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天才ハッカー

 CHAPTER 08「天才ハッカー」


「あ、これ、昼間の……」

 出前のピザが届く間、手持ちぶさたになっていたマコが携帯電話のニュースサイトを見て言った。

「昼間のって?」

 俺はマコの携帯端末を覗き込むようにして言った。

 シャンプーだろうか、いい香りが鼻腔をついた。

「ほら、郷田さんの……」

 マコは携帯の画面をこちらに向けながら言った。それは今日、ミッドタウンのロータリーで郷田の車が炎上した事件の記事だった。

 俺はデスクに戻り、パソコンの画面をブラウザに切り替え、ニュースサイトに繋げた。郷田の事件は今日のトップニュースで扱われていた。

「整備不良の事故だって?」

 俺は記事を読みながら首を傾げた。


『19日午後3時15分頃、東京都沖洲区1丁目のブルーヒルズ中央ロータリーで、沖洲区の調査会社社長、郷田隼人さん(35)運転の乗用車から突然出火し、全焼した。

 郷田さんは病院に搬送されたものの、全身の火傷で死亡。付近の車や通行人には被害は出なかった。

 警視庁沖洲署によると、乗用車のバッテリーが何らかの原因で発熱、発火したものと見られ、整備不良の疑いがもたれている』


 整備不良?

 バッテリーの発火なんて、昔の安物EVじゃあるまいし。


 あの郷田に限ってあり得ない。

 郷田はカーマニアだ。

 車にかける金を惜しむ男ではない。

 とてつもなくいやな予感がした。

 消された?

 嫌な予感がする。

 

 この報道から推理すると、郷田を殺した勢力はマスコミ報道を自由に操作できるほどの力を持っていることになる。

 郷田は何か大きな力で消されたのだ。

 原因はやはりマコだろう。

 この女子高生はいったいどんな秘密を握っているのだろうか。

「とんだ疫病神かもしれないな……」

 俺は小さな声で呟くとマコをちらりと見た。

 マコはそんな俺には気づかず、事件の経緯を岡本夫人にかいつまんで説明していた。婦人は「お気の毒に」と言って哀悼の意を示した。


「そうだ、マコ。ここが今日君の泊まる部屋だ」

 俺はそう言うと、電灯のスイッチに偽装した隠しボタンを押した。

 壁の一部がスライドし、もうひとつの部屋が現れた。ビジネスホテルのツインくらいの広さで、風呂もトイレも付いている。

「わあ、秘密基地みたい」

 マコがはしゃいだ声をあげながら部屋に入った。

「この部屋、内側から鍵かけられるし、奥に風呂もトイレもある」

「思ったよりきれいですね」

 マコはベッドに腰を下ろしながら言った。

「VIPルームだからな」

 俺はマコのスポーツバッグを持って部屋に入った。

「あ、ありがとうございます」

 マコはそう言うとスポーツバッグを受け取りベッドの脇に置いた。

 バッグの中ではないのか。

 マコの持っているという『重要な秘密』が中に入っていれば、俺がバッグを触った時に何か反応があるはずだった。人間は無意識に気になっている物に反応する。

 しかし、マコは俺がバッグを持っても特に変わった様子はなかった。

「ホテルみたいですね」

 岡本夫人も部屋を覗き込みながら言った。

「岡本さんは、後でミッドタウンのホテルまでお送りしますよ」

 俺は婦人を振り返って言った。

「おばさんもここに泊まればいいんじゃない。ベッドもふたつあるし」マコが婦人に向かって言った。「アリスちゃんは私と一緒に寝よう」

 いや、婦人はこんな汚いところではなくて、ちゃんとしたホテルに泊まった方がいいと思う。

「Aドールって寝るのか?」

 俺はふと疑問を口にした。

「活動レベルを10パーセント以下に落としてエネルギーの消費を押さえることができます。人間の睡眠と同じような状態になります」

 アリスが答えた。

「どこまでも人間そっくりなんだな」

 俺は感心したそぶりを見せたが、アリスは全くの無反応だった。

「差し支えなければ、お願いします。宿代はお払いしますから」

 婦人が言った。

「いや…… 、まあ、いいでしょう。こんな汚いところでよろしければ」

 俺は答えた。このまま婦人をホテルにひとりで泊まらせて、またウエストガーデンをうろうろされちゃ大変だ、と思ったし、婦人の人捜しに少し引っかかることもあった。

「重ね重ね、ありがとうございます」

 アリスは既に婦人のスーツケースを持ち、隠し部屋の方へ運び始めた。

 よく気が付くAドールだ。


 何だろう、この違和感は……



 宅配ピザを食べ終え、空になった箱や飲み物の容器を片付けていると来客があった。

 知人のTKだった。


 TKは本名を国府津利章という、同じビルの最上階に住む自称ハッカーで、ときおり俺の仕事を手伝ってもらっている。

 年齢は24歳、某有名大学の工学部に籍を置き、現在は休学中だと言う。

 尤も、この街の人間の自己申告は全くアテにならないのだが……


 TKは痩せ型の長身で、延び放題の髪を後ろで束ねている。目が弱いということでいつも度付きのサングラスをかけていて、1週間に3日以上は無精髭を生やしたままだ。ただし、服装は意外とまともでデザイナーズブランドのシャツとジーンズを清潔に着こなしている。

