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20,本当の気持ちと素直な言葉

「ミリアのママは、ミリアを産んだ時に死んでるの」

 エリックの体が強張った。私は目をぐっと閉じて、彼の胸に顔を押し付ける。


「私は……、誰かを好きになるのが怖かった。

 今もママを想っている無言のパパの背中が重いの。誰もミリアが悪いなんて言わない。誰も責めないのに、私だけが私を許せなかった」


 エリックの手が私の頭部を上からゆっくりと撫でつける。髪を手櫛で慈しんでくれる。


「大切な人の大切な人を奪ってしまった事実は重いわ。誰かを好きになって、その人と一緒にいて、私が残されても、相手が残されても、重いことだけを先に知ってしまったの」


 瞼の隙間からあふれる涙が漏れそうになってくる。


「子竜を助けて、あの子に、『お母さんは、あなたに生きてほしいだけだ』って自分の口からこぼれそうになって、愕然としたわ。

 私は私のことばかりに囚われて、誰の言葉も素直に聞けてなかったって気づいたの。

 ママの気持ちだって曲解していたのよ。

『あなたが無事に生きて、幸せになってほしいから、ただ、それだけだから……』

 そう子竜に言い聞かせながら、ママの言葉を聞くように私の耳は自分の言葉を聞いていたわ」


 ごそごそと身を左右に動かす。エリックの力が少し弱まって、私は彼から身を離した。彼の腕も私から離れる。

 閉じていた目を開くと、一粒、二粒、涙がこぼれた。


 エリックが静かに私を見つめる。


 互いに向き合って、彼の股座に私は足を揃えて、座りなおした。


「エリックの槍の柄に魔法陣を描いている時、不謹慎だけど、幸せだった。ママがパパにどんな思いで、寄り添っていたか、初めて体感したの。エリックの役に立てて、心から嬉しかったの」

 私は大きく息を吸った。

「私はエリックが好きよ」

 深く息を吐きながら、ありったけの情感を込めて呟いた。


 夜風が流れて、涙がこぼれた頬をたどる筋を、冷やす。柔らかそうな金髪を揺らすエリックは、月明かりの下で、青い目を瞬かせ、真顔になる。


「……俺も、ミリアが好きだよ……」

 伸びた両手が頬を包んだ。 


「俺は王子様なんかじゃない。団長をすごいと思うだけの、ただの強さに憧れる子どもだ。騎士を目指したのだって、それが恰好良いと思ったからだ」

「知っているわ」

 エリックが苦笑する。

「ミリアは俺をよく見ているよね」

 かっと頬が熱くなる。

「ミリアといると楽しい。また一緒に森を歩きたいよ」


 頬が火照った私はエリックを見つめるのが辛くなる。視線を彼から外し、床に投げた。そして、少しだけ胸に残っていたしこりを口にした。


「ねえ、なんでシンシア様との婚約が破棄されたの?」

「破棄そのものは、家の都合だ。シンシアには振られた。彼女は、彼女自身の意志で公爵を選んだんだよ」

「……信じられない」

「公爵と会えば分かるさ。あの人は、大人だ。俺は子どもだった、それだけだよ」


 おずおずとエリックを見つめた。

 いつもと変わらない、少年のような笑みを浮かべる。 


「子竜と一緒に魚釣って、焼いて食べてる方が俺に合っているんだよ。なあ、また一緒に森に遊びに行こうな」

「うん、いいよ。また、一緒に行こう」


 嘆息する。好きって言っておいて、これじゃあ、遊び友達じゃない。エリックも子どもと言うなら、私も子どもだ。これだけで満足しているんだから……。


 座り込んでいたエリックが立ち上がる。

「戻るの」

「ああ。疲れただろ。しっかりと休もうな」

「そうだね」

 私も立ち上がった。


「また明日。おやすみ」

「うん、おやすみ」

 軽く手を振った。


 好きな人に好きという。ただそれだけのことだけど。

 気持ちを伝えられて、心の中心がほんのりとあたたかくなった。 


 エリックもミリアを嫌いじゃない。一緒に遊ぼうと言ってくれるぐらいには、今の私にはそれだけで十分だ。


 エリックがベランダの手すりに足をかけたところで止まる。空を見上げて、ぽつりとつぶやく。

「魔法陣を描いている時のミリアって、色っぽいよなあ」

 ふっと振り向き、目が合った。

「俺、団長が奥さんに、竜退治している時にキスしてプロポーズしてしまった意味がよく分かったよ」

 晴れやかに少年の笑みを残し、彼はベランダに渡っていった。

 手を振りながら、エリックが室内に戻っていく。


 しばし私は、彼の発した言葉を脳内で反芻する。意味を解釈した瞬間、再び体の奥底からうずき、熱くなった。残された私は、天を仰ぐ。夜風にあたりながら、じわじわとわきあがる悦びを胸にベッドにもぐりこんだ。



 その後、学園や騎士団で会っても、私とエリックの関係はあまり変わらなかった。相変わらず彼は下級生に人気だ。

 苦笑しながら眺めていると、目が頻繁に合うようになった。相変わらず人気ね、と視線を送ると、バツが悪そうな表情を見せるようになったのが小さな変化だろう。

 騎士団で会うと、もう少し親し気に、今度領地の森に遊びに行こうと誘ってくる。焚火して、魚釣って、たまに鳥を狩るような遊びなので、貴族のご令嬢でつき合える子はなかなかいないでしょう。

 同級生にもらったという学園周辺のお店の地図もあると、今度一緒にまわってみようと言われたけど、学園周辺で一緒にいるのは、まだ抵抗があり、先送りしている。



 エリックと仲良くして一番喜んでいるのはパパだ。

 朝食時、ルンルンしている空気に最近は幻覚の花まで飛ばしそうな勢いである。


「やっぱり、ミリアもエリックが好きだよね」

「パパほどじゃないわよ」

 

 照れくさくて、嫌味で応じても、パパは動じない。


「あれだけバジリスクとも応戦しているし、やっぱりパパの見込みは合ってたよね。彼はきっとすごい騎士になるよ」

「それは認めるわ」

「ミリアも、良い魔術師になれるよ」

「……そうかな。パパとママみたいに……」


 パパが嬉しそうにはにかんだ。

「そうだよ。なれるさ」

「なれたら、うれしいね」


「そう、そして、パパもエリックに『お義父さん』と言ってもらうんだあ」

 乙女のように、胸元に手を組んで、いかつい騎士団長は乙女のように夢見がちな瞳を輝かせた。

 

 パパの頭の中をかち割れば、ありえない幻覚が広がっているに違いない。

 私は冷める意識で、朝食を食べる。

 パパが何を想像しているのか、考えるのも怖かった。

 

 エリックが、パパの乙女チックな正体を知って瞠目し、硬直するのは、もう少し先の話。 


最後までお読みいただきありがとうございます。

評価とブクマいただけたら、励みになります。


明日からは『拾われた聖女は、正体を隠した腹黒騎士様に奪われる』が投稿されます。よろしくお願いします。

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