1.同窓会
吐く息が白く染まり、気温の低さを目の当たりにすると、先ほどよりもさらに凍てつくような寒さを感じ始める。そのためか、目的地へと向かう足取りも自然と速くなる。
中学校の元クラスメイトたちで構成されているグループチャットに同窓会のお知らせが届いたのは、夏から秋へと移り変わる頃だった。日程は大型連休でもなければ年末年始でもない、ごく普通の週末だった。地元を離れて暮らす旧友たちからは、案の定「なんで年末年始じゃないんだよ」や「せめて三連休にしてくれよ」といった不満気なメッセージとともに欠席の連絡が届いていた。幹事は、どうやら地元に残っているメンツでの同窓会を目的としているようだった。
地元に残っている側の人間である俺は「参加します」というチャットを送った。幹事からは「了解」というあまりにも単文すぎる二文字が届いた。
中学を卒業した後、工業高校に入り、そこを卒業した俺は大手自動車メーカーの下請け会社で働き始めた。成人式で久しぶりに会った中学の同級生たちのほとんどは高校を卒業後、専門学校や大学へと進んでいた。俺は、同級生のなかで数少ない社会人だった。
あれから一年近く経ち、二年制の専門学校や短期大学に通っていた元クラスメイトたちは俺と同じ社会人になっている。それでも学生はまだ多い。親の仕送りやアルバイトをしながら一人暮らしをしている人もいる。そんな同級生たちの財布事情を考えているのか、同窓会の開催場所はリーズナブルな全国チェーンの居酒屋だった。
出欠確認の締切りが間近に迫った頃、萩野澪から「私も参加します」と可愛らしいスタンプ付きのメッセージがグループチャットに送られてきた。俺宛てに送られたメッセージでもないのに、それを見た途端に俺の心臓はいつもより速くなった。
萩野澪は、中学生の頃の俺にとってアイドルだった。高嶺の花とも言える存在だったかもしれない。
色白で、はっきりとした二重にぱっちりとした大きな瞳。口紅もしていないのに発色の良いふっくらとした唇。明るくて、男女関係なく誰とでも仲良くなる。そんな彼女は先輩からも後輩からも慕われていたし、教師からの厚い信頼も得ていた。
そんな彼女と同じクラスになった俺が恋愛感情を持つのは、当然のことのように思えた。だけど、俺と同じように彼女に恋愛感情を持つ男がいることもまた当然のことだった。
当時、彼女と付き合っていたのは渡辺という何の取り柄もない、ごく普通の男だった。飛び抜けて頭が良いわけでもなかったし、運動神経が良くてスポーツ万能というわけでもない。
どうして彼女は彼を選んだのか。その疑問は常に俺の中にあった。けれど、彼と一緒にいる彼女が他の誰といるときよりも楽しそうで、幸せそうに笑っているのを見ると、その疑問をぶつけたところで何の意味も持たないと痛感するのだった。そればかりか、その幸せそうな笑顔を壊してしまうのではないかとさえ思うのだった。
中学校を卒業すると、俺は彼女とは別の高校に進学した。優等生の部類に該当する彼女は、公立の進学校に推薦で合格していた。どうせ7もう会えなくなるのなら――と、卒業前に告白することも考えたが、結局その勇気は出なかった。
一年ほど前の成人式で、赤い振袖を着た二十歳の彼女を会場で見つけたが、女子に囲まれて話し込んでいる彼女に近付くことすらできなかった。十五歳の俺も二十歳になった俺も、彼女に話しかける勇気すらない臆病な男だった。
そんな彼女と同窓会で会える。そう思うだけで、口元が緩んでしまう。今さら何かを期待するわけではないが、勝手に心は躍る。
目的の居酒屋に着き、扉を開けて中に入ると、近くに立っていた店員に幹事の名前を告げた。店員はすぐに「ご案内します」と言い、店の奥にある靴を脱いで上がる仕様の部屋に通された。団体客用の部屋なのだろう。テーブルが六卓あり、各テーブルには座布団が四つずつ敷かれている。
「おー、直哉。久しぶり」
「上原君だ。久々だね」