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女子高生探偵?

 CHAPTER 14「女子高生探偵?」


 俺は窓から下の通りを見下ろした。

 ビルの前には紺に白のラインが入ったSSOのバンが停まっていた。

 ちょうどそこへ郷田を連れたSSOの警備員が到着した。バンのドアが閉まり、エンジンが始動して走り出す寸前だった。

 突然ドアが開き、後ろ手に手錠をつけたままの郷田が転がるように飛び出した。

「何っ?」

 次に警備員がふたり、左右のドアから飛び出した。

「おい!」

 ふたりの警備員はいきなり銃を抜き、郷田に向かって発砲した。

 ビル街に響きわたる数発の銃声。

 その後に訪れた必要以上の静寂の中で、郷田はひび割れたアスファルトの上に横たわっていた。

「郷田、さん……」



 郷田の遺体が黒い袋に詰め込まれ、そのまま救急車に積み込まれようとしているのを、俺とマコは呆然と見つめていた。

 俺とマコは郷田が撃たれた瞬間、事務所を飛び出し、ビルの外へ出ていた。

 野次馬も何人か出ていた。

 しかし、この街では銃声やサイレンなど、みんな慣れっこになっている。

 それほど大きな騒ぎにはなっていなかった。しかも、騒ぎの原因がSSOそのものだと判ると、そそくさとその場を立ち去る人影も少なくなかった。


 即死だった。

 警備員の銃弾は見事に急所に命中していた。

 警備員が持っている銃は40口径の自動拳銃だ。噂では殺傷能力の高いソフトポイント弾を使っているという。

 SSOは民間会社なので日本の法律では銃を持つことはできない。しかし、24区の治安悪化を重視した警視庁は『東京都特別安全管理委員会』通称『特安委』という外郭団体を作り、出向という形でSSOを傘下に治め、一部の社員を準特別公務員扱いとすることで、武器の使用を認めている。もちろん『特安委』発足を働きかけたのは『24区』の実質的オーナーである多国籍ファンドで、『特安委』自体は単なる警察官僚の天下りポストであり、実質的に『特安委』をコントロールしているのはSSOそのものであるということは24区の住民なら公然の事実である。

 

 郷田が死体袋に詰め込まれる直前、SSOの警備員が郷田の腕から手錠を外すのに気がついた。

 手錠をしたまま逃げた?

 郷田にはめられた手錠は逃走防止装置付きだった。小型のスタンガンが内蔵され、メインコントローラーを持った者から一定距離離れると電流が流れ、激痛が走るという代物だ。

 郷田にとって、逃走防止装置の激痛より恐ろしい結末が、あのバンの行く先で待っていたのだろうか。

「私の…… せい?」

 傍らに立ち尽くしていたマコが青ざめた顔で言った。

「まさか……」

 しかし、今回の郷田の行動とSSOの動きは、この街で何らかの陰謀が動いていることを物語っていた。

 やはり鍵はマコか……


「一度ちゃんと話し合おう、人が死んでるんだ。俺も殺されかけた」

 事務所に戻った俺はマコに向き合うとそう切り出した。

 ここで一度、情報の整理をしておく必要があった。現在の状況だと僅かな判断ミスが命に関わる。

 俺は応接セットのソファに座り、マコにも正面に座るように促した。

「あの、私、席を外した方がよろしいでしょうか」

 岡本夫人は立ち上がり件の隠し部屋に向かおうとした。

「あ、私はかまいませんが……」

 マコが言った。

 俺も婦人に頷いて見せた。

 婦人はデスク横の予備の椅子に腰掛けた。

「なぜ、郷田が俺を殺そうとしたり、君を誘拐しようとしたりしたのか、君に心当たりはあるか?」

 俺は努めて尋問口調にならないように気をつけながら問いかけた。

「……私、郷田さんと相沢さん…… 、父と同じく江川さんの私設秘書なんですが…… 、話してるのを聞いたんです」

 しばらく俯いていたマコが顔を上げ、俺の目を正面から見た。

「何、だって?」

「私が直人さんに会う前、一週間ほど郷田さんに用意してもらった部屋に隠れてたんですが……」

「部屋? タワービレッジか?」

「いえ、ブルーヒルズの、会員制ホテルです」

「……そうか……」

「そのホテルには、郷田さんがほぼ毎日様子を見に来てくれてたんですけど、5日目くらいでしたか、郷田さんの携帯に電話がかかってきたんです。郷田さんは廊下に出て電話を受けたんですが、私、ドアに耳を当てて会話を聞いたんです」

「……」

「相手の声はよく聞こえなかったんですが、郷田さんが『娘はここにいる』とか『兄の居場所』『証拠の品』とか言ってたので、私のことを話しているんだと判りました。そして『大丈夫です、なるべく早く捜し出して、連絡します』って言って切ったんで、『証拠品』を狙っているんだと思って怖くなったんです」

