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4,領地の村に竜が出た

 騎士団の詰め所は平屋で、訓練を行う広場の横にある。

 槍や魔法陣について求められる講釈を垂れながら、エリックと共にその入り口をくぐった。


 テーブルと椅子があり、騎士達が各々自由に談話している。カードゲームに興じている集団から、武具を整えているもの、片隅には書類を確認している者などさまざまだ。


 私は横を向き、壁沿いに進む。なにもない壁を背にして立ち止まる。


 談笑している一人が私に気づいた。

「ミリアちゃん、おはよう」


 その談笑仲間たちもつられて顔をあげる。

「今日も、武器庫に行ってきてからここかい」

「好きだねえ」

「親父さんはまだこっちにはきてねえよ」

「おっ、エリックもきたか」


「おはようございます」

 軽口をたたく騎士達に会釈し、振り向く。エリックから槍を受け取った。


「ミリアちゃんに修繕か」

「ええ、ちょっと調子悪くて」

 話しかけてきた騎士にエリックは肩をすくめて答える。


 騎士たちの対応をエリックに任せ、私は壁にもたれて、槍を見つめた。魔法陣のひびとかすれをなおし、線を継ぎ足せばいい。

 補強する線に目星をつけて、魔法陣の質を上げる線をどこに引くか見立てる。魔法陣を見ていると、新たな線が浮かぶように見える。ここに線が欲しいと陣にねだられるように……。


 床に座り、槍を寝かす。

「エリックさん、布とってくれます」

 エリックが奥の棚へ向かう。私は、腰にまきつけるポーチにつめて持ってきている小道具を床に広げた。


「ミリアちゃん、たのむね」

 そう言って、エリックは布を差し出した。

「まかせて」

 受け取った布を槍にあてがう。あぐらをかいて、太ももに柄を乗せた。


 刃と柄の付け根の金属部分に施された魔法陣の点検と強化だ。

 陣と向き合うと、騎士たちの喧騒がやむ。世界は水中のように静かだ。

 世界は陣と私だけになる。




「できた」

 ふうと息をつき、火照った額ににじむ汗を腕でぬぐった。


 ふと前を見ると、エリックが座って作業を眺めていた。

「すごい集中力だな」

 感嘆されて、かっと頬が熱くる。この人、ずっと見ていたの?


「ええ、っと。いつものことだから……」

 こんな風に見られながら作業していたなんて……。ほんと、集中すると周囲が見えなくて嫌になるわ。顔の横に垂れる髪を指先でくるんと回した。


「さすがだよ。補修も手早いし、強化までできるなんて……。いっぱしの魔術師みたいだな」

 褒められるのはちょっとむずがゆい。槍の柄を両手でつかみ、前に突き出した。


「できましたよ」

「助かった。ありがとう」

 おずおずとエリックを見ると、いつもの笑顔だ。


 その時、詰め所の扉が勢いよく開いた。

「いるか、みんな」

 パパの声がして、はっと顔をあげた。

 エリックも、パパの方を見つめる。

 場の全員がパパに注目しているのが肌で分かる。


「竜が出たぞ!」

 パパの一声に場がいっせいに凍り付いた。続いて、場全体がざわめき始める。

 

「ああー、緊張しなくていい」パパが片手をあげる。「子どもの竜らしい。人食い竜みたいな、でかいのはいないということだ」

 場の緊張感がすうっと引いていった。

「俺は視察に行く。お前たちは、時間になったら訓練を始めてくれ」


 パパがこちらに向かってくる。

「エリック、ちょっといいか」

「はい」

 エリックが槍を持ち立ち上がった。並ぶと、エリックの方がパパより少し大きい。


「今回、竜が出たのがエヴァンス領にある村だ」

「……うちですか……」

 エリックの表情が曇る。自領で竜が出たとなると、やはり色々心配にもなるのかな。


「そこでだ。一度、竜を見ておかないか」

「いいんですか」

 エリックの声が明るくなる。


「ああ、今回はワイバーンでも、割と大人しいやつだ。しかも子どもの竜だという。いい機会だから、学園を卒業する前に、竜を生で見ておけ」

 パパがエリックの腕を二度叩いた。そして、私に視線を落とす。

「ミリアもくるか?」


 そこで、ちょっと甘い表情になって、って誰も気づかないぐらいの微細な表情の変化だけど、私に問いかけてくるって、下心が透けて見えるようで、嫌だ。


「……いいよ、パパ……」

 むっとして口をつぐむ。

 

 パパが私の前に座り込んできた。

「いいのか? 竜だぞ」

「いいわよ」

「子竜だぞ」


 パパがずいっと身を寄せてくる。私は顔を背け、目をぎゅっとつむり、渋面を作った。


「しかも、翼がある竜だ。子どもでも、飛ぶぞ」

 パパがニヤニヤした声でささやいてくる。誰にも聞こえないようにして、憎らしいわ。

「パタパタ~って飛ぶの、パパ見てきて、ミリアに自慢しちゃおっかな~」

 意地悪だ。私が、子竜を飼いたがっているのを知っていて!


 息を止めるように口をつぐんでいた私がぱっと口を開けた。大きく息を吸い込んだ。

 にやけたパパの顔が近い。その顎をずいっと手のひらで押しのけた。

「でっ」

 パパが変な声を出してのけぞる。いい気味だ。


 パパは私が竜に好奇心を抱いていることを知っている。竜殺しの英雄の家系ゆえに、一般的な貴族や平民よりも詳しく、竜の情報が豊富ななかで育っているためだ。


「……行くわよ……」

 魔法陣を描くのが好きで、竜にめっぽう弱い。それが私。


「よし。それでこそ、俺の娘だ」

 頭をがっとつかまれぐりぐりと撫でられる。


 パパのことだから、また乙女なこと考えて、この機会にエリックとの仲なんとかならないかな~とか絶対に考えているんだ。まったく。私は頬を膨らませた。


 私はぱっと頭にのせられたパパの手を払った。

「でっ、どうやって、いつ行くの」


「馬車にのって、今行くよ」

 パパがニコニコと笑う。

「竜だもん。すぐ視察にはいかないとね。これが、もっと危ない竜なら、このまま団全体で向かうとこだけど、今回は子竜だから、パパ一人でも十分なんだよ」


 私はため息をついた。

 結局、パパに押し切られ、パパと私とエリックの三人で、馬車に揺られて移動することになった。


 パパとエリックの会話を耳に流し、私はぼんやりと馬車の外を見ていた。

 

 竜殺しの英雄の家系に生まれた私。ママは魔術師で、武具などに魔法陣を描いていた。竜と魔法、魔術を身近に感じて育ってきた。


 エリックをパパが気に入って、パパが気に入っているから、喜ぶから、いいねと言ったら本気にされた。エリックをかっこいいと呆けて見とれるほど、女の子らしくもない。


 これ以上伸びない身長。ママに似た童顔。長い髪を左右で結んで垂らして、子どもみたいなのは分かっている。飴玉をもらって喜ぶような、花をかかえて喜ぶような、そんな子どもみたいな女の子に見られる。


 私はぐちゃぐちゃだ。ぐちゃぐちゃで、ちぐはぐだ。


 パパのお願いにも弱くて、パパを悲しませることもしのびない。

 それで嘘を吐くのも悪いけど……。

 私は中途半端だ。


お読みいただきありがとうございます。

ブクマと評価ありがとうございます。励みになります。

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