18,森から戻り、領主の館へ向かう
私たちは正直にパパの問いに答えた。
子竜の前で母竜が殺されることに耐えられなくて日が昇る前に連れて村を出たことから、ワイバーンの巣でバジリスクと鉢合わせし、ワイバーンの親子はバジリスクに狙われていたと知ったこと。子竜の兄弟は、バジリスクに全員食べられてしまっていると思われることまで伝えた。
パパはすべてを聞いて、困った顔をしならが「後は俺に任せろ」と言った。
怒られると思っていた私たちは、それだけで終わりと、互いの顔を見合わせ拍子抜けしてしまった。呆けた私たちの顔を見て、パパは厳しい表情で「こういうことは、二度とするな。次はかばうことはない。覚えておけ」と釘を刺した。
当然のことに、私たちは頭を垂れた。
狙うバジリスクがいなくなった子竜も安心して人里へ連れていける。村に戻ると、私とエリックは、子竜と共に役場の応接室へ閉じこめられた。
「しばらく出てくるな。領主の館から迎えの馬車が来る。それにのって、お前たちは移動しなさい」
勝手し過ぎている私たちは、パパの命令に口答えできなかった。
応接室の窓から外を見れば、騎士団の面々が集っていた。パパもバジリスクの存在を察知していたから、母竜を屠った後は、バジリスクを討伐しないといけないとし、夜のうちに騎士団に招集をかけていたのだろう。
母竜は子竜を残し、飛んで行ってしまった。河原で子竜を威嚇したときには、彼女はすでにどうするか決めていただろうから、それでよかったのかもしれない。
バジリスクから解き放たれたワイバーンは空を数回旋回した。エリックが槍を片目に突き刺しているなかで、突如現れたパパがバジリスクの頭部と胴を切り離した瞬間に、遠くに飛び去って行った。
わが子を狙う敵がいなくなったとし、自身の傷を癒すために、身を隠したのかもしれない。あの傷を負って、子を守れないと、子どもを人に預けた彼女は賢明な母のようにも感じる。
子竜から見たら、捨てられた、置いていかれたという心証が強く、河原で最初に威嚇された時はさすがに追いかけてしまったのかもしれないけど……。
その先で見た見る影もない巣の様子に子竜は絶望したのだろうか。竜の感情までは読めない。
今、そんな子竜はソファーの上でまるまって眠っている。
エリックは疲れ切ったのか、応接室に入るなり、一人掛けのソファーに陣取り、ぐったりとしている。森を抜ける間、終始むっつりとしていた。こんな愛想のないエリックを見るのは初めてだ。
迎えの馬車が来て、私たちは乗り込んだ。パパは事後処理のために残るという。
ゆったりとエリックとむかいあい座る。子竜は私の膝の上にのった。
「こんだけ汚れてたら、先に風呂だな」
「そうだね」
そう言えば、着替えなんてないなあ。どうしよう。どこかで買えないかしら。
「ミリア」
「なあに」
「たぶん、義姉さんが色々準備してくれるから心配するな」
「ねえさん?」
「兄貴の奥さん。うちは男系だから、男しか生まれないんだよ。あの女性は女の子欲しがってたからさ。けっこう使用人に女の子生まれたら可愛い服とか押し付けるの趣味なんだ」
「へえ……」
「だからさ。そこら辺は、うまくつき合っといて……」
そう言って、エリックはあくびを噛みつぶした。
「俺は、ほんと、もうダメ……」
目を閉じて、腕を組み、そのまま寝入ってしまった。本当に疲れ切っているんだなあと私は彼の寝顔を見つめた。
きれいな金髪が、馬車の振動にゆらゆらとゆれている。
程なく、馬車は領主の館についた。
降りて見上げておののいた。あまりに大きなお屋敷に、あんぐりと開いた口がしまらない。
平民上がりの武勲をあげての子爵家なので、うちは領地を持たない。仕事は騎士であり、生活も平民に近い。家政婦としての侍女はいるけど、通いであり、住み込みとは無縁。料理人や庭師、執事なんて分業もしていない。
「どうした」
子竜を抱いたまま立ちすくむ私に、エリックが問う。
「びっくりしただけだよ」
「なにを?」
「お屋敷が大きくて……」
「ああ、ここはね。古い建物だからな」
そんなことか、と意に介さないエリックは、やっぱり伝統ある貴族のお坊ちゃんなんだろうな。一緒に森を走り回っていた人なのに、すごく遠くに感じてしまった。
迎えに出てきた執事と一緒にエリックは奥に消えた。侍女と共に、館の女主人と思われる女性が私を迎えてくれた。
「はじめまして、ミリア・ミットフォードと申します」
できうる限り丁寧に頭をさげた。汚い身なりで申し訳ない。
顔をあげたら、おそらくエリックのお兄さんの奥さんと思われる女主人の目が輝いた。
呆気に取られていたら、彼女の勢いに飲まれた。お風呂に入れられ、小奇麗にされたら、街の洋服屋を呼んでいて、数着の衣装を試着させられた。着せ替え人形のようにくるくると脱いでは着てを繰り返した。
女の子を飾るのが好きなのよ。と、楽しそうに、侍女と戯れる女主人を見て、エリックの『うまくつき合っといて』という言葉の意味を理解するのだった。
お風呂につかったことで体の芯から疲れが溢れてきてしまい抵抗する余裕もない。
困ったなと私は天井を仰ぐ。
子竜は関係ないとばかりに、隅っこでまるまって眠っている。うらやましい。私も、少し横になりたい。
寝衣と洋服を一着ずつ用意してもらった。髪も丁寧に梳かれ、いつもは二つに分けて、左右に縛っているところ、後ろに流され、横の髪をつまみバレッタでとめられた。
鏡の中をみると、いつもと違う自分がいて、むずがゆい。
さすがに疲れていたので、夕食までは少し休ませてほしいとお願いすると、寝室へと案内してくれた。服のまま、ベッドに倒れこんだ。
案内してくれた侍女が、夕食時にお迎えに来ますと出て行く。私はそのまま瞼を閉じる。子竜が寄ってきて、丸まって寝ている私の背中にぴったりとくっついた。
あったかい……そう思ったら、私の意識は消えてしまった。
夕食時は、パパも同席していた。事後処理の結果を伝える目的もあるようだった。
着飾った私を見て、パパの目が輝いたことは言うまでもない。エリックのお義姉様と意気投合している雰囲気があり、気持ちが少し冷めた。
エリックもあらわれ、さっきまで森をさまよっていた者同士、なんか変な気分だった。
バジリスクの遺体は無事解体し、買い取り商会に査定に出したそうだ。ワイバーンの親子は、バジリスクの傷痕があり狙われていたので、エリックとミリアが明朝森へ逃したのは悪い判断ではないと説明してくれた。
バジリスクの獲物への執着は領主代行も初めて知るようで、パパの説明に感心していた。ミリアが竜の生態について学んでいるということで、私たちの行動をフォローしてくれたのだ。
結果良かっただけで、私情に流された行動は、本当はいけないことだと、私もエリックもよく分かっている。
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