第九十話◆
第九十話
この寒い中マンション前でコートを着ている男性がつったっているとなんとなく不審者ではないかと考えてしまう。泥棒か、変態か……さて、どちらだろうか?実際はどっちでもないわけだけどね。
「やぁ霧之助君……元気にしていたかな?」
「ええ、元気でしたよ」
まるで腹の探りあいのような目をお互いしながら(いや、事実そうなのかもしれない)自然な流れで握手をしてしまう。握手なんて片手間でできるものだ、両手で握手をしなかったらきっと握っていないもう片方の手には違うものを握っているかもしれない。いや、それ以前に父親と会って握手なんてするものだろうか?
疑問を持ちながらも自然と出てしまった右手で相手の右手をにぎにぎする。
「悠子も元気だったかな?」
「ええ、元気だったわ」
無感情の声質はいつものことで笑うことなくじっと父親を瓶底眼鏡の奥から凝視している。あの目でじっと見られていると心の奥底まで見透かされてしまいそうな錯覚に陥ってしまったりする。
どうやら父さんもそんな感じなのかさっと目をそらしてこちらのほうへと視線を動かした。困ったような表情をうかべながら財布を取り出した。
「実はこれから花江ちゃんに頼まれている買い物をしてこないといけないんだ……霧之助君、一緒に来るかい?」
「あ〜……僕は……」
遠慮しますといいそうになったが悠子にマフラーを掴まれる。目なんて見る必要もなく答える応えは唯一つ!
「……ついていきます」
「そうか、それはよかった」
ふっと笑った悠子に苦笑するしか僕はできなかった。そして、と、父さんもそんな表情をしていたのだった。
――――――
「悠子とはケンカとかしていないかな?」
「ケンカですか?」
「そう、ケンカ」
特売と書かれている豚肉の細切れをかごの中に入れながらそんな話をする。父親だからやはり娘のことが心配なのだろうか?
「いや、一回もしたことありませんよ」
「そっか……一度してみるといい。ああ、殴り合いの喧嘩じゃなくて口ゲンカのほうだけどね」
「?」
「あの子に勝てたらすごいことだよ……中学一年生のころから正論ばかり並べられてどうしようもなかったからね……適当な言葉では論破されてしまう相手だ」
実感のこもった言葉だった。それを聞いて尚僕は悠子に口ゲンカを求めたりはしない。勝てない勝負を僕はしないほうだから。
「わかりました、肝に銘じておきます」
「まぁ、君と悠子は仲良くやっているようでよかったよかった」
肉を吟味しながらそんなことを言う。まぁ、僕も同じように肉を見ながら離しているのだが。
「当初は一緒に住ませるとよくないんじゃないかなって思ったんだけど花江ちゃんがどうしても住まわせて欲しいっていってね……知ってるかな?悠子は由美子のことを嫌っているんだ」
「知ってます」
「そっか、知ってるかぁ……父親ながら理由はわからないんだ。聞いても教えてくれない……霧之助君は知ってるかな?」
「いえ、残念ながら理由は……」
はっきりとした理由は聞いていない。どこかはぐらかされたような感じしか知らないのだ。
他に買うべきものを買ってお使い終了。ちょうどスーパーから出るときには灰色の空から雪が降り出していた。
「…おや、雪が降ってきた……珍しいね」
「そうですね、近頃は温暖化が叫ばれているって言うのに」
毎度毎度は嫌かもしれないが、たまにならこんな風に買い物をしたっていいのかもしれない……
一度はつけたい夢日記。怖い話でも聞いたことがあり、そのときはどうやら夢のことも日記として書いてしまうと脳みそがそれをいつまでも覚えておいてしまうそうです。脳みそが普段の二倍で稼動し(夢のことも覚えてしまうため)、いずれそれが実際に起こったことと誤解されたりするそうです。現に、雨月も一日だけ夢日記を書いたことがありますが、そのことを今でも鮮明に思い出せています。挑戦する方、十分気をつけてください。え?挑戦しない?おっしゃるとおりです。もしもつけてるよ?という人がいましたらご連絡お願いしたいと思います。さて、気がつけば第九十話となっておりました。前回次は第九十話ですねといえなかったことが悔やまれます。ああ、なんともまぁ悲しいことなのでしょうか?しかも、予定としてはあと四話で区切りを迎えてしまうのです。今こうやってだらだらやれるのもあと四話分だけ……大げさですかね?感想評価ありましたらよろしくお願いします。ああ、もちろんわからないことでもオーケーです。九月十五日火、八時四分雨月。