6,ワイバーンの親子を逃すことにした
竜を監視する兵を残し、役場に戻った私たちは、応接室に通された。エリックは窓辺に近づき、外を眺める。つながれている竜の様子をうかがっているのかもしれない。
私は、ソファーにパパと向かい合って座った。
パパは腕を組んだ。どっしりと座った姿は、騎士団長らしい。外ではしっかりするのね、とちょっとおかしくなる。仕事と、家の顔が違うのは当たり前よね。
パパは難しそうな顔をしている。竜の取り扱いについて検討することでもあるのだろうか。
「ねえ、パパ。ワイバーンはどうするの」
んっ、とパパが顔をあげる。
「明日駆除する。俺が屠る」
動揺もない、当たり前の回答に私はどきりとする。
「明日、本当に、殺しちゃうの?」
「ああ、それが俺の仕事だ」
「……森へ帰さないの?」
「なぜだ」
私はうつむいて、唇をかんだ。
「……パパも分かっているでしょ。あの竜は、なにかに傷をつけられている……」
「そうだな」
「目星、ついているんじゃないの」
「さあな」
きっとパパはなにも教えてくれない。ワイバーンを屠る以外はパパ一人の判断で決まらないだろう。領主とか、もっと偉い人とかが、関わってくるのかもしれない。竜を買取る商会との話し合いが行われることも考えられそう。
「わかったよ、パパ。でも、今日一晩、竜の傍にいてもいい。この村に泊ってもかまわないかな?」
パパは困ったなと渋面を作り、頭をかいた。
「いいよ」嘆息交じりの回答だった。「宿があればな」
「宿なんて……」
どこにあるか分からない。
「女の子を一人、宿無しで置いていけるわけないだろう。俺はこれから、領主代行に会いに行き、現状と今後について話をする。宿がないなら、ミリアもエリックも連れて行く」
「宿泊施設ならありますよ」
エリックが静かに口をはさんできた。その言葉に「あるの」と叫び、私は立ち上がった。
「役場に併設して、宿舎があります。そこで泊まれます」
「……あるのか……」
パパがごちる。ミリアに宿なんて探せないと舐めていたんだ。
「泊る! ミリアは泊る!」
高らかと宣言し、ずいっとパパに迫った。
「ねえ、子竜を手なずけられたらミリアにちょうだい」
パパの表情がぴきっと歪む。
「そっちが目的かあ」
呆れ声で唸り、パパは額を片手で覆った。
「……まったく、目当ては竜の子か……」
「そうよ。私は、子竜が欲しいの」
やけっぱちで肯定した。なんでもいい、今はパパがここに私がいる納得する理由が欲しかった。
子竜が欲しいなんて、半分本当で、半分嘘だ。
ケガをした母竜と子竜を私は見捨てられない。
あのまま、母竜を殺してしまったら、あの子竜は自分のせいで母竜を失うことになる。
それはいやだ。
子竜が自分のせいで、親を失って、一人ぼっちでどこかの誰かに連れていかれるなんて悲しすぎる。
森へちょっと行って、放てばいい。そうすれば、ワイバーンならどこかへ飛んで行ってくれる。あの竜は、大人しい。バジリスクのように、人を食べるような報告はない。
私はバカなことを考えている。パパの顔に泥を塗るかもしれない。
せっかく捕えて、食べられたり、お金になる竜を逃そうと言うのだ。滅多に狩れない竜を逃そうなんて愚か極まりない。
でも、このままにしていたら、あの母竜にすがる子竜は、自分のせいで親が死ぬような場面を目撃しなくてはいけないのだ。自分が捕まってしまったばかりに、そんな目にあうの。自業自得だと言える?
私には耐えられない。
自分を助けに来た母親が、目の前で殺されるのよ。そして、子竜は売られる。誰にもらわれていくかもしれない。命亡き後の母竜にとって、そんな子竜の未来は嘆きでしかないじゃない。
あれだけのケガだから、ただ縄をほどいてあげるだけじゃダメだ。森の少し奥ぐらいまで送っていけば、木の上で休んで回復できると思う。その辺は、生態系の頂点にいる竜だ。きっと大丈夫だ、と……思う。
とにかく私は、あの子竜と母竜を逃す。
パパには悪いことをする。本当に、悪いことだ。心から、ごめんねっと思う。ミリアは、パパから見たら、いつもどこか悪い子なんだ。
応接室に領主の屋敷から迎えが来たと村人が知らせに来てくれて、私たちは部屋を出た。
その後、パパは馬車にのり、領主代行の元へと急いだ。エリックの父の代わりに、自領を治める彼の兄に会いに行く。
当然、エリックも一緒に行くと思っていた。
が、彼は残った。
パパが乗った馬車が見えなくなる。隣にある気配がむずがゆい。私はいたたまれず、エリックを見上げた。
「どうして、残ったんですか?」
「俺も、竜が気になるだけだよ」
「エリックさん。竜が気になるんですか?」
「ミリアちゃんさ。『森へ帰してあげたい』って言ってたよね」
どきっとした。子竜にささやいただけだったのに。あんな小さなつぶやき。聞かれていたの。
「……エリックさん。止めるために、残ったんですか……」
エリックは目を丸くする。
「まさか」おどけて、肩をすくめた。「俺も協力しようと思ったんだよ」
その答えには私の方が面食らう。
「わかっているんですか。私のしようとしていることが何か」
「もちろん。ミリアちゃんには、槍の件もあるからさ。礼をしたいと思っていたんだ」
「べつにそんなの……」
気にすることないのに……と口内に言葉を消した。
「それに、俺も子竜が可哀そうだ。それだけだよ。あんなふうに切なく鳴かれてる様を見てたら、俺だってたまらないさ」
「……そう、ですよね……」
「騎士としては、ダメだろうな。団長なんて、分かっていて冷静だ。さすがだよ」
そう言って、エリックは鼻先をかく。
「それに、俺を巻き込んでおいたら、怒られるのも半分ですむだろ。ミリアちゃんが行くって分かっていて、止めなかったと怒られる結果になるなら、一緒に行って、何やってんだとどやされる方がましだって思うんだよ。俺もとりあえず、領主の息子、だからさ」
ほわっと胸が熱くなった。目頭も熱くなる。あふれそうになるものを抑えて、下を向いて、ぐっと歯を食いしばった。
「あとで後悔しても知りませんよ」
エリックはバカだ。そんなの、私一人で背負わせて、逃げていてもいいのに……。ましてや、わざわざ残って、共犯者になるなんて……。
朝日が昇る前に起き出した私は身支度し外へ出た。明朝の肌寒さに身震いする。エリックはすでに槍を持ち、竜の傍に立っていた。さすが騎士団に所属しているだけあって早い。
「行きますか。エリックさん」
「ああ」
私たちは、子竜の縄を解きはなって、母竜に敵意がないことを示してから、彼女に張り巡らされていた縄をほどいた。
飛ぶ力もなくしたかのように、よたよたと歩く母竜を支えながら、私たちは村を後にした。