ロリコンと違うぞ
CHAPTER 04「ロリコンと違うぞ」
女子高生を連れ、地下駐車場へと向かった。
着替えが入っているのだろうか、彼女は大きなスポーツバッグを抱えるように持ちながら付いてきた。
自分の車の前で彼女に言った。
「これから君を連れて行くところだけど、ちょっとその制服じゃ目立ちすぎるんだ。どこかで着替えられないかな、着替え、持ってきてるんだろ」
彼女は少し微笑んでから頷いた。
「そうですね、忘れてました」
女子高生がいきなり制服を脱ぎだした。
「ちょ、ちょっと……」
一瞬、うろたえてしまう。
「大丈夫ですよ、ちゃんと下に着てますから」
彼女は笑顔で答えると、手早くセーラー服を脱いでいった。
言葉通り、彼女は制服の下に白いパフスリーブのカットソーを着ていた。スカートを脱ぐと、その下から黒いソフトデニムのショートパンツが現れた。そしてスポーツバッグの中から、胸元と背中がざっくり開いたブルーグレーのワンピースを取り出して羽織り、最後に小さなブランド物のセカンドバッグを肩に掛けた。
「これでいいですね」
変身した彼女は制服の時よりも体の線が露わになり、さらに大人びた雰囲気になった。
美しい顔立ちにすらりと伸びた手足、引き締まった腰のライン。
これでは制服より目立ってしまうな……
「胸、小さいと思ったでしょ」
「え?」
突然の言葉に、俺は答えに詰まった。
「いや、別に……」
視線を読まれた?
「気にしてないって言ったら嘘になりますけど」彼女は笑みを浮かべながら続けた。「友達にもいつもバカにされてるし」
「十分かわいいと思うよ、君は」俺は動揺を隠そうとしながら答えた。「それに、男がみんな大きな胸が好きな訳じゃないし」
「そうなんですか。でも、それってロリコンって言うんじゃないんですか?」
彼女は脱いだ制服を丁寧に畳んだ後、スポーツバッグに入れながら尋ねた。
「いや…… 、必ずしも、そういう訳じゃないんじゃないかな……」
俺は曖昧に答えた。
「そう、なんですか……」
彼女は納得いかない面もちで答えた。
「俺は…… 違うから…… 、あ…… 端から見ると援助交際の現行犯だな…… 。通報されないうちに急ごう」
俺はなぜか口ごもりながら、彼女を車の助手席へ促した。
シートに座りながら、彼女はくすくすと笑っている。
「ごめんなさい。予想外の反応だったので」
この年代の女の子は、よく解らない……
地下駐車場から車を出すと、既に陽は西に傾きかけていた。
ブルーヒルズの内側にあるロータリーを右回りに走り、南側の出口を左折すればウエストガーデン方向だ。
既に夕方の帰宅ラッシュが始まっていた。
「探偵さん、霧野直人さん、て仰るんでしたよね」
突然、彼女が訊いてきた。
「ああ」
俺は素っ気なく答えた。
「霧野さん…… うーん。直人さん。直人さん、て呼んでいいですか」
彼女は笑顔で問いかけてきた。
「え、ああ、好きにしていいよ」
俺は平静を装いながら答えた。女性から下の名前で呼ばれるのは何年ぶりだろう。
「本当ですか。じゃあ、これから直人さん、て呼びますね」彼女は嬉しそうに笑いながら続けた。「なんか、男の人を名前で呼ぶって、ちょっとドキドキします」
実は俺だって少しドキドキしている。
「あの、私、眞佐子って言うんですけど、友達はみんなマコって呼びます。だから、直人さんも私のことマコって呼んでください」
「マコ、ちゃん?」
「呼び捨てでいいですよ。ちゃん、なんて付けられると却って照れくさいです。それに、子供みたいだし」
「うん。…… 。マコ……」
実は俺も照れくさい。
「きゃ、……なんか、付き合ってるみたい」
マコはひとりで盛り上がっていた。
「恋人同士だったら、俺は条例違反で捕まるな」