 マコはすがるような瞳で俺を見ていた。

「依頼主を裏切るとはな…… 、探偵として絶対にやってはいけないことなんだが、よほど君たちの持っている『証拠品』は金になる物ってことか。……ところで、相手が江川の秘書だって、どうして判ったんだ?」

「それは……」

 マコは目を伏せ、顔を赤らめた。

「どうしたんだ?」

「あ、いえ、郷田さんは携帯をいつも背広の内ポケットに入れていたのを知ってたので、隙を見て着信履歴をチェックしたんです。 ……あ、パスワードはその前に操作してるのを見て覚えてたんです」

 まいったな……

 油断したら俺も足下を掬われるかもしれない。

 アキラからの電話を思い出した。

「それで、郷田の携帯から、郷田が江川の別の秘書と連絡を取っていたのが判ったのか」

「はい、履歴に残っていた電話番号を覚えていて、後で自分の携帯の電話帳に入っている相沢さんの電話番号と同じだって気づいたんです。……私、何かの役に立つかと思って、父の携帯の電話帳をこっそりコピーしていたんです」

 なんて用意周到で大胆なのだ。

 俺はマコの洞察力と行動力に舌を巻いた。

「俺なんかより君の方がよっぽど探偵に向いているな」

 俺は感心しながら言った。

「じゃあ、助手にしてくれますか?」

 マコは身を乗り出して訊いた。

 胸には自信がないと言っていながら胸元が大きく開いた服に一瞬、ドキリとする。

「いや、それとこれとは……」

 俺が言葉を濁すと、マコは一転、子供っぽい、拗ねた表情になった。

「なーんだ……」

 目の端で捉えた岡本夫人は笑っていた。


「それじゃあ、郷田から離れようとしたのは……」

 マコの大胆な探偵ぶりに、内心、舌を巻きながら俺は続けた。

「はい、私から言い出したことです。初めは契約解除を申し出たんですが、郷田さんがなかなか首を縦に振らなくて……」

 確かに、マコの件は巧く立ち回れば大金を手にする可能性がある。

「郷田は君に金の匂いをかぎつけた。それで手放したくなかったんだろう」

「……」マコは表情を曇らせた。「……それで、妥協案として私が一時的に別の場所へ身を隠す、ってことにしたんです」

「おそらく、奴は、君が自分を信用してないってことに気づいたんだろうな。それで君を安心させるために、わざわざ派手なパフォーマンスで死んだふりをした、と」

「たぶんそうだと思います。正直、郷田さんの車が燃えるのを見て、ほっとしましたから……」

 確かに、あの時、事故現場で見せたマコの表情は単純な驚きだけではない、複雑な感情が見えた。


「……お金が…… お金が必要なんです」しばらくの沈黙の後、マコは重い口を開いた。「公開すれば父は秘書をクビになってしまうでしょう…… 生活費とか住宅ローンとか、私の学費とか、お金がいると思ったんです……」

「そうか……」

 世間知らずのお嬢様は、まさか喧嘩の相手が人の命を何とも思わないヤクザ以下の連中だとは思わなかったのだろう。

 

「公表、した方がいいですね。こうなったら……」

 マコは顔を上げ、決意した表情で言った。

「物事にはタイミングというものがある。公表する方法とかタイミングはちゃんと計画を練ってやろう。TKにも協力してもらって」

「判りました。それで、私の持ってる証拠の品っていうのは……」

「ちょっと待て」俺は手でマコを制して言った。「秘密はまだ君の胸にしまっておけ」

「どうしてですか?」

「その秘密だけが君の命を守る唯一の物なんだ。時が来るまで誰にも話してはいけない。もちろん俺にもだ。…… 、でも、俺が郷田と同じように金に目が眩み、『証拠品』を狙うかもしれない、って考えなかったのか?」

「それは……」マコは笑顔で答えた。「一目見ただけで、直人さんは信用できる人だって判りましたから」

「そりゃいくらなんでも買いかぶりすぎだろ」

「大丈夫ですよ」

「何で言い切れるんだ?」

「女の勘、です。ね?」

 マコは岡本夫人に向かって笑顔を向けた。

 婦人も笑顔で頷いた。

「アリスちゃんもそう思うでしょ」

 マコは傍らに立っているアリスにも笑顔を向けた。

 アリスは黙ったまま透き通った眼差しで俺を見つめた。

「! ……」

 俺は一瞬、アリスの目に射竦められたような気がした。


 Aドールに俺は何を……


「アリスちゃんは子供だからまだわかんないか」

 マコはアリスを自分の膝の上に座らせ、三つ編みを解き始めた。



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