15,子竜を通して私は自分を振り返る
怒られてしまって、なんとなく悲しくなる。
「……ごめんなさい……」
殊勝にあやまると、エリックが、こんと額を小突いた。
「今は、すごい助かる」
「そっか」
役に立てるのはうれしい。
「学園には、もっと簡易の陣を描いていくね」
「……いや、そもそも学園に武器持ってくんな……」
呆れかえるエリックに、私は苦笑する。
「……気をつけます」
下を向く。口元がほころぶ。叱られているのに、どこか心が落ち着く。
受け取った槍を改めて見た。最初に手にした時から、この柄の文様は上級の魔法陣を模していると思った。本当は、模しているのではなくて、いずれは上級の陣を描く土台にしているんじゃないのかしら。
伯爵家だからいい物をもたせているだけでなく、将来的にも使える品を用意していたのね。
私は両手でぐっと柄を握りしめた。下から上まで、改めて模様を確認する。
「この槍の文様を、魔法陣に書き換えますね」
横を向きエリックの顔を見ると、何を言い出すという顔になっていた。
「その剣だけで、応戦できるとは思いません。だから、この柄に描かれた文様をベースに、今ここで、槍そのものに上級の魔法陣を描きます」
「そんなことが、できるのか」
呆気にとられる彼に私は力強く笑んだ。
「できます。その小刀だけじゃあダメです。どんなに上級の魔法陣を描いても、市販の小刀の方が負けてしまいます。道具と魔法陣のバランスが良くないと武器としてはやっぱり二流なんです。
それなら、この柄の方が、さすが伯爵家で用意されたものです。品はいいので、一発ぐらいならバジリスクに衝撃を与えることができると思うんです」
エリックが唸った。
「すげえな。魔術師ってそんなこともすぐできるんだ」
「だから、騎士と組んで行動するんですよ」
エリックが小刀を構えた。魔力を込めると、すうと刀剣が青白く伸びていく。上級は魔力を帯びるだけでなく、武器そのものを変容させる。
「俺、騎士になったらミリアと組みたい」
そう言うなりエリックは翻り、斜面下へとおり立った。
言い残された言葉を、脳内で反芻してしまう。
「……組みたい……」
ぽつりと確認するようにつぶやいていた。
エリックと組んで、今みたいに竜退治をする? まるで、パパとママみたいじゃない。今だってそうだ。二人で、竜に立ち向かっている。
私は槍の柄を抱きしめた。幹に背を預けて、ずるずるとしゃがみ込む。
こうやって、ママとパパは組んでたんだ。こんな風に、パパと一緒に……。
ねえ、ママ。ママはどんな気持ちでパパと組んでいたの。
子竜が横にすり寄ってきた。
甘えるように小さな声で鳴く。
「お前のためにも、バジリスクはなんとかしないとね」
獲物に執着する以上、あの傷ついた母竜とこの子竜は両方狙われる。私がこの子を見捨てれば、あのバジリスクに一飲みにされて終わるだろう。母竜だって、あのケガだ。自分の身を守るに精一杯かもしれない。執着の強いバジリスクを考えれば、結局は負けてしまいそうだ。
「母竜の願いは、きっとお前に生きてほしいってことだから……」
たとえ身が滅んでも、子竜だけでも生き残ってほしいと思ったからこそ、この子を置いていく決断をしたのだろう。
「なにもお前のせいじゃないし、お前が悪いことなんてないんだよ」
涙が出てくる。
私は何を言っているんだろう。
結局、同じじゃないか。
パパや侍女や、おじいちゃんやおばあちゃんが言っていたことそのまんまだ。
「自分を責めるんじゃないよ」
ボロボロと涙が出た。
どうして自分が聞いていた時は素直に受け止められなかったんだろう。
自分のせいにした方が楽だったのかな。誰かのせいにしないとやっていけなかった?
私はママを知らない。
ママは私を産んだ時に死んでしまった。
命と引き換えに私を残して、死んでしまったんだ。
子竜が私の頬を舐めた。
「お前に言い聞かせているのに、どうして、どうして……」
まるで自分に言い聞かせているようね。
誰かを好きだと言うことが怖かった。
その人を失うことも怖い。
残された人の痛みもずっしりと重い。
子竜をぎゅっと抱きしめた。
「お前が自分を責める必要なんてないの。兄弟が死んで、母竜に捨てられても、あなたが悪いわけじゃない。あなたが嫌いで母竜だってあなたと別れるわけじゃない。
あなたが無事に生きて、幸せになってほしいから、ただ、それだけだから……」
ママもそんな気持ちだった?
ねえ、きっと、そうよね。
ぼろぼろと涙が伝う。
パパと一緒にいて幸せだった?
パパと一緒に戦って、パパの役に立ててうれしかった?
私は、エリックの役に立てたら……うれしいよ。
彼と隣で、一緒に戦える。
それはとても、うれしくて、私にしかできないことだ。
私、ミリアは、エリックが好きだ。
ママは、そうやって、自分の気持ちを認めて受け止めている私の方が良いって、きっと思ってくれるよね。
ぎゅっともう一回、子竜を力強く抱きしめた。
「ミリアはバカだから、一人では気づけなかったの」
子竜がごろごろと喉を鳴らす。
「気づかせてくれて、ありがとう」
深呼吸を三回繰り返した。
子竜から腕を離す。柄をもう一度握りなおした。
腕でぐっと涙をぬぐった。
「ミリアは、ミリアの仕事をするんだ」
私は、腰にまいたポーチから魔方陣を描く小道具を取り出した。片腕で柄をささえ、下から、文様を確認しながら、魔法陣へと描きなおし始めた。
背後で、物騒な物音が響いてきた。それさえ関係なく、柄に集中する。
細い文様に、線を数本緻密に付け足していく。下から上に向かって、柄を小さく回転させながら、足りないところを描き足す。
一本でも間違えたら、暴発する危険もある。間違えないように、確認を怠らず。
額に玉のような汗が無数に浮かんでくる。
エリックがどんなに剣技に優れていても、あの小刀の力では、描いた魔法陣が耐えきれる時間は短いだろう。急がなきゃ。
下から順に描き足していく。背後でぶつかり合う轟音に、身をきゅっと締める時はあっても、すぐさま柄とむかいあう。
立ち上がり、柄の刃がついていたであろう近くまで、線を描き足した。私がエリックのために施した魔法陣は線が裂け、割れて、霞んでいた。そこを書き直し、組み込むように描きなおす。
刃がついていた柄の先端まで描き切った。
お読みいただきありがとうございます。
連載中にこんなにブクマしてもらえるのは初めてです。
こころよりありがとうございます。