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9,河原で一休み③

「婚約破棄されているじゃないですか。あれで、下級生は色めき立っているんですよ。気づいてないんですか」

 聞くまでもなく、気づいていないでしょうね。


 案の定、エリックは、片眉を歪めて、変な顔になった。

「色めきたつ? なんで?」

 

 私は息を吐いた。パンを食みつつ、思考を巡らす。


 これがエリックだ。あれだけ、頻繁に女の子から声をかけられて、あしらいもせず、親切に対応している。俺に気があるんじゃないか、とか、そういうところに頭が回らないのは不思議な人だ。

 そういう人だから、もててるんだろうな。

 気持ちが良い人なんだ。

 一緒にいて、清々しい。


 この降りそそぐ陽光のように、若葉のように、天高い青空のように、心根が澄み渡っている人なんだろう。女の子たちはそういう感覚を肌で感じ取って、彼の傍に寄っていくんだ。

 

 私は、エリックの額を拳でずんっとこずいた。

「それぐらい、自分で考えてください。先輩」

「ってええ」

 ふいを打たれた彼が、額を抑える。


 私はもう一度竜に目をやった。親子はまだ寄り添って寝ていた。


「エリックが婚約破棄をされるなんて思いもよりませんでしたよ」

 言いながら、再び彼に目をむける。

「みんなそう。だから、エリックが誰とも婚約してない状態になって、女の子たちは、こんな素敵な王子様はいないと群がっているんですよ」


「……王子様ねえ……」

 エリックは腕を組んで、困った顔をする。


「こっちの方が、素ですよね」

 私は足元の小石を一つつかんで、遠くにほおり投げた。川には届かなかった。

「こうやって、魚捕ったり、焚火したり、パンにチーズくっつけて野外で食べたりすることに抵抗ない人、ですよね」


 エリックも足元の小石を掴む。

「そうだよ。こっちの方が、俺だ」

 思いっきり腕を振って投げたら、川まで届いて、ぽちゃんと落ちた。


「テラスでお茶して、気の利いた会話を交わして、記念日は忘れないで、ちゃんとプレゼントを用意して……」

「待て待て待て……、俺にそれを期待するか!」


「見た目ですよ。先輩」

「……先輩って言うなよ……」

 エリックは、口をすぼめて、また小石を投げた。余裕で川にぽちゃんと落ちた。


「……すいません……」

「ミリアだって、見た目のわりに、真面目だよな。ただで槍を調整してくれるし」

「それは、私の勉強になるからです」

「強化もしてくれた。あれ、魔術師に頼んだら、それなりにかかるだろ。俺だって、それぐらいは分かるんだよ」

「貸しを作ったつもりはないですよ」

「知ってる。ミリアは親切なだけだ」


 そう言うと、また小石をエリックは投げた。

 私は褒められるのもいたたまれなくて、膝を抱えて、下を向いてしまう。


「わがままそうな、ただの可愛らしいお嬢さんじゃない。それがミリアだろ」

 頭上から降ってくる言葉が気恥ずかしい。


「見た目って面倒だな」

「そうですね」

 へんなところで、共感してしまった。


 エリックは嫌な人じゃない。パパが気に入るだけはある。私だって、心底エリックが嫌いなんてことはないんだ。


 たぶん、同年代の誰よりも尊敬できる。子竜の境遇を一緒に嘆いて、行動してくれる人に、悪感情なんてもてない。

 意地悪で、嫌な性格だったら、良かったろうか。


 そんなことも思えない。


 エリックがエリックでいてくれて良かった。婚約破棄された今、彼はフリーだ。きっとすぐに彼と婚約したいといくつかの家が申し出てくるはずだ。水面下ではすでに話が始まっているかもしれない。


 何事も、子どもの私たちに情報が降りてくるのは最後なのだ。


 ああこういう結果になったのねと知るだけだ。


 私はそれでいいのだろうか。エリックが誰かと婚約する。それを私は黙ってただ聞いているだけ? 同級生の誰かのお家が伯爵家に申し込みを本気で行うかもしれない。

 侯爵家の子も、伯爵家の子もいる。そろそろ婚約話もちらほらと話題にのってくるはずだわ。 


 私はそれを黙って聞いて、にこにこして、おめでとうございますと言えるだろうか。


 嫌になるわ。本当に嫌になる。嫌になるのは、エリックにじゃない。嫌になるのは、私についてだ。


 パパには婚約を希望しないと言っておいて、誰かがエリックと婚約するのも、素直に喜べない。そんな私が嫌だ。


 わがままにつき合ってくれているのに、私は、いまだろくにお礼も言っていない。


「……あっ、ありがとうね……」

「なにが?」

「一緒に来てくれて……」


 エリックの手がポンと私の頭にのった。

「いいよ。俺もミリアと同じ気持ちだったんだ」


 顔が熱い。エリックの手が、私の頭をくしゃっと撫でた。

 優しくされるのは少しつらい。優しくされないのも、嫌だ。


「ただ、村人が森を散策してて、見つかった子竜だ。もし村人が捕獲しなかったら、森で母竜と合流して、普通に森へ戻っていたかもしれないじゃないか。

 母竜だって、団長に驚かされて、縄をかけられて弱ってなかったら、子竜と空を飛んで帰ったかもしれない。

 人に見つからなければ、母竜も子竜も、こうやって森に帰れただろう」


 私は顔を横に向けて、エリックを見上げた。


「子竜は、村人に見つかった時に、一人だったの?」

「そうだよ。母竜が一緒なら捕まえられるわけないじゃないか。村人は騎士じゃないんだ。子どもの竜だから、村人が捕まえて、領主の兵に引き渡して、騎士団に連絡が行った。そういう流れだよ」


「エリック、詳しいね」

「そりゃあね。一応、騎士団の末席にいるし、領主の息子だから、そこら辺は立場上聞いてないとおかしいだろ」


「あの子、一人でいたんだ……一人?」

「どうした」

「飛竜は、一回の産卵で十前後卵を産むのよ。あのぐらいなら、樹上の巣にいるの」

「ミリア、詳しいね」


「そりゃあ。竜殺しの異名を誇る子爵家の娘だもん。代々、竜殺しの名を継いでこられたのも、強いだけじゃなくて、竜についても調べていたからよ。

 おかしいわ。どうして、あの子は一人でふらふらしていたの。お母さんは、あの子を一人だけ迎えにきたの?」


 エリックが唸った。

「ミリア。団長から聞いたんだけど……」

 エリックからパパのことが出て、私はエリックを凝視した。

「……あの竜は、バジリスクと戦ったらしいよ」


「バジリスク!」

 私はがばっと身を起こした。


 エリックの手が弾かれて、空を躍る。


「バジリスクですって。ここは、バジリスクが生息しているの!」


 私の悲鳴のような叫び声に、エリックは硬直した。


 視界の端で、ワイバーンが高らかと首をもたげた。


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