この星で生まれ来る子ども達に溢れんばかりの祝福を
プロローグ
わたし達のいる地球が存在する世界を含め、例外なく全ての世界の未来は簡単に分けて二つ。繁栄と衰退を繰り返して半永久的に増え続けるか無に還元されるかだ。
そんなことどうでもいいって?
確かに世界の最後は人間如きが観測出来るはずも無い。そういった事を踏まえれば確かにどうでもいい事に思えるだろう。
しかし生きている時点で君達も直接的に関わっているのだ。世界の一部として世界の行く末というものにね。どうでもいいなどと言っては少々世界が不憫だろう?
そこでわたしはこう考えてみたのだ。世界が存在し続ける事の意味と我々がこうして生きている意味は似ているのではないのか、とね。
この際なのでハッキリ言わせてもらう。
―我々が生きている事の本質に意味など存在しない―
生きようが死のうがどっちみち世界全体の重みは変わらないのだからね。
誰しも一度くらいは自分の生きている意味について考えるのでは無いだろうか?
わたしの出した答えは
「生きる事に価値は存在しないが、生きている事や死んだとしてもそこに意味を見出すことは出来る」
というものだ。
逆に言えば生きている事の価値は自分達でしか決められない。認識されないと存在できないのが我々で、他人が居ないと存在できない存在が我々である。なかなかロマンチックだろ?
それと同じく世界の存在にも本質的には意味は無い。しかし内に存在する我々によって価値を持つことが出来るのは我々と同じ。他が居なければ意味を持てない。ロマンチックだと言ったがそれはとても悲しいことなのかもしれないね。
しかし前述した本質的に価値を持たない世界はわたしにとって自然発生した世界の事を指す。
逆説的に自然発生以外の方法で誕生した世界も存在する。所詮創造神と比喩される存在が創り出した世界だ。それらの世界は生まれた時には既に創造神によって価値を与えられる。
最初の神は自らに意味や価値を与える事ができる存在だ。つまり始まりは神と定義できる。もちろん始まりだけが神ではない。他が居ることで莫大な価値を持った存在も神になれる。
よって世界は価値を持った存在ならば創り出すことができるのだ。創り出すことが出来るからこそ価値がそして意味が生まれるのかもしれない。こればかりは卵が先か鶏が先かだ。
価値を持つ世界は意味を持ち、やがて価値を生み出す。
故に意味を持ち価値を生み出せる存在。つまり生きている事に意味を見出そうとする我々の事だ。
ほら、我々は密接に世界に関わっているだろう?世界の行く末を知る事で我々がどこへ向かうのかも分かるというものだ。
「投げやりな考えで悪いがわたし達の生きる意味は結局のところ自由だ。家族、友達、パートナー、子ども、親、世界、神様、自分でもなんでもいい」
「じゃあ神子様のため!」
「わたし?まぁいいのではないかな。ちなみにわたしの生きる意味は神のためだ。あの方のためにわたしは動くし生きるし死ぬ。あの方がこの世界を守るというのなら命を懸けて守る。例えこの世界にわたしが価値を見いだせていなくともね」
「ほぇー」
幼子達の面倒を見るのはなかなかに癒される。わたしはこういったまったりしているのが好きなのだ。しかしどうやら来客の様子。
あちらこちらからサイレンの音が聞こえる。旋律からしてそこそこの邪使が顕現したようだ。対応に行かねばなるまいて。
「さて、わたしは生憎お仕事の時間の様なのでお別れだ。皆よく学び立派な巫女になりなさい」
「「「はい!」」」
「ではな、」
地下シェルターから出たわたしは和の雰囲気を漂わせる神社の境内に出た。東側から煙が上がっているのが見える。おそらくあそこが発生源だろう。
「報告!現在城塞都市東区画二番地第二大通りにて邪神の使徒と思われるエネルギーが発生。発生源は未特定ですが半径約50メートルにいた市民十数名を取り込み大型化したとの事です」
「了解した。直ちに大東亜帝国東京都政に協力を要請。進行ルート上、半径5キロメートル以内に居る市民に対して避難誘導を開始。対象の進路確定とともに攻撃を開始する」
「了解であります!」
本殿地下に配置されたラース東帝域統合作戦司令本部では早急に状況の確認が行われていた。
