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17,バジリスクと対峙する②

 後方に退き、生い茂る木々へむかう。俺は斜面を駆け上がった。

 鈍い爆発音が響く。竜の腹に刺した小刀が魔力量に耐え切れずに暴発したのだろう。


 まともな道具の使い方ではないな。今の俺が正攻法で行き、どうにかなる相手ではない。とはいえ、ありったけの魔力を放出する力任せもどうかしている。

 俺は両手を見つめた。握ったり、開いたりを繰り返す。


 あんな風に魔力をふり絞り出し切ったのは初めてだ。腹の底から、たぎる。あれだけ出してなお奥から焚きつけるものがあふれてくる。


 樹木を背にして、息を吐く。肩で呼吸を繰り返し、額に流れる汗をぬぐった。

 背後を盗み見ると、バジリスクにワイバーンが応戦している。


 ミリアはどうしている。

 数本の木をはさんで、幹に背を預ける彼女がいた。立ち上がり、柄に何やら描きこんでいる。指先が慈しむように、柄を撫でつけた。視線が下から上になぞる。


 ぞくりとした。


 戦闘中、冷静でありながらも猛る感触に身を任せていた。興奮冷めやらぬ衝動に未だ身震いが止まらない。


 呼吸を整えながら、俺はミリアに近づいた。騎士団で槍を扱っていた時も、彼女の集中する顔にすごいと思った。


 今も、彼女だけ別世界に没入している。熱しすぎた俺に、冷水をかけるような平静な表情を浮かべている。隔絶された世界にて、彼女は手作業を継続する。


 見ているだけで、熱気にまみれる全身が涼やかな微風につつまれるようだ。


 色っぽい。


 苦笑した。こういう時に、浮かぶ単語じゃないだろう。戦闘という喧騒の中で、猛々しく持て余す身の内の炎が、宥められての錯覚だ。


 錯覚だが……。団長が、こんな非常時にプロポーズしてしまったのも、わからなくはないな。


 彼女の手にしている小道具が槍の先端でぴたりと止まった。小道具を持った手がおろされる。ふっと彼女が息をついた。満足そうに口元をほころばせる。


「ミリア」

 呼ぶと、こちらを向いた。


「エリック」

 名を呼ぶ彼女の横に立った。

 集中が切れ、あどけない表情で見上げてくる。玉のような汗が額に浮かんでいた。どれだけ、この子は懸命に魔法陣と向き合っていたのだろう。


 こうやって、一緒に戦ってくれているんだ。ミリアの額に手を添えた。汗を手のひらでぬぐう。

 俺は深く息をはきだした。

「ごめん。小刀を壊してしまった」

 ひんやりとした彼女の額。

「仕方ないよ」

「ごめん」

 謝りながら、彼女に添えた手の上に頬を寄せた。深い呼吸を繰り返す。ああ、なんて落ち着くのだろう。


「どうしたの、エリック」

「少し、このままでいて……」

 一瞬だけ、小さな彼女に甘えたかった。長い時間のようで、短いひとときに安らぐ。


 子竜が高らかと鳴いた。

 バジリスクとの戦闘中という現実に引き戻される。


 俺がばっと顔をあげると、ミリアが槍の柄を差し出した。受け取り眺める。下から上まで、みっしりと魔法陣が描かれていた。魔力を微弱に通すと、描かれた線が青白く光る。

 吸い上げた魔力によって、柄の先端に魔力の刃がうっすらと浮かび上がった。


 すごいと感嘆している暇はなかった。


 バジリスクが、ワイバーンの足に噛みつき、河原にその背を叩きつけた。俺は再び、木陰から河原へと飛び出した。


 小刀を刺した部位から血を流すバジリスクが、地に押さえつけるワイバーンの喉を噛みにいく。ワイバーンがさせまいと暴れている。


 俺は走った。狙いは定めていた。槍の柄に絞り出せるだけ魔力を込める。刃を失った先端に、魔力の刃が浮かび上がった。

  

 走りこんでいくと、バジリスクがワイバーンから俺に標的を移した。顔が離れた瞬間にワイバーンの足が、バジリスクの下あごを蹴り上げる。ぐんと押されたバジリスクの口先が空に突き上げられた。

 黒目がぎろりと俺を睨んだ。その片目めがけて、俺は槍を突き刺した。今までで最も柔らかい感触が腕に伝ってきた。バジリスクの目が鮮血に染まる。

 

 ワイバーンがさらに暴れた。押さえつけられていた体をバジリスクの下から這いずり出し、空へと逃げる。

 

 俺は、槍を握ったまま、呻き暴れるバジリスクの動きに翻弄された。槍を握っていなければ、すっ飛ばされてしまう。せめてもう一度魔力を込めようとしても、十分な魔力が体に残っていなかった。


 どうする。


 これ以上、何ができる。木陰にいるミリアだけでも、村へ戻さないと。これなら、俺が飛び出たら村へ向かって走れと言っておけばよかった。


 槍の柄を脇に抱えて、しがみつく。どうする。これ以上、俺に何ができる。


 青白い光の壁が視界を遮った。

 かと思うと、バランスが崩れ、俺はそのまま、地面に落とされる。

 槍から手を離す。

 もう離しても大丈夫だった。


 団長が、バジリスクの首を一刀両断し、その胴体部分に着地した。


 俺の真横には、胴から切り離された頭部がごろりと転がる。どくどくと胴と首根元からあふれる血が、俺の足元まで流れてきた。


 俺はべったりと河原に座り込んだまま、呆然とバジリスクの胴に立つ団長を見上げた。


「……終わった……」

 呆気なかった。最後は、団長の一振りか……。


 肩で息を繰り返す。

 

 団長が、刀剣を払い鞘に納めた。団長のためだけの特注品。魔力によって自在に変幻すると言われている。バジリスクを一刀両断した大きな青白い刀も、鞘に納めた刀剣と魔力によって作り出したものだろう。


 経験も、技術も、魔力も桁が違う。笑うしかない。こんなに苦労したバジリスクを一太刀だ。やっぱり団長は違いすぎる。


 俺は空を仰いだ。団長が来なかったら、どうなっていたか。そんなことは、考えられなかった。無茶なことをしている自覚はある。騎士団でこんなことをしたら、規律違反だ。今だって所属しているんだから、罰せられても文句は言えない。


 もう覚悟はできている。ミリアに怪我をさせなかったことだけ心の中で誇っていよう。


 俺はがっくりと肩を落とし俯いた。本当に、疲れた。魔力も全部出し切って、何も残っていない。


 ぽんと肩に手が乗せられた。

「エリック」

 横をむくと、ミリアがいた。目が潤んでいる。どことなしか、目が赤い。泣いていたのか。


 なんと声をかけていいか分からず、俺は黙って彼女を見つめた。

 彼女も、俺にかける言葉が思いつかないからか、黙っている。


 生きている。今は、それだけで良かった。


「ミリア、エリック」

 団長の声が頭上から響いた。

「まずは、事情を話してくれ」


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