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8,河原で一休み②

「ミリア」

 呼ばれて顔を向けると、エリックが数匹の魚の尻尾を掴んでいた。

「ワイバーンって魚は食べるのか」


 エリックは近づいてくる。その背後で、流れる川がキラキラと光る。川辺で、子竜が捕まえた魚を頬張っていた。お腹が空いていたと見えて、がつがつと魚を口に含んでは顔をあげ、あごを頻繁に動かしている。


「食べますよ。雑食です。魚とか、小動物、虫、果実はよく食べます」

「へえー。じゃあ、これ食べれるかな」


 エリックが魚を掲げた。


 母竜が低く鳴いた。

 エリックが、その声を合図に、母竜の目の前に魚を数匹ほおり投げる。魚の体が地に落ちて、二度三度と跳ねた。母竜が首を伸ばし、跳ねたところを上手に救いあげるように口に含み、順番に咀嚼していく。あっという間に数匹の魚を平らげてしまった。


 食べ終わって、深く息を吐いた母竜はゆったりと地面に体をあずけ、目を閉じる。やっと人心地ついたとその表情が物語っていた。


 食べ終わった子竜が私たちの足元を駆け抜けていき、母竜の肌に触れあって横になった。


 私とエリックは目を合わせる。

「なんか、これで良かったって気がするよ」

「本当に……」

 これで良かったんだと体の芯が熱くなる。もし今頃村にいたら、母竜は殺され、子竜は泣きながら、どこかに連れていかれるのだ。


「俺達も、食べよう」

 踵を返すエリックの後を追う。後方に視線を投げると、仲の良い竜の親子が寄り添っていた。


 良かった。本当に良かった。パパには悪いことをしてしまっているけど……、本当に、良かった。


 エリックが炎の傍に座る。

 私は迎えに座るか、直角に座るか迷った。


「横にきてよ。良いもの作るから」


 私は眼球だけ左右に動かした。周囲には誰もいない。

 誰も見ていない、特に気になるパパがいない。この一時、そばにいても、誰に見られていないなら、何も気にすることはないよね……。


 私はエリックの隣に座った。エリックが両手で包めるほどの丸いパンを二つに割く。

「これ持ってて」

 差し出されたそのパンを受け取る。


「何をするんですか」

「見てて。パンの平べったいとこ、上にしててくれよ~」


 そう言うと、エリックは脇に置いていた先を削っている細い木の棒を掴んだ。足元にある袋に手を突っ込み何かを引き出す。引き出したものを、削った先に刺した。


「チーズね」

「そっ」


 すると、エリックは棒を火に寄せる。燻されたチーズの側面がブクブクと泡だち、どろっとその表面を溶かした。


「パン、パン出して!」

「えっ、あっ」

 急かされて、あわあわしてしまう。


「溶ける、溶ける」

 木の先にくっついているチーズを斜めにして、どろったした雫が落ちないようにバランスをとる。私は、そのたれそうになっているチーズを受け止めるように、パンの割った表面を上にして、両腕を伸ばした。

 表面が溶けたチーズを、エリックはパンの上にのせる。ドロッとしたチーズがパンの表面にべっとりとくっついた。


「良かったあ~」

「はあ~」


 同時に息をついて、目を合わせて笑ってしまう。ひとしきり笑って、パンとチーズをはなそうとしたら、くっついていた。

「ちょっとねじればとれるでしょ」

 

 手を伸ばして、パンを掴む。くいっくいっとねじると糸を引きつつ、チーズとパンは分かれた。パンの表面にはチーズがきれいに残っている。


 私は生唾を飲み込んだ。お腹もぐうっとなった。

「美味しそう」

「だろっ」

 エリックがにかっと笑った。

「まだチーズあるし、パンももう一個持って来てるからな」


 エリックに片方のパンを差し出すと、チーズを差した木の棒を片手で持ち、もう片方の手で、パンを受け取った。空腹には勝てなかった。二人並んで、ひとまず、無言でチーズをのせたパンを食べきった。


「……お腹空いてたんですねえ……」

 昨日から画策していたから、緊張してて、空腹にも気づかなかった。


 太陽はのぼり、空は青く澄み渡っている。鳥のさえずりと虫の声がそこここから鳴り、まるで共鳴するかのように、かさなりあう。


 風が吹けば、木々の葉音が波のように奏でられた。周囲は樹齢数十年は下らない木々が重なり合っている。太陽の光を奪い合うように、高く高く伸ばした枝には無数の葉っぱがなびく。


 私たちは小石が敷き詰められた河原で、焚火の前に、二人並んで座っている。大雨が降れば、水没する場所だ。数日雨がふっていないため、川は穏やかに流れる。流水の穏やかな水面みなもに太陽の光がキラキラと反射し、時折魚が跳ねる。鳥が下降してきて魚を咥えて飛び去って行った。


「魚を採ったら、後で焼いて食べようと思ったんだ」

 エリックが申し訳なさそうにつぶやく。

「でも、竜にぜんぶやっちゃった。俺達にはパンとチーズがあるからな」


「いいですよ。私もこれだけで、十分ほっとします」

 むしろ全部竜にあげてくれて、うれしいぐらいだ。彼女が元気にならないと、子竜も安心できない。


「もう一個、食べれるか」

「食べます」

 同じようにもう一度パンにチーズをのせて、二人で分け合った。


 二つ目になると、満たされて冷静になってくる。ちらりと竜の親子を見ると、変わらず、安心したように寄り添って寝そべっていた。


「少し休みますか。ここで休まないと、竜の体力も回復しそうにないです」

「そうだな」

 二人顔を見合わせて、くすりと笑う。


「巻き込んじゃって、ごめんなさい」

「いいさ。あんな姿見たら、怒られる方がましだって確信する」

「そう言ってもらえると助かります」


 エリックがパンを頬張り、私もパンを食む。


 何を話せばいいんだろう。一緒に来てくれてありがとう……とか? 私はちらりと彼を盗み見る。


 空をぼんやりと眺めながら、無造作にパンを食べている。伯爵家だから、それなりの礼儀作法は身につけているはずなのに、横にいる彼はただの少年のようだ。

 私の三倍はありそうな一口であっという間にたいらげてしまった。


 私の手元にはまだ半分以上残っているのにだ。


 エリックは木に刺したチーズを棒から抜き取る。ちらりと私を見て、チーズをかざす。

「ミリアは、残ったチーズ食べるか」

 私は首を横に振った。


「俺、食べるわ」

 そう言うなり、口にほおりこみ、丸呑みするように食べきってしまった。


 指についたチーズの油分を舐めるエリックに私は思わず言ってしまう。

「エリックは、まったく王子様じゃないよね」


 エリックの手がとまり、何言ってんの、という顔でこちらをみる。

 その表情に、私は苦笑する。この人は、きっと自覚ってものがないんだろうな。


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