3,武具と魔法陣
「ミリアちゃん」
武器庫の重厚な扉の横には、門番用の小さな小屋がある。小窓から顔をのぞかせた番人に声をかけられた。
「今日もお早いね。父さんと来たのかい」
「うん。おはようございます。早速、武器庫を見てもいいかな」
「ああ、いいさ。開けてはいってごらん。名簿には、俺が名前を書いておくよ」
「ありがとう」
私は武器庫の扉に手をかけた。魔法陣が描かれており、ミリアの魔力を感じ取ってすうっと陣を描く線が青白く光り、消えた。ぎぎっと重い音を立てて、武器庫の門が開かれる。
一歩踏み入れると、武器庫の明かりがさっと点灯した。足元に装飾のように施された陣がスイッチになっている。
盾、鎧、剣、弓、槍……大小や機能もさまざまな武器がきれいに並ぶ。奪われてはいけない武器類は管理され、厳重に保管されている。
ミリアみたいな小娘に、普通は開かれない扉だ。パパとママの恩恵だと噛みしめながら、いつもその清浄な空気が保たれている武器庫に、私は足を踏み入れる。
武器には魔法陣が描かれている。その陣の種類によって、強化されていたり、特定の性能が付与されていたりと、様々だ。
炎を操る剣や切り裂く風の槍、岩を粉砕する矢じりなど、施された魔法陣により用途は異なる。
いつも懐に忍ばせる小刀にも、お手製の魔法陣を描いている。
魔力はすべての人が持っている。魔法陣は、その発現を手助けする装置だ。
同じ魔法陣を描かれた武器を使っても、魔力量によって、効果も違う。ちろちろとたいまつが揺れる程度の炎にしかならない人と、業火を武器に纏わせて放出する人までさまざまだ。
武器そのものを使いこなす技量だって人によって違いがある。たいまつ程度の炎しかだせなくても、技術で業火を薙ぎ払う者もいる。
騎士には、魔力量や、武器を扱う技量、思考力や判断力の総合的な能力を求められる。ただ魔力が強い、力が強い、技術があるというだけでは成り立たない。己を知り、長所を磨く。騎士の清廉さは、自己の能力を引き出すために必然たる素養。傲慢であっては、道を誤る。
パパはよく私に言って聞かす。
だから、あんなにもロマンチックな一面を家では露にしているのかもしれない……。
私は深く嘆息した。あんな顔の乙女なんていてたまるか。自重してもらいたい。
私が現実的で冷淡な性格を内包するようになったのは、反面教師の父の影響かな。はたまた、ママに似ているのか……。
武器に施された陣を見て回る。真新しいものから、使用感があるものまでさまざまだ。使用頻度が高かったり、大きな魔力を吸収し体現した魔法陣は、かすれたり、崩れたりする。それを補修するのも、魔術師の仕事だ。
魔術師も定期点検はしている。ただこれだけ武器があると、時間経過とともに陣が崩れてくるものを見過ごすこともある。武器に描かれている魔法陣を見て学ぶだけでなく、いつからか小さなほころびも気になるようになっていた。
今日は弓を手にした。
陣を描く線の中心に、くいっと一線ひびが入っている。こういう些細な傷がある魔法陣の武具に、新たな魔力が流入されると暴発し、稀に使用者がケガを負うことがある。気づいていて、事故があったら私も胸苦しい。最初は、遠慮がちに門番に申し出、今では堂々と訴えるようになっていた。
ママは優秀な魔術師だったのだ。さすがママの血を引く娘だと現役の魔術師に褒められるのは誇らしい。ママに似ているとおじいちゃんも喜ぶ。ミリアに魔術師を目指してほしいという期待の目を感じることも増えてきた。
どうしたいかは決めかねている。
弓を持ち、もう少し見回ってから、門番の元へと向かった。
「今日は、危ない弓を見つけたよ。陣を描く線にひびがうっすら入っている」
弓を手渡すと、門番は喜んだ。
「ああ、ありがとう。さすがミリアちゃんだ」