俺は笑いながら言った。
「大丈夫ですよ。秘密は守ります」
マコはすっかり恋人気分で体を寄せてきた。悪い気分じゃない。しかし、現在、彼女の置かれている状況を考えると浮かれている訳にはいかなかった。
彼女の言葉が正しければ、彼女は人の命がかかった秘密を握っているのだ。
「直人さん、優しそうでよかった」
マコが独り言のように言った。
「え?」
「ウエストガーデンの人だって言うから、もっと怖そうな人が来ると思ってたんです」
いったい、この娘のイメージするウエストガーデンは、どんな街なのだろう。
「ギャングみたいなのが来るとでも?」
「ううん、もっとヤクザっぽい人とか……」
実は『24区』にはヤクザ、というか暴力団はいない。それは、『24区』の特殊性から、暴力団のビジネスモデルが展開しにくいのと、連中よりはるかに凶暴な組織が『24区』を仕切っているからである。
「私、直人さんを一目見た時から信用できるって感じたんです」
マコは真面目な顔になって言った。
「そりゃ、買いかぶりすぎだ。人をそんなに簡単に信じるもんじゃない」
「そうかなあ」
マコは視線を車外に移しながら言った。
「あ、直人さん……」
マコが指さした前方の反対車線に、記憶にある郷田の車が見えた。スポーツタイプのEV車だ。俺の車と反対に東へ向かっている。
やがて車と車がすれ違う際、郷田がこちらに気づいて右手を挙げ挨拶をしてきた。
俺も右手を少し挙げ、隣の女子高生は嬉しそうに手を振っていた。
「郷田さんの事務所ってタワービレッジにあるんですよね。すごいなあ」
マコは前方に向き直って言った。
「君の家もタワービレッジじゃないのか」
俺は意外な顔で答えた。
「ニコタマですよ。私の家は」
意外だった。俺はてっきりタワービレッジに住む超セレブのお嬢様かと思っていた。
まあ二子玉川でも十分高級なんだが……
「あっ!」
突然後方で爆発音が聞こえ、マコが短い悲鳴を上げた。
「あの車……」
ルームミラーに炎と黒煙が広がった。
急ブレーキを踏み、後方を振り返った。
背後で激しいクラクション。
100メートルほど後方で車が燃えていた。
郷田の車だった。
俺は車から飛び出し、炎上している車へ向かった。
周囲は悲鳴と怒号で騒然となっていた。
「これは……」
誰かが消火器を持ち出し、炎へ吹きかけていた。
しかし、火の勢いは止もうとしなかった。
リチウムバッテリーが燃えているのか?
「郷田さん……」
気がつくとマコが隣にいた、両腕で俺の左腕をぎゅっと掴んでいる。
全身が小刻みに震えていた。
左腕に彼女の胸の膨らみの感触があった。
それは彼女自身が気にしているほど貧弱なものとは感じられなかった。
「まいったな……」
これが殺人事件なら警察は郷田と最後に会っていた俺とマコを事情聴取するだろう。
俺は本当になにも知らないから構わない。
しかし、マコは?
「行こう」
俺はマコの手を引いて車に戻ろうとした。
「え?」
マコは不安げな顔を俺に向けた。
「警察が来ないうちにここを出よう」
俺の言葉が意外だったようで、マコは戸惑った表情で俺を見つめた。
「それとも警察に洗いざらい全部話すか?」
マコは目を見開いて首を振った。
「だめ。警察は絶対だめ」
答えは俺の想像した通りだった。
警察に相談できないから俺たちを頼ってきたのだ。
「じゃあ、さりげなく車に戻るぞ」
俺はそう言うと後ろを向いて歩きだした。
マコは俺の腕を握ったまま後に続いた。
車に乗り込む際にもう一度振り返った。
何人かで持ち寄った消火器の働きで炎の勢いはかなり弱くなっていた。
郷田の生死を確かめたかった。
しかし、ここは早く現場を離れるのが得策だと思った。