「郷田さん、どうしたんだ」

 TKはドアを開けるなり訊いてきた。

「実は俺にもさっぱりだ」俺は肩をすくめ小声で続けた。「実はあの場所に俺もいたんだが……」

「何だって」

 サングラスの奥で目が光った。

「詳しい話は後にするよ。いろいろ込み入ってるんでね」

 俺は事務所のマコたちに聞こえないように小さな声で言った。

「判った。でも、今時バッテリーが発火するなんて、昔の中国製じゃあるまいし…… 何か、陰謀の匂いがするな」

「俺もそう思う」


「珍しく今日は来客か」

 事務所に入ったTKが3人の女性を見て開口一番こう言った。

「こいつはTKと言って俺の仕事を手伝ってもらっている自称スーパー・ハッカーだ」

 俺はTKを紹介した。

「おい、自称にはスーパーは付けてないって」

 TKは苦笑いしながら3人に会釈した。岡本夫人とマコが会釈を返した。

「あ、この子、アリスちゃん。Aドール」

 マコがTKに言った。

「何だって?」TKはアリスに近づき全身をまじまじと見つめた。「本当だ。君がオーナーなのか」

 TKはマコに訊いた。

「違います。アリスは誰の物でもないんです」

「?」

 俺はこれまでの経緯をTKに説明した。

 しかし、TKは納得いった様子ではなかった。

 TKは携帯端末を取り出すと何かの操作をした。

 そしてICチップの接触面をアリスに向けた。

「君のアクセスポイントは?」

「ありません」

 アリスは即座に答えた。

「えっ、アクセスポイントがない?」

 TKは驚いて言った。

「アクセスポイントって何ですか?」

 マコが訊いた。

「Aドールやロボットのメイン・コンピューターにアクセスするための端子さ。昔はソケットみたいのだったけど、今はICチップを使った非接触式が主流なんだ」

 TKが説明した。女子高生相手だと易しく説明できるようだ。

「アクセスポイントがないって、ソフトウエアのメンテナンスやバージョンアップはどうするんだ……」

 TKが独り言のような口調で言った。

「どうも規格外らしいんだが……」

 俺が口を挟んだ。

「それじゃあ、君のIPアドレスは?」

 TKは俺を無視してアリスに尋ねた。

「ありません」

 アリスは無表情のまま答えた。

「え? それじゃネット接続もできない、って…… 、データセンターにアクセスできないって、完全自立型AI? そんな物が……」

「何か問題でも?」

 俺が訊いた。

「ロボットやAドールのメモリには限界があるだろ。だから常にデータセンターにアクセスして最新の情報やその時必要な情報を引き出してくるんだ。例えば家事Aドールに『玉子と鶏肉を使った料理を作ってくれ』と命令した特、そのAドールはデータセンターにアクセスして必要なレシピを探し出してくる」