「偶然見つけるだけだよ」
両手のひらを門番に向けて振る。あけすけに褒められるのは照れくさい。
「じゃあ、行くね。今日もありがとう」
「いや、こちらこそ。また、いつでもおいで」
帰り際、門の縁に触れると、ぎぎっと大きな両開きの扉が閉まり始めた。開くときは門そのものを、閉じる時には門の縁を触れると動くように、魔法陣が施されている。
扉がガタンと音を立てて閉まった。見届けてから、王宮の入口へと向かう。
結局、エリックはこなかったな。思いなおし、ふと前を向くと、人影がゆれた。
エリックが、槍をもってこちらへ向かってくる。私を見つけて、大きく手を振った。
「ミリアちゃん」
私の名を呼ぶと、もう片方の手に握っていた槍を高らかと掲げてみせる。
陽光が鞘に収まった刃と柄の間にある金属部分に反射しキラリと光った。
艶のある赤い柄が印象的だ。
近づくと彼が先に立ち止まった。槍を横にして両手で持ちなおす。
「これを見てほしいんだ」
差し出された槍を覗き込んだ。
遠目から赤く見えた槍の柄には、細い金糸のような線で文様が描かれている。魔法陣ではないが、それなりに似せて描こうとしており、装飾のモチーフにはしていると見受けられた。
これだけの柄すべてに陣を施すなら、国のトップクラスの使い手ぐらいしかいないだろう。例えば、パパのような……。
「いい槍ですね」
既製品ではない。伯爵家だからだろう。子息に持たせる物もそれなりの物を用意している。
「そうか?」
エリックは首をかしぐ。たぶん、これぐらいの水準を当たり前に使用しているのね。私は薄く笑う。
今一度、エリックの槍を点検するように眺める。触れて、確認する。
さすがにまだ学園生の身分では、品は特注品でも、魔法陣は一般的なものを刃に近い部分に施しているだけだった。使いきれない物を与えても、使う者が道具に負けてしまうことを考えると妥当。
描かれた魔法陣の、刃に近い線の先っちょが二股に裂かれていた。まるで線にひびが入っているようだ。
「……エリックさん、魔力量多いですね……」
エリックが不思議そうに首をかしぐ。
私はひびが入るように裂かれた線を指先でなぞった。
「こういう線の中心を裂くのは陣が魔力量に耐えられなかったからです。もう一段上の、魔方陣を……。いえ、エリックさんの魔力量なら、もう二段上の魔力量に耐え得る魔法陣を描いてもらう方が良いと思います」
エリックは、あからさまに参ったという表情を示す。
「新しいものを新調しないといけないのか……」
「そうですね、このまま使用してしまうと暴発して、怪我するかもしれません」
エリックががっくりと肩を落とす。
「この前、直したばっかりなんだよ」
「その時に魔法陣は上のものに変えなかったの」
「しないさ。ただなおしただけだ……。初級のまんま」
悲しそうに、首を落とし左右に振る。
私はなんとなく、可哀そうに思えてきた。
仕方ないとため息をついた。
「初心者用の魔法陣だと、合わないだけですよ。二段上程度なら、私でも描きかえできます」
エリックの表情がぱっと明るくなる。気持ちがすぐ顔に出る人だわ。そういうところはちょっとパパと似ているかもしれない。
「なおしてくれるのか」
「いいですよ」
「助かる」
にかっと笑う。やっぱりこの人は王子様じゃなくて、ただの少年だ。
「まずは、騎士団の詰め所に行きましょう」
私は彼の横をすり抜けて、詰め所へと向かい歩き出した。
魔法陣はもっと上のランクにできる。学園生の身分でそこまでできるのは、ちょっとおかしいので、私は黙っている。
見立てる武器のなかで、魔術師に見せてねと突っぱねる半分くらいはすでに私はなおせるレベルにいるのだ。
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