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16,バジリスクと対峙する①

「俺、騎士になったらミリアと組みたい」

 俺はそう言うなり、隠れていた幹から飛び出し、斜面を降りた。


 せせらぎが静かに流れている。異様なほど鳥の声と虫の声がしない。バジリスクなんてうちの領地にいただろうか。自領でも森の奥まで行くことなんて滅多にないからな。知らないことの方が多いだろう。


 手にした小刀を握りなおす。学園には持ってくるなと言ったが、たいしたものだよな。こんな陣をすでに描けるなんて……。


 ミリアは妹みたいな子だ。それこそ俺の婚約が決まる前から知っている。学園に入学し、今の騎士団に所属した頃には、団の騎士達に可愛がられ、武器の点検もできるからと重宝された。

 

 団長とはまったく似ていない可愛らしい外見のわりに、つんと冷めたところがある。


 シンシアとはタイプが違う。彼女は生粋の箱入り娘であり、深窓のご令嬢。少女と言うよりは女性であり、どう接していいか分からなかった。一輪の花をあげて喜んでくれた姿は、正直今も忘れられない。

 婚約破棄を親から知らされ、正式に申し出るまでは時間もあった。その間、臆病なばかりに追いかけなかった。本気ではなかったんだろと言われたら、違うと言いたい。本気ではあったが、傷つくことを恐れたんだ。目を背けたと言えば、それまでか。

 

 結局、彼女の心に入り込んだのは公爵だ。彼は彼女を導き、大きな心で包み込んだ。自分のことばかり気にして、相手を想いやる、そんな気持ちが足りなかったんだと今は思っている。ダンスパーティーの時、『私を変えたのはアレックスよ』そう言った彼女の言葉は、今も刺さっている。

 

 こんな時に、思い出すことじゃないな。


 俺は、ミリアがくれた小刀に魔力を込める。小ぶりな刃と柄に、魔力が補強され、密度が増す。青白い光を巡らせ、ぐんと長剣へと成長する。

 学園の新入生でこれだけの魔法陣を描けるんだから、ミリアはただ者じゃない。ある種、天才だ。


 ミリアか。

 シャーリーとシンシア以外の、近しい女の子。先日、団長が酒場で酔った勢いに任せて、うちの娘はどうだ、なんて言うから、気になっているのだろうか。


 ちがうな。

 俺が、ミリアといると楽しいんだ。


 シンシアのように、貴族の子弟として立派にふるまわなくてもいい。誰が思っているのか知らないが、王子様のようにとらえられ、そのように毅然と振舞ってくれと言われても、息切れしてしまう。

  

 俺は俺でしかない。


 騎士を目指し、ミリアの父が束ねる騎士団に所属したのだって、俺がそういうのを好んだからだ。竜討伐、憧れるじゃないか。子どもみたいだ。そうだよ。俺はどこか子供っぽい。

 

 近衛騎士団に行くんじゃないのかと教師には驚かれたけど、俺はこうやって震えるような戦いの場に身を置いてみたかったんだ。

 それが俺らしいと思っただけだ。


 シンシアのような妻なら、きっと戻ってきてあたたかく迎えてくれるだろう。

 

 ミリアならどうだ。彼女なら、ずっと一緒だ。そのまんまの俺でいても、受け入れてくれる。隣にいて、こんなに気楽な相手もいないな。父親に似てないおかげで、可愛いしな。


 こんなよそ事を気にしていたら、竜に喰われてしまうな。


 俺達が通り抜けてきたけもの道に通じる木陰が揺れ始める。息を潜ませ、身をかがめた。剣を構える。程なく樹木がミシミシと揺れはじめた。

 

 まるで草をはらうかのように木をなぎ倒しバジリスクが現れた。猛り狂い吠える。怒らせたのは、俺か……。

 やるしかない。


 図体がでかいのに、素早い。柔軟に身をひるがす。天に体をくねらせ反転する。剣をふるより、逃げる方が優先された。ワイバーンと戦って、俺が口内を爆ぜても、いまだ俊敏にて強靭である。


 竜の固い皮膚をすれ違いざまに数度切った。俺が与えた傷以外にもひっかき傷が皮膚の表面に無数にあった。

  

 どうする。ミリアの小刀では、バジリスクへ致命傷は与えられない。


 小刀がみしりと鳴った。魔力量と武器本体、魔法陣。バランスが悪いため、武器としての寿命が短いんだ。二流の武器。ミリアの言う通りだ。


 この小刀は、あと何回振り下ろせるだろうか。まだ魔力が通じるうちに、この刀剣を通して、魔力を叩きつけられるだけ、叩きつけるか。

 それにしたって、接近戦だろ。嫌になるな。


 嫌になると思いながら、口角があがる。ぶるっと身が総毛だった。


 こんなチャンス、滅多にない。騎士団は規律重視だ。単独行動は許されない。事前に何をどうして討伐するか、計画を要する。竜殺しの子爵家という華々しい実績でもなければ、特別行動へのお目こぼしなんてありえない。

 あの団長でさえ、貴族に配慮し、よほどでなければ手順を踏むんだ。

 俺が竜と対峙するチャンスなんて、実際は何年後になるか分からない。挑む前に、婚約とか家の都合で、今の騎士団から剝がされて、近衛騎士にぶっこまれてしまう可能性もある。次男だから、今のところ自由にさせてもらえているだけだって、俺だって分かっているんだ。


 剣を緩慢に左右に薙いだ。

 血走ったバジリスクの白目が、赤黒い。怒っているのだろう。そりゃあ、怒るよな。

 

 バジリスクの前足が河原をかいた。ふーふーっと息をたぎらせる。


 咆哮を合図に駆け出したバジリスクが、その大きな口を再び俺に向けて、突進してくる。首をひねり、斜めに開いた口内は、真っ赤だった。無数の刃の欠片が突き刺さりそここから出血している。まだらに黒くなっているのは、きっと火傷の損傷だ。


 俺は横に走った。バジリスクが片足を河原に踏み込み、跳ね飛ぶように進行方向を変えようとする。尻尾が高らかと掲げられる。地面に向かって振り下ろされると同時に、バジリスクの真横に回り込んだ俺は持っていた小刀を、竜の脇に刺し、ねじりこんだ。


 刃がぎゅにゃりと肉に食い込む。ここぞとばかりに思いっきり魔力を注ぐ。多量の魔力を吸い込んだ小刀が竜の腹部で膨張した。

 小刀が抜けないように、全身で握った柄を腹の中に押し込み続けた。


 バジリスクが身をしならせた。


 踏ん張っていた両足が浮く。


 バジリスクが身を折り曲げて、前足を俺に向かって伸ばそうとする。


 黒く丸い爪が叩きつけられようとしたときだった。


 頭上に羽音が鳴り響き、突如現れたワイバーンが、バジリスクの頭部を両足で踏みつけた。頭部へのふいな攻撃に、バジリスクはなすすべなく、その顎を地面に打ちつけ、俺を薙ぎ払おうとした片腕も勢いを失い、地に落ちた。


 ありったけの魔力を込めた小刀を竜の脇に残して、俺は後方に一時逃げた。


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