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5,子竜を助けに母竜があらわれた

 王都から馬車を走らせ、領地へ入る。領主の屋敷など寄らず、真っ先に村へと向かった。パパは、現地で指示していた兵長と顔を合わせ、状況確認を始める。領主の子息であるエリックも、挨拶をしていた。


 私はぽつねんと残される。

 兵長とパパを取り囲む兵の一人に、竜の居場所を聞く。見張りの兵士をつけて裏手につないでいるというので、見にいってもかまわないですか、と問うと、近づかなければいいとのことだった。


 村役場の裏手にまわると、子竜がいた。


 杭に縛り付けられた縄で首をくくられ、丸まってじっとしていた。羽はきれいにたたまれ身を包むようにしている。ワイバーンの子だ。


 見張りは距離を置き、監視していた。私は、そろそろと足音を立てないようゆっくり子竜に近づく。

 子竜がふいに顔をもたげた。見張りの兵が身構える。私も片足を後方に下げ、腰を軽く落とした。


 艶のある紫の果実を思わせる両眼が二度、三度、瞬きする。

 子竜が首を高らかともたげ、天に向かって鼻先をつく。子竜につられて、私も空を仰ぎ見た。


 太陽がまぶしい。空は青く澄み渡っている。白い細長い雲が流れ、そこに影がかかった。


 私の背に悪寒が走る。白い雲を横切る素早い影が旋回する。その動きに合わせて、子竜が首を回した。


「母竜がきた!」

 思うより先に叫んでいた。


 影が背後にまわる。雲間から竜の巨体が垣間見え、太陽の光がワイバーンの体をなぞる。光の粒子を飛ばし、竜は飛びすさぶ。竜の羽音と共に、暴風が地に叩きつけられる。粉塵が高く舞った。

 

 どうする。兵士がいる。彼らは守れる。ミリアには無理だ。パパは気づいてるの。上空の竜に。


 奥歯を噛みしめる。私に竜を退ける力はない。ミリアがいて、兵士がいて、村人がいれば、それらすべてパパにとって見れば足かせだ。


 大きく広げた羽毛を持たない羽が大きくしなる。まだらに赤黒い体躯が露になる。


 私は体をひねり、上方をぐるっと見回した。刹那、頬にぴたっと何かがふってきた。大きな雨粒があたったかのようで、つつっとそれが頬を伝い落ちる。

 雫? 雨? まさか。こんな晴天で……。

 手でそっと頬をぬぐった。視界の端に、その手が映る。

 指先が汚れていた。赤黒い……血?


 足元に影が落ちた。日食を思わせるように、地面全体が黒々とよどむ。


 しまった、手に気を取られた隙に、ワイバーンがぐいんと降下したのだ。


 子竜の鳴き声が高らかと響く。


 子竜の上方に巨大なワイバーンが舞い降りる。羽が上下に一撫でするだけで、土煙を巻き上げる強風を起こす。

 私は腕で視界を覆う。かろうじて粉塵が目に入るのをふせぐ。バチバチと砂が体にあたり痛い。激しい土煙が身を覆った。四方何も見えなくなる。


 その時、背後から閃光が飛んだ。飛竜の大仰な唸り声が轟く。


 徐々に、飛竜が巻き上げた土埃が収まった。


 母竜と思しき飛竜が横たわっていた。

 子竜の子犬が甘えるような鳴き声をあげて、母竜に鼻先をよせた。

 子竜の鳴き声が耳に痛い。


「ミリア、無事か」

 パパの厳しい声が背後から聞こえ、振り向いた。パパとエリックが駆け寄ってくる。


「パパ、見て」

 隣に立ったパパに、私は指先を見せた。

「これは……」

 パパが苦渋の表情を見せる。

「ミリアちゃん、これは黒……いや、赤……、血のようだね」

 エリックの言葉に私は強くうなづいた。


「竜の血だわ。あの竜は、怪我をしていたの」

 空に舞う時、赤黒いまだら模様は、竜自身の血液が付着していたからだ。横たわる体には無数の傷痕が見て取れた。誰が竜を傷つけたの?

