3.彼女との距離
俺は、彼女から「ナオちゃん」と呼ばれていた。当時、彼女よりも身長が低かったせいか、同い年なのに「弟みたいに可愛いから」というよく分からない理由で、そう呼ばれていたのだった。
「……その、ちゃん付けやめてくれよ。俺、もう社会人だよ?」
久しぶりに会話できる嬉しさと緊張を隠そうと意識しすぎて、不機嫌そうな声が出てしまった。瞬時にしまったと思った。
社会人なのにこのザマかよ。つい、自分に苛立ってしまう。
「あ、ごめん。昔の癖で……」
シュンとする彼女に「怒ってないから」と伝えると、ぱあっと花が咲いたように笑顔になる。
「トモは? 勉強頑張ってる?」
「急に何だよ。俺のことはいいから、ほっとけ」
苦笑いを浮かべる智樹。
智樹は地元の四年制大学に通っている。彼女はなぜ智樹が学生だと知っているのだろうか。そもそも智樹のことを「トモ」と呼ぶほど仲が良かったのか。俺の中にいくつものクエスチョンマークが並んだ。
「……智樹とそんなに仲良かったっけ?」
気にしていないフリをしながら、それとなく尋ねてみる。動揺を隠そうと、ビールを口に含んだ。ジョッキは汗をかいていて、生ぬるい。
「中学のときはそんなに。成人式のときに連絡先交換してからは時々、連絡取ってるよ。ね?」
話を振られた智樹が、ビールを飲みながら頷いた。俺は「そうなんだ」とだけ返事をした。素っ気なかったかもと思ったが、彼女は気にする様子もなかった。
彼女が智樹と連絡を取っているなんて知らなかった。智樹から聞いたことすらなかった。繋がろうと思えば、現在の彼女をもっと早くに知ることができたのかもしれない。同級生のグループチャットから個人的に彼女に連絡を取ることだってできたのだから。それをしなかった俺は、やはり今も変わらず臆病な男だ。
三時間の宴会コースが終わり、幹事は二次会としてカラオケを提案した。彼女はストールを首に巻き、幹事や女子たちに「ごめんね」と謝っている。
「私は帰るね。明日、バイトあるし」
少し距離がある場所に彼女が経っているというのに、彼女の声はやけにはっきりと俺の耳に届いた。
「あ、俺も帰るから駅まで一緒に行こう」
考えるより先に声が出ていた。彼女は怪訝そうにすることもなく、笑って頷いた。
彼女の隣に立つといつの間にか自分が彼女の身長を追い抜いていたことを知る。その事実に嬉しさと月日の流れを感じて切なくなる。
外に出ると、吐く息が白く染まる。先ほどまで暖かい場所にいたからか、より一層寒さを感じる。お酒が入っているからなのか、隣を歩く彼女の頬は少しだけ赤く染まっている。
「読者モデルやってるの?」
「え? なにそれ?」
何か話しかけなければと思って聞いてみたが、俺の想像とは違った反応が返ってきた。
「俺が来てすぐ、女子たちが騒いでた。違うの?」
「一度、街で声を掛けられてスナップ写真撮られたことがあってね、それが雑誌に載っただけだよ」
俺が「そうなんだ」と答えると、辺りが急に静かになる。何か言葉を続けないと。そう思っていると彼女が口を開いた。
「いつの間にか、背も高くなったんだね。久しぶりに会ったらカッコよくなっててびっくりしちゃったよ」
今さら何かを期待しているわけじゃない。そう、自分に言い聞かせる。ただ、これまでの臆病な自分から卒業したいだけだ。




