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悪魔なカノジョ  作者: 佐久良
6/6

6.悪魔の正体

恭子と恋人になるなんて、これまで考えたこともなかったのに、想像するのは簡単なことだった。きっと今より気楽に付き合えるし、等身大の自分でいられるだろう。いまさら、格好つける必要もない。


「俺、恭子が好きだ」


 言葉として口に出してみると、ずっと前からそう思っていたような気がするから不思議だ。澪への気持ちはただの憧れで、テレビの中の芸能人を好きになるような感覚で、恭子への気持ちこそが恋愛感情なんじゃないかという気にさせる。


「好きだ」


 もう一度言葉にしてみると、それはさっきより確かなものに変わる。恭子は嬉しそうにはにかみ、俺に抱きついてきた。俺は、一瞬だけ迷った手を恭子の身体に回した。


 それから数日経って、俺は電話をかけた。恭子は「二番目でもいい」と言っていたけれど、そんなことができるわけもなかったし、何より澪への気持ちより恭子への気持ちの方が大きくなっていた。


 電話に出た澪は、明るい声で「ナオ君、どうしたの?」と尋ねる。この時間は大学へ行く準備をしている時間だろう。


「別れたいんだ」


 一言、そう告げると、電話の向こう側の澪が息を呑むのが分かった。


「急に何で? 私、何かしたかな? 悪いところあったら直すし、別れるなんて……」


「最初から無理があったんだよ。学生と社会人じゃ生活のリズムも違うしさ」


 無意識に早口になっていた。心臓がバクバクと音を立てる。悟られてしまわないようにと意識すればするほど、スマホを握る手は汗ばんでいく。


「ナオ君――好きな人、できた?」


 ギクリとした。澪は、俺の反応を見逃さなかった。電話の向こう側にいるのに、俺の動きを近くで見ているかのようだった。


「誰?」


 何も答えない俺。早く電話を切ってしまいたいと思った。


「――恭子、先輩?」


 女の勘というやつなのだろうか。それとも、単に澪の頭が良いというだけなのか。どちらにせよ、言い当てられたことには変わりない。嘘を吐くのは卑怯な気がした。


「ごめん――もう付き合ってるんだ。今は、恭子のことが好きなんだ」


 せめて、嘘をつかずに、正直に話して終わろうと思った。俺なりの誠意だった。何も答えない澪に「それじゃあ」と電話を切ろうとした瞬間、澪の声がした。


「最低だね、ナオ君も恭子先輩も」


 怒りに満ちた声だった。泣いているわけでもない彼女を、可愛げがないとさえ思った。


「こんな大事な話なのに……別れ話すら電話で済ませて――」


「恭子のことは悪く言わないでくれ」


 澪の声を遮って、俺はそう口にした。


「……そう。今までありがとう」


 俺が返事をする間もなく、一方的に電話は切れた。俺は電話をする前に購入したタバコのフィルムを開け、そこから一本のタバコを取り出し、ライターで火を付けた。久しぶりに口にした味だった。

 タバコを吸いながらスマホを触り、恭子に澪と別れた旨のメッセージを送った。恭子からはすぐに返事が来て、「ありがとう」と書かれてあった。


 その日の仕事終わり、スマホを見ると智樹からの着信が残っていた。俺は智樹の番号をタップし、折り返しの電話を掛けた。数秒の呼び出し音の後「もしもし」とやや不機嫌そうな智樹の声が聞こえた。


「澪と別れたんだって?」


 俺が声を出すより先に智樹が質問する。

 用件はそれか。俺は溜め息を一つ吐いてから「澪から聞いたのか?」と尋ねた。


「ちげーよ。恭子だよ」


「え?」


 予想外の名前に言葉が詰まる。


「お前ら、何やってんの?」


 智樹の声は不機嫌ではなく、明らかに怒りに満ちている。「お前ら」という言葉が、俺と誰を指しているのか分らなかった。返事に悩んでいる間にも電話の向こう側からは「他人の恋愛にイチャモンつける気はないけど」と声がする。


「確かに澪はワガママだよ、自己中なところもあるし。頭が良いゆえにこっちの理解が追い付かないまま話すこともあるし、正直疲れるときだってある。――だけどな、卑怯なことはしない。真面目で一途だ」


 智樹がまくしたてる。これまでの長い付き合いの中で、智樹が怒る声を聞いたこともなかったし、智樹に怒られたこともなかった俺は、驚いて言葉を返すことができなかった。その間にも智樹の声が聞こえてくる。


「お前がやったことはただの浮気だろ? 恭子だって、お前と澪が付き合ってるの分かった上で言い寄ってきたんだろ?」


「いや、でも――」


 その後の言葉は続かなかった。

 確かにそういうことなのだ。どんな理由であっても、俺が澪と別れる前に恭子と付き合い始めたことには変わりない。


「悪いけど、お前にも恭子にも幻滅したわ」


「え?」


「もう、お前らとは関わりたくない」


 智樹は軽蔑したような声でそう言うと、電話を切った。一瞬、掛け直そうかと考えたが、俺はそのままスマホを見つめたまま、動くことができなかった。


 同い年とはいえ、社会人の俺と学生である澪との生活リズムが合わないのは当然だ。授業やサークルの活動、アルバイトで忙しく、異性との接点が多いのも当たり前のことだ。異性の友人付き合いが気になるのだったら、澪にそれを伝えれば良かったのだ。気にしていないふりをして、何も言わなかったのは俺自身だ。


 他人同士が付き合っているのだから、不満を持つのはある程度当たり前のことだ。不満があるならそれを言葉で伝えて、話し合えばよかったのだ。俺と澪は恋人だったのだから。それをしなかったのは、やはり俺自身だ。


 無理をしていた。背伸びをしていた。それは事実だ。


 でも、裏を返せば彼女と釣り合いが取れる男になりたかったからだ。彼女――澪のことが好きだったからこその行動だった。

 どんな言葉を並べたところで、心変わりをしていい理由にはならない。いや、浮気をしていいような理由なんて最初からどこにもないのだ。


 俺は大切にするべき人を傷つけた。親友からも縁を切られた。

 一体、どこで間違えた? 何がいけなかった?


 悪魔は――誰だったんだ?

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