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7,河原で一休み①

 村を出て、舗装されていない砂塵が舞う道を歩く。程なく森の入り口につく。木々に囲まれた人が日常的に利用する細道を進む。

 太陽が昇る直前の薄暗さのなか、最も歩みが遅いのが母竜だった。


 ワイバーンは足腰は弱くない。樹上にとまる時は指先が曲がり、指先を広げれば、ペタッと地面に張りつき、そのままバランスをとって歩くこともできる。

 

 空に地面に機動性の高い中型の竜種が、片足を地面につけるごとに、がたんと体を傾けている。左右の一歩の広さも違う。


 エリックが先を行く。後を追う子竜は彼の速さについていく。時折足をとめ、子竜と共に待つ。進むごとに、彼らが足を止める頻度が増した。


 深い傷が母竜の体力を奪い、不安定な足取りで、歩調も歩幅もたどたどしい。このまま歩き続けるのは辛い。

「ねえ、エリックさん。どこか水辺はないかしら」

 私は母竜の体に手を添えて、問うた。先頭を歩きながらエリックは、視線をちらっとむける。


 子竜は私とエリックの間を、ちょんちょんと駆け足で進んでいる。


「大きな川へつながる支流がある。まずはそこを目指そうか」

「お願い。母竜の傷を見たいの」

「ちょうど朝食にいい時間につくよ」


 牛より一回り大きな竜の体を私はさする。

「ねえ、あなた。人の言葉はわかる? 一旦水辺に行くわ。わるいけど傷を見せてね」


 母竜の傷周辺が赤黒く染まっている。こびりついた血が残ったまま、乾いてそのままになってしまっているのだろうか。昨日はまだ傷が開いていたのかもしれない。

 治り始めているとはいえ、これだけ全身に傷を抱えていれば、全身どれほど痛かろう。


「どういった経緯で、こんな傷だらけになったのかしら……」


 ワイバーンより大きな肉食の竜は何種か思いつく。ヒュドラやバジリスクだろう。二種ともこの地域を生育地にしていただろうか。


 疑問点も浮かぶけど、余計な考えに飲まれて、彼女が転んで傷が開くような真似はしたくない。私は、寄り添うことに集中し、エリックの背を追いかけ続いた。


 朝早い鳥が鳴き始めた。四方から、多種類のさえずりが耳朶をうつ。じきになれて、無音となった。日が昇り始め、木々の緑に陽光が差し始める。世界が色づいて、夜のものものしさが消し去られた。


 水場につく。小石が敷き詰められた平地のような場に、母竜がどさりと地面に崩れ落ちた。


「やっぱりここまでもつらかったのね」

 歩かせて申し訳ない気持ちがわくものの、村で朝を迎えたら、戻ってきたパパに殺されてしまう。あのまま残っていたら、この母竜にとって望まない結果になっただろう。

「ごめんね。痛いのに、無理させて」


 私にパパを説得するだけの力があれば違ったのかしら。竜の問題は、子どもの意見で覆るとは思えない。やっぱり、こうやって、考えなしの子どもの行動としてしか表現できない。


 子どもであることに隠れて悪いことをしようとしているんだから、打算的な私はどこか大人じゃないのかしら。それとも、それぞれの意見の中で妥当な結論に落ち着こうとしている方が、大人だろうか。やっぱり、目上の人の言うことに従うことを仕方ないと割り切れるようになったら、大人なのだろうか。

 私には分からない。


「ミリア……、っと、ミリアちゃん。火を焚くよ」


 どこかから集めてきた枝を抱えて立っていたエリックが苦笑する。呼び捨てにしてしまい、言いなおしたからだろう。


 母竜に手を触れたまま答えた。

「いいですよ、エリックさん。私のことはミリアで」

「ここまで来たらそう呼ばせてもらえた方がありがたい。俺もエリックでたのむよ。さん付けで呼ばれるのも、他人行儀で嫌だ」

 また少年のように笑った。仕方ない人だなあと私も苦笑する。


 エリックの傍に行き、背負っていた荷物をどさりと落とす。開き、布を取り出した。こっそり隠しいれていた握りこぶし大の固い果実を二個取り出す。


「それは?」

「竜のごはんですよ。ワイバーンは樹上の果実も食べるんです」


 エリックの足元にいる子竜が寄ってきた。一つ地面においてやると、かぷっと食いつき、しゃりしゃりと食べ始めた。


「竜はたいてい肉食だと思ってたよ」

「肉食が多いですよね。雑食なのはワイバーンの特徴です。樹上生活をするので、目の前にある果実もどこかで食べれると気づいたんでしょうね」

「詳しんだね」

「竜殺しの家なんで、竜に関する文献が多いんですよ」

「やっぱり、団長も勉強しているんだなあ」

「相手を理解するのも基本でしょう」

「そうだよなあ」


 会話をしながら、エリックは薪を並べる。野外での演習にも参加しているだけあって、手際もいい。ささっと火までおこしてしまった。


 私は手にした布と果実を持って母竜に近づく。


 彼女の目の前に果実を転がすと、器用に舌を伸ばし口に含んだ。子竜と違い、あまりお腹の足しにはならないだろう。


 私は魔法陣を描いた布をぱっと広げる。魔力を込めるとじわっと布が湿り気を帯び、ギュッと絞ると、水が落ちた。

 絞った布で、私は母竜の体をぬぐっていく。

 

 血液で汚れたら魔力を加え水を含ませ、しぼる。繰り返しながら、ワイバーンの体をこすり続けた。


 エリックと子竜はいつの間にか、川に入っていた。どうやら魚を捕まえているらしい。


 水遊びをする子どものようだ。学園では、下級生にも親切丁寧に接するものだから、みんな王子様のようなイメージを持っているエリックだけど、少年のようなエリックの方が彼の本性だ。

 

 子竜とじゃれ合っている姿がよく似合う。


 母竜もそんな様子を見ているのだろう。


 竜は存外知能が高い。どういう訳か、人間の思うところも理解している。どういう風に理解しているのか、その辺はいまだ分からない。

 竜は人が恐れるばかりで、わかっていないことの方が多い生き物だ。


 母竜の汚れをぬぐっていくと、青銅色の肌色があらわになっていく。赤黒かったのはやはり血が固まったままこびりついていただけだった。治りかけの傷上にかさぶたも出来ている。直接は振れないように、傷の周囲を丁寧に拭いた。傷がじくじくと膿んでいないことが救いだ。


 浅い傷を無数に受けているように見えた。やはりワイバーン、それ相応には応戦している。これならきっと相手も傷を負っているかもしれない。


 ひとしきり、母竜の体を拭いてあげて、布に付着した血の汚れを取るために魔力でじっとりと濡らした。水滴がぼたぼたと落ちるようになってから、その場で布を揉む。水滴に色がつき、その色が透明に近づくまで、魔力を水に変え、揉み続けた。


 透明になり、魔力供給を止めて、布をしぼる。広げて、ぱっぱと払った。


お読みいただき、心よりありがとうございます。

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