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19,子竜を助けて救われる

 夕食は、大人の談笑と事後報告を横で聞きながら、立派なお店で食べるようなディナーだった。平民の夕食に二品ぐらい多いうちの食卓とは大違いだ。可愛い衣装を着せてもらって、食べるだけで緊張し、場違い感がたまらない。パパが慣れた様子だったのが意外だった。


 エリックなんて、川で魚を焼こうとしてたなんて嘘みたいにちゃんとしている。領主の奥様であるエリックのお義姉ねえ様はいても、子どもは小さいからか席を外されていた。私も一応大人とみなされているのは、むずがゆい。こういう時は、子ども扱いもいいかもって思ってしまう。

 

 子竜は私の足元でお皿にのった果物を頬張っている。これからしつけないといけないのね。と思う、さんざんな食べっぷりだ。河原で魚を食べていた様子そのまんまだから仕方ないわね。


 ちらりとエリックを見ると、笑い返してくれた。いつもと違う雰囲気だから、本当に恥ずかしい。見られるだけで、食が細くなりそう。

 でも、やっぱり、好きだなと思う。私はいつから、彼が好きだったんだろう。


 夕食のデザートまで終わった。エリックのお義姉ねえ様は、子どもの様子を見に行くと早々に席を立った。私も夕食会場を後にしようとした。


 お腹いっぱいになって眠りかける子竜を私は抱いた。

「お前の名前もおいおい考えないとねえ」

 侍女に導かれて、私が部屋を出ようとした時、「ミリア」と声がかけられ振り向く。エリックがいた。彼は、すっと顔を近づけて、口元に手を添え「あとで行く。ベランダで待ってて」とささやいた。

「エリック、飲むぞ」

「はい」

 パパの呼び声がかかり、すぐさま、エリックは踵を返す。男性三人は、場所を変えて、お酒を楽しむようである。


 じゃあ、後でって……。どういうこと?


 疑問を抱えたまま、私は侍女と共に、寝室へと戻った。可愛らしい衣装を脱ぎ、寝衣に着替える。子竜はベッドの上にぐるんとまるまった。私は、エリックの言葉を思い出し、ベランダに出た。


 丸い月が出ていた。ベランダの手すりにぺたりと寄りかかり、星と月を眺める。涼やかな夜風が吹き抜けていった。


 子竜を助けようとして、結局救われたのは私だった。


 あの子を助けようとしたことだって、自己都合だ。

 自分のせいで母竜が死ぬ場面を、子竜が見るのがいたたまれなかったのだから……。

 

 ママが私を産んで、死んでしまった背景を、子竜を通して見ていたんだ。どんなに、あなたは悪くない、あなたが生きていてくれた良かった、そんな風に身近な人が言ってくれても、私はどこか私のせいでママが死んでしまったことを責めていた。


 パパに大事にしてもらうほど、ママに似てきたことを喜ばれるほど、苦しかった。大事な人の、大事な人を奪ってしまったという事実が重かった。


 自分を責めて、罰している方が楽だったんだ。そんなこと、誰も望んでいないのに……。

 ママの気持ちも、パパの気持ちも、考えているようで考えていなくて、私は私の気持ちに囚われていた。


 子竜に母竜の気持ちを伝える時、子竜に私自身を重ねていたのだと知り、母竜の気持ちを代弁することで、ママの気持ちを慮れるようになった。


 ママが私に望んでいないことを、勝手に思い描いていた私に気づかされた。


 魔法陣を学び、ママを追いかけるように生きていながら、私はママの気持ちとは遠いところで迷子になっていたのね。


「ミリアは、エリックが好きだ」

 いつから好きだったかなんてわかんない。私はずっと自分に嘘をついてきたもの。でも今は分かる。今日、エリックを助けるために、一生懸命、魔法陣を描いたの。


 ママがパパのために、描いた気持ちと一緒かしら。

 自分の気持ちを通して、私の知らない頃のママとパパの時間を垣間見たみたい。魔法陣を描けるようになっていて、良かった。


 ベランダに座り込んだ。手すりを背にして、膝を抱える。開け放たれた窓にかかるカーテンが揺れた。奥に見えるベッドにまるまった子竜がいる。きっともう寝てしまったのだろう。


「ミリア。そっち行っていいか」

 どこから声が聞こえているの。立ち上がって、見回すと隣のベランダにエリックいた。

 ベランダの手すりに足をかけている。飛び越えてこちらに渡ろうとしている。


「そんなところから来なくても、廊下からくればいいじゃない」


 エリックはまた少年のように笑った。

「行っていいんだな」


 足をかけた片足に力を込めて、やっという掛け声とともに、飛び越えてきた。私の部屋のベランダにおり立った時、彼の足がふらりとした。思わず駆け寄ってしまう私の腕を、あっという声と共にしりもちをついたエリックが手を伸ばし、つかんだ。


 いつもの笑顔が歪む。悲しそうな、嬉しそうな、泣きそうな顔になった。

「……無事でよかった……」

 

 腕を引かれて、私は彼の胸の中に引き寄せられる。


「本当に、無事に帰れてよかった」

 彼の胸にぶつかって、ささやかれた声は震えていた。


 そうよね。よく無事に帰ってこれたよね。

「……本当に、よく帰ってこれたよね……」

 パパに助けられて、疲れ切って森を出た私たち。そのまま流されて、領主の館に連れられて、休んで、今やっと、帰還の安堵を分かち合った。


 エリックの腕に力がこもる。

 私も彼の背に腕を回した。


 無言のまま、月明かりの下、じっとぬくもりを確かめ合って、互いに生きていることを実感した。


 しばらくて、エリックがぽつりぽつりと話し始めた。

「俺、最後はもう魔力ほとんど尽きててさ。

 団長来てくれなかったら、たぶん、ダメだったと思うんだ。

 さっき酒の席で、団長にも叱られた。

 まずは報告しろって……。

 分かってたんだけどな。

 ワイバーンの親子を森に返すだけだと思ってたから、あんな危ないことにぶち当たるなんて思わなくて。浅はかだったって今になって痛感する」


 エリックだけが悪いわけじゃない。私も一緒に怒られないといけないぐらいなんだ。

「……ごめん。ミリアも私情に流されて行動してたの。エリックを巻き込んだ私だって十分悪いよ……」

「いいよ。団長にも、娘が迷惑をかけたって頭下げられてる」


 エリックの腕にさらに力がこもり、私は少しだけ息苦しくなる。


「……なあ、ミリア。お前、木陰で、泣いてなかったか……」


 気づかれた?

 子竜を抱いて、泣いてしまったから、目に泣き痕が残っていた?

 

 エリックの背に回した手で、衣服をぎゅっと握った。

「……うん。ママのこと思い出してた……」

 

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