 

 三人で竜を見つめた。


 周囲で歓声が沸き上がる。竜を倒したと思ったのだろう。しかし、違う。

 あの光は、竜を傷つけるためではなく、驚かせるためにはなたれたものだ。


「……ワイバーンがすでに怪我をしていた、か……」

 パパが苦々しく喉を鳴らした。


 兵士が駆け寄り、ワイバーンに縄をかけ始めた。縦横に縄を張り巡らせ、杭で打ち込み、身動きをとれなくしてく。そんなことをしなくても、竜は動かない。ましてやワイバーンだ。本来の性質は大人しい。


 私たちも竜へと近づく。

「どうするのパパ」

「どうするかな」


 私とエリックが立ち止まっても、パパはさらに前に進み、竜本体に手を添えた。


「……どうしたものか……」

 つぶやきながらしゃがみ込んだパパが、竜の体を点検し始める。

 羽も部分的に裂かれている。足や胴体に噛み傷が見える。ここに飛んでくる前に、だれかと戦い、すでに負傷していたのだろう。その血が飛んで、私の頬に付着したのだ。 

 私でもわかること。パパなら、もっとよく分かっている。


 子竜が身を震わせながら、横たわる母に鼻をすり寄せていた。切ない声で鳴き続けていた。


 地に伏した母竜に不安を押し殺して甘えるような子竜の鳴き声に、心がギュッと締めあげられる。


「……お母さんが、子どもを迎えに来たのにね……」


 周囲でわく歓声が遠のいていく。ただひたすら、泣き崩れるように声を絞り出す子竜が痛々しく見えた。

 母竜はぐったりと腹と羽を地にべったりとつけてピクリともしない。泣き続けれる子竜の切実な声が痛い。両目をきつく閉じて、奥歯をギュッと噛んだ。


「ミリアちゃんどうした」

「……エリックさん」

「つらいなら、役場で休むか」

 心配そうに覗き込まれた。私は首を横に振った。


「あの竜、どうするのかな」

「……大人の竜は、まあ……団長が何とかするだろうね……」

 答えを濁らせるエリックに、この母竜は殺されるのだと分かった。子竜は生け捕りだろう。どこかに売られるのかもしれない。


 でも一番気になるのは、なにが、このワイバーンに傷を負わせたのか、だろう。

 パパが竜の体に触れてると、足元で子竜が怒る。

 甲高い声で威嚇しても、パパは意に介していない。

 子竜など、片足一つで弾き飛ばせるものね。

 それをしないのも、パパらしいけど……。


 この子竜は、母を亡くし、一人になって、人に売られる。その運命が、私には痛々しい。


 私はパパの後ろに近づき、ささやいていた。

「ねえ、パパ。このワイバーンのケガはどうなの」

「深いぞ」


「パパの魔法は閃光だった。ワイバーンが地に伏すようなものじゃない。母竜は、始めから、怪我をしていた。パパは、ワイバーンの傷痕を確認しているのでしょう」

「そうだな」


 パパの頭を占領しているは、ワイバーンに傷を与えた相手だ。

 それが竜なら、パパが真に討伐しなくてはいけない相手は、このワイバーンをやっつけたやつになる。


「どういうことですか」

 いつの間にか背後にきていたエリックが問う。


「このワイバーンは、始めから、大けがをしていたの。だから、きっと、このワイバーンに傷を負わせた相手がいるってことよ」

 パパの代わりに私が答えた。


 私は足元でちょろちょろする子竜を見下ろした。手を伸ばしてみる。子竜が鳴いた。一声上げて、喉を絞るように鳴らす。怯えているのか、総毛だった体を後ろに若干引いた。

 しゃがんで、返した手のひらを差し出す。母親の血が指先についていた。

 

 鼻をひくひくさせて、子竜が指先の匂いをかぐ。そこにあるのが、母の血であることはわかっているようだった。


「人の言葉わかる?」

 楕円の果実をくりんと子竜が回す。

「あなたを森へ帰してあげたいわ」

 首をかしぐ子竜は、幼子のように見えた。


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