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2,自覚がないのも困りもの

 エリックが婚約破棄された経緯が私たちにもたらされたのは、公爵家のご令嬢シンシア・ベッキンセイル様の先行きがはっきりしたからだった。


 前公爵が残した遺言で、シンシア様の父ではなく、突如、その異母弟に爵位を譲ることになった。公爵家は粛々とその遺言を受け入れたようだが、表向きは品行方正を飾りたい貴族界隈で噂の種になり、その騒動の一環で、エリックの婚約も破棄されたそうだった。


 シンシア様は、件の公爵と婚約もすみ、編入した学園で一年過ごされて、ご結婚するらしい。


 侯爵家のご令嬢の友人が教えてくれた。


 新入生の教室では、そのスキャンダルが話題となっている。なにせ伯爵家の次男であり、将来は騎士という眉目秀麗な、金髪碧眼の白馬の王子様を連想させる男性だけに、エリックの婚約が破棄された話題に華やぐのは当たり前かもしれない。


 あこがれとか、可能性とか、いろんな気持ちがうずまいていることは、傍で見ている私にもわかる。


 上級生でありながら、廊下で会えば、下級生に話しかけられている姿をよく見かけた。


 今日も、見知らぬ二人の女子学園生にかこまれて話しかけられている。

 私は、その横を黙って通り過ぎようとした。


「ミリアちゃん」

 ふいに声をかけられて、顔をあげた。

 まぶしい笑顔が向けられる。話しかけていた女の子二人も私に視線を向け、目を丸くする。


「……おはようございます……」

 パパの手前、騎士団の手前、挨拶からは逃れられない。


「ミリアちゃん、学園生だったっけ」

「今年からです。……エヴァンス……先輩?」


「いいよ、今さら。騎士団にいる時と同じように呼んでくれよ」

「そういう訳には……」


 からまれている私を、話しかけていた女の子たちがまじまじと見つめる。

 エリックが、困ったように眉をゆがめ、笑んだ。親しい人に、他人行儀にされるのが寂しいのだろうか。


「……エリックさん……」

 結局、私の方が負けてしまう。エリックがはにかんだ。


「入学おめでとう。ミリアちゃん、短い間だけど、よろしくね」

「そう挨拶されても、騎士団で会うじゃないですか」

「そうだね。そっちの印象の方が強いから、なんかこっちで会うと新鮮だ」

「また、週末騎士団に来られますか」


 女の子二人の目がきらんと輝く。


「行くよ。その時、槍を見てくれないか」

「槍ですか。陣の働きが悪いですか?」


「そうなんだ。魔力がうまく伝わらないんだよ」

「線がかすれているのかもしれないですね。調整しますので、持ってきてください」

「ありがとう。さすが、団長のお嬢様。頼りになるね」


 にかっと笑う。ここで、にこって感じではないのよね。騎士団長のパパの内面がロマンチストであるように、王子様のエリックの内面は少年のように感じる。


 見た目と中身はちょっと違う。幼く見えるミリアが冷静に人を見るように。これはきっとママの血だ。


「エリック。そろそろ教室行かないと授業始まるわよ」

 赤毛に黒目の小柄な女子学園生が、エリックを呼んだ。

 エリックがふいっと顔をむける。

「今行く。シャーリー」

 視線を私に戻し、笑む。

「じゃあ、ミリアちゃんまたね」

 手を振るので、振り返した。

 私の顔は口角が少し引きつっていたと思う。


 この人は多分、今、下級生の間で自分が一番話題に上っていることを知らない。多分、……エリックは、おそらく、ちょっと鈍い。


 角を曲がってエリックの姿が見えなくなったら、彼に話かけていた女の子二人に私はあっというまに囲まれてしまった。

「先輩と知り合いなの」

「あんなに、親し気でどういう関係なの」


 口調と態度から好意的にとらえてもらっているようで悪感情は読み取れなかった。


「ああ……ええ……っと」

 私はこういう時、誤魔化すのが苦手だ。どうしても正直に話してしまう。

「パパが騎士団長で……、その騎士団にエリックさんも所属している……だけ、だよ」


 そんなこんなで、私が竜殺しの英雄を輩出する子爵家の娘であるということで合点がいった新入生、主に女子、たちが徐々に親し気に接してくれてるようになった。


 たまに学園で出会っても私が、さっきのようにあんまりエリックとべたべたしないのも良かったのかもしれない。親し気に話しかけてくる彼に対し、どうしても一歩引いてしまう。

 淡々と答える姿に、他の女子新入生は安心し、私の傍にくる。そばにいるだけで、エリックと話すチャンスがあることに喜んでいるのかもしれない。


 きっかけはエリックでも、同年代の女友達ができるのは、純粋にうれしい。

 騎士団に行けば、汗臭い大人の武人達ばかり。むさい男たちになれた私は、女の子たちの華やいだ雰囲気に馴染めないかもと心配していたのだ。


「ミリアちゃんは、騎士団長のお嬢さんに見えないわよね」

「そうそう、もっと可憐な貴族令嬢みたいなのにね」

「小柄で、槍でも剣でも武器を持つイメージがわかないわ」


 そんなことを言われることもあって、ちょっと困ってしまった。私はやっぱり、実年齢より小さく見えるのだろう。同年代と言うより、やっぱりここでも子供に見られて終わっているようで、釈然としない。


 学園がお休みの週末はパパと一緒に騎士団に行くことが多い。幼い頃からの習慣だ。

 小さい頃は、お絵かき道具や人形、本を持っていった。そのうち、大きくなった私は武具に興味を持ち始める。


 ママのパパ、私から見たらおじいちゃんの影響だ。

 魔術師のおじいちゃんが武具などに魔法陣を描き、強化や性能をあげる仕事をしていた。魔術師のママが残した本にも魔法や魔術の本がたくさんあり、見よう見まねで、学び始めた。

 特におじいちゃんが喜んだ。ママの娘だと褒められるのがうれしくて学んでいたら、いつしか騎士団の武具の点検係になってしまった。


 少し調子が悪いと、魔術師に持っていく前に、私に見せる。

 私で分かることは伝えるし、時には直すこともあった。持ち運べる簡易道具は、おじいちゃんが誕生日に買ってくれた。

 もちろん、手に余ると思えば、魔術師に見てもらうようにアドバイスする。


 週末の今日もパパにくっついて騎士団に出向く。騎士団の事務室がある王宮に入ろうとする父に向って言った。

「パパ、ミリアは武器庫を覗いてくるね」

「おう」

 パパが振り返らず、手をあげる。私は横道を進み始め、足を止めた。

「ねえ、パパ」

 背後に向かって叫ぶと、「なんだ」と、ミリアの声を聞き逃さないパパが答える。

「エリックさんを見かけたら、武器庫にいるって言って。槍を見てほしいらしいの!」

 そう叫んで、駆け出した。

「わかった。もし会ったら、槍をもって武器庫へ行けと伝えておくぞ」

 パパの声が背後から飛んできた。


 騎士団につくなり真っ先に武器庫へとむかうのが、私の習慣。


 武器を見てほしいのであって、それだけだ。それだけのことなんだから、武器を見ないような不親切は良くない。

 言い聞かせながら、武器庫の扉の前に走りこんだ。


お読みいただきありがとうございます。

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