「対象の情報を」
「確認されたサイズは高さ10メートル程度の巨人形、推定脅威度は3、特殊能力は確認されていません。現在我々のいる中央本殿をめざして西南西に時速10キロメートルで侵攻中。進行ルート上の市民の避難完了までおよそ180秒といった所です」
「脅威度3、並の巫女10人で相手取って4人が殺られる相手・・・」
「それでも結界破りのための下っ端か」
「おそらくそうでしょうね。奴らの親玉は結界で干渉できないのでその起点となる結界石を破壊するためにこうするしか無いのでしょう」
「その下っ端相手でも毎度毎度何人も犠牲者を出している。奴らの目的は十分果たせるのだろうな」
スクリーン越しに見える巨人は何人もの人間を乱雑に捏ねて人型にしたおぞましい容姿をしている。それは見るもの全てに嫌悪感と恐怖を与える。
「報告。東地区目標間の市民の避難完了」
「了解した。『境司る巫女』に出動要請!観測部隊は直ちに安全圏まで退避せよ。絶対に巻き込まれるなよ!」
指揮官は気を引き締めようとするがオペレーターは職務中にもかかわらず今この国に来ている巫女の話で持ち切りだ。
「しかし今回は彼女が居るから余裕だな」
「なにせ強者が多いと言われる空間系能力持ち。僅か十歳にして歴代最強の巫女と呼ばれる圧倒的エネルギー量、七神ガイアの娘として神子と呼ばれるカリスマ」
「大陸のこんなに東の果てによく来たものだ」
「お前ら、安心するのはいいが絶対も無いのだ。シャキッとしろ」
「「「申し訳ありません!」」」
「始まるぞ」
スクリーンには大通りを越えまっすぐ倉庫街を進んで来る邪使とそれを見下ろす形で空に浮いている少女が映っていた。少女の目や頭髪は美しい銀色。風で服が靡き、髪は燦々と輝く太陽の光を受けて輝いている。建物を気にせず破壊しながら突き進む邪使を見下ろすその目に先程までの慈愛に満ちた温かさや感情は感じられず只々見つめるのみ。
「脅威度3・・・神剣は必要ないか」
「フゴゴゴゴゴゴ」
「何を言っているのかさっぱりだがわたしのやる事は変わらん。犠牲になったそヤツらの魂は返してもらう。『転じるは魂の煌めきと残焔の心』」
邪使に向けて少女が手を翳してつぶやくとその醜い肉体からいくつかの光が飛び出して少女へと飛んでいった。邪使から飛び出した光は真っ直ぐ少女の翳した手に吸い込まれるようにして消えて行く。
「随分と吸い取った様だな。わたしは特に思うことが無いのだが、生憎わたしの主はこういった行いが大嫌いでね。さっさと消えてくれ」
少女がタクトを振るように人差し指を振り下ろすと、邪使は光り輝く透明な壁で囲まれて身動きが取れなくなる。神力の結界だ。内側にいる邪使は末端から徐々に分解され浄化され始めている。
そこから更に少女がキュッと拳を握る動作をすれば結界内部の神力と邪使が圧縮され眩い光を放って瞬く間に消滅してしまった。
「目標の消滅を確認。わたしはユーラシア本部に戻る」
「移動手段を確保しますか?」
「必要ない。転移で行くので通達のみよろしく頼む」
「了解」
そう言い残した少女は瞬きをする合間に消えてしまった。
「圧倒的だったな」
「ええ、わたしは今回初めて拝見させて頂きましたがあれ程とは」
「推定脅威度3の邪使に巫女の犠牲無しで対処出来てしまうのは規格外だよ」
「私語は慎め。それよりも今回犠牲になった市民と街の被害状況の把握を急げ」
「「「了解!」」」
次に少女が現れたのは先程の街の遥上空の高度三万フィート。空気の薄さや気圧の低さ、気温の低下程度では彼女に影響を及ぼすことは出来ない。
「相変わらずクレーターだらけで醜い星ね」
寄ってきた数体の邪使を消し飛ばし少女は呟いた。上空から一望できる景色にかつての青い地球の面影は無い。海は干上がり陸地が増え、その陸地は邪使の攻撃で穴だらけ。唯一綺麗なのは結界に守られたあちらこちらに点在する都市のみ。それが余計に汚く見せるのでなんとも言えない。少女にとっては生まれた時から変わらないのだが。
少女に名は無い。周囲の人間は『境司る巫女』『地神の娘』などと呼び恐れ敬われている。彼女は己が信じる神のために戦う巫女の一人だ。