「それじゃ、アリスちゃんはデータセンターに頼らなくても何でも知ってるってことなんですか?」

 マコが訊いた。

「それは…… あり得ないだろう。未知のデータ圧縮技術があるのか…… まいったな……それじゃ強制停止信号エマージェンシーコードは……」

 TKは黙り込んだ。

強制停止信号エマージェンシーコード?」

 マコが訊いた。

「超音波や電磁波を使ってAドールのAIを強制停止させるための信号のことだ。尤も、周波数や文字列は製造メーカーとオーナーしか知らない物だが……」

「システムのどこかが壊れてるとか、人工知能のバグとか、考えられないか?」

 俺はTKに訊いた。

「俺も真っ先にそう思った。でも……」

「アリスちゃんにはバグなんかありません。とってもかわいくて優秀なAドールですよ」

 マコが抗議した。

「明らかに量産品じゃない。研究所レベルの高度な製品だ。それにしても…… 何の目的で作られたのかさっぱり判らない。どこかの金持ちが作らせた特注品か……」

 TKはアリスの体を隅々まで眺め、言った。

「アリス、ちょっと服を脱いでくれないか」

「はい」

 アリスは立ち上がると手を後ろに回してワンピースを脱ごうとした。

「だめー!」

 マコが立ち上がってアリスの腕を押さえた。

「ちょっと、なんてこと言うんですか! いきなり服を脱げだなんて! セクハラですよ」

 マコが怒った。

 怒った顔もちょっとかわいいと思った。

「いや、だって、Aドールだろ。人形と同じじゃないか……」

 TKがマコの剣幕にうろたえて言った。

「Aドールだって女の子なんだから、人前で服を脱げなんてだめですよ」

「いや、その……」

「そういうことだ」

 俺はTKに言った。

「かなわんな」

 TKは苦笑いしながら首を振った。

 その時、俺の携帯の呼び出し音が鳴った。

『直人か? 僕だ。久しぶり』

 電話の相手は、今、あまり話をしたくない相手だった。

「ちょっと待ってくれ、場所を変わる」

 そう言いながら、俺は事務所にあるもうひとつのドアへ向かった。

 ここは俺のプライベートルームだ。ベッドと小さなデスク、本棚代わりのス

チールキャビネットがある狭い部屋だ。

 ドアを閉めると俺は続けた。

「今、客が来てるんだが」

『美人の女子高生か』

 電話の向こうの、皮肉な笑い顔が頭に浮かんだ。

 ガーディアンズの実質的ボス、アキラであった。

「知ってるのか」

『郷田が殺された』

「あれはおまえの仕業か?」

 俺はつい語気を強めた。

『早まらないでよ。あれは僕じゃない。いけ好かない奴だったけど、少なくと

も、奴を殺しても僕達には何の得にはならない』

「それじゃ…… 」

『それよりも、眞佐子って言ったっけ、あの女、早いとこ放り出した方が身の

ためだよ。かなり危ない物を持っているようだ。触ると大やけどをするよ』

「賞金でもかかっているのか」

『まだそんな情報はない。ただ、今後の政局次第ではどうなるか』

「政局?」

『何だ、知らなかったの? らしくないね。まさか、スケベ心で引き受けたん

じゃないんだろうね。このところ女日照りだったから』

「うるさい、余計なお世話だ」

 電話の向こうでアキラの笑い声がした。

 マコについてはこれから調べようとしていたところだ。ただ、人捜しの婦人

とか、謎のAドールとか、いろいろあってまだ手が着いていないだけだ。

「まさか、条例違反で捕まるつもりはないよ」

『ふっ、あの女、かわいい顔してけっこうなタマだぞ、あの郷田を出し抜いた

んだからな』

「出し抜いた?」

『僕は忠告したからね』

「ちょっと、それはどういうことだ」

『本人から聞けばいいじゃないか』

 意味が判らない。

 出し抜いた?

「それで恩を売ったつもりか」

『いや、友人として』

 友人、か……

 確かに、俺とアキラはかつて、仲間として同じ危ない橋を渡ったこともあ

る。しかし、2年前に袂を分かち、今では別々の道を歩いている。


「くだらん電話なら切るぞ」

『あ、ちょっと待って直人』

「何だ…… 」

『通り魔に気をつけて』

「通り魔?」

 最近の殺人事件のことか。

『知ってると思うけど、1週間くらい前から若い連中が殺されている。昨日は4

人』

「やられたのはガーディアンズなのか?」

『全員じゃない』

「外からきたグループか?」

 チンピラとは言え複数の男を一度に殺すなんて、単独では無理だろう。以

前、この街のギャングに痛めつけられた連中が仕返しにきたのだろうか。

『解らない。でも、見知らぬグループがうろうろしていればこちらの情報網に

引っかかるはずなんだけど』


 都内からウエストガーデンへ入る道は、実質的に1本しかない。

 江東区の若洲から、ゲートブリッジを通り、一旦ミッドタウンに入ってから

ゲートを通らなければならないのだ。

 お台場や大田区と繋がっていた海底トンネルは数年前に閉鎖されてしまって

いる。

 また、『24区』にはタクシー以外の公共交通機関がない。

「凶器は? どんな殺され方をしたんだ」 

 俺は気になっていることを聞いた。

『それが……』アキラは少し重い口調で答えた。『よく判らないんだ』

「判らないって、死因がか?」

『昨日の場合、ひとりは何か強い力で頸の骨をへし折られていた。もうひとり

は丸太のような物で胸を強打され肋骨が肺と心臓に突き刺さっていた。3人目

はものすごいスピードで壁に叩きつけられ内臓破裂。最後のひとりは、頭蓋骨

が粉砕されていた』

 何だと?

「まるで悪霊か怪物の仕業じゃないか、それ、本当に人間がやったのか? 場

所は?」

『17地区の空きビルの一階だ。不良のたまり場になっていたビルだけど、小さ

なビルで1部屋に何人も入って乱闘できるような場所じゃない』

「17というと、うちの近くか…… 。しかし、気味の悪い話だな」

『今のところ、殺された奴らは生きていてもしょうがない、ゴキブリみたいな

連中ばかり、でも、犯行の目的が解らないのが不気味だ』

 確かに、通り魔にしては不自然だ。

 ギャングだけを狙う通り魔なんて聞いたことがない。

『今、ガーディアンズには特別警戒態勢を取らせているけど、あなたも気を付

けて』

 アキラはそう言って電話を切った。

「謎の殺しか…… 」

 被害者がチンピラやギャングだけなのは、やはり恨みの犯行なのだろうか。

 



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