婚約解消を申し出た。嗤いそうになるのを堪えるアタナシウスに代わってティミトリスが口を開いた。



「……だ、そうだ。良いよな? アーレント」

「ふむ。そうだな、メアリーの代わりとなる皇太子妃候補を自分から見つけているからな」



 言わずもがな、マーガレットを指している。

 ティーカップをテーブルに置いたアーレントは頷いた。



「分かった。城に戻り次第、メアリーとミカエリスの婚約解消を進め、マーガレット=ホワイトゲートとの婚約を結ぼう」





読んでいただきありがとうございます!



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