第七十五話◆
ゴールが見えたら後は突き進むのみ!
第七十五話
百合ちゃんの家に結局泊まってしまい、次の日も着の身着のまま登校。特に怪しまれたりもせず、想像していたような事は一切なかった。逆に驚く今日この頃。
そんな一日が終わってなんとなく久しぶりと感じてしまうアパートへとたどり着くと東結さんが笑っていた。買い物帰りのようでスーパーの袋を持っている。
「あら、間山霧之助さんは帰ってきていたんですね?」
「……東結さん、そういえばあなただけ何もなかったんですよね?」
僕らは停学になり、あちらの不良たちも停学だ。しかし、この人が真の首謀者であり黒幕といっても過言じゃないかもしれない。
「ええ、まぁ……わたくしが今度問題を起こせば見事に退学です。そうなってしまった場合は死ぬまであなたのお隣をやり続けなくてはいけないことになります…それでもいいというのなら、どうぞ真実を太陽の下にさらしたいのならさらせばいいのでは?」
「……」
そういわれては何もできない。完璧な脅しだ、これは。まだまだ命は惜しい。きっと東結さんにたてついたらおなかの上にカブトムシとクワガタを乗せられてしまうに違いない……
「やめておきます」
「あら、そんなにわたくしが隣にいることに問題でも?」
「いや、まぁ……そういう意味じゃありません」
「じゃあ、どう意味でしょう?」
「さ、さぁ?」
怖い怖い笑みをうかべながら近づいてくる東結さんに愛想笑いを返す。そんな笑いが通用するかどうかわからなかったがなんとか耐えることはできた。
「まぁ、いいでしょう。お隣さんのよしみで今回は見逃してあげます」
「次は?」
「……夢の中にまでわたくしが登場してしまうような、そんな過激で素敵な地上の地獄を見せて差し上げます」
にこりと微笑むその後ろに悪魔が笑って見えたような気がしてならなかった。
―――――――――
文化祭が終わると中間テストである。そして、今回もまた僕らのクラスは燃えていた。
「よし、じゃあ今回の『萌えないけどめちゃくちゃ燃える黄銅猛のイラスト入り予想問題集秋の陣、前半』を配るから」
「え?以前はそんな題名だった?」
そういうと首をすくめる。
「過去を気にしてちゃ何もできない……自転車だってこぎ続けないと止まっちゃうだろ?時代は最先端。めげずに蒼空へと向かって羽ばたかなければ若人は老人になっちまう」
停学食らって頭がおかしくなったのか、それとも拾い食いでもしたのだろう。もしかして、脳内にちょっとやばげな昆虫が住み着いたのかもしれない。ヴァルサンを口の中に放り込んでやろうかなとも思ったのだが、あいにくヴァルサンは人に使ってはいけないのである。
話し変わるが今回も貰っていないのは僕と百合ちゃんだけ。まぁ、いつもの通りだ。
テストの時期になると目の下にクマが住み始める百合ちゃんももう恒例だ。誰もいない校庭に向かって手を振る姿が嘆かわしい。
「……ほら、霧之助……こっちに手を振り替えしてる」
「百合ちゃん、見ちゃ駄目だよ」
「……ああ、おいでおいでしてるし」
立ち上がりそうになる百合ちゃんを何度止めたことだろうか?中間テスト一週間前にはもはや口数も少なくなりご飯もゼリー類しか採っていないようである。実に心配だ。
お昼休みは勉強。授業中居眠りしても寝言は数学の方程式……受験生じゃないのにこの気合だから怖いものがある。
「……プチプチつぶしたい」
そして今はこんな感じ。ありもしないプチプチを一生懸命つぶしているのである。
「悲壮感漂うな」
「そうだね、きっと受験ノイローゼってこんな感じなんだろうね?」
「ああ、いずれ脳内に小人が住み始めたとかいいはじめるぞ」
「……注意して見守ってあげなきゃいけないね」
これで今回も満点だ〜とか言っている連中に百合ちゃんの苦労を背負わせてあげたかった。
―――――――
「ただいま〜……」
「お帰り、お兄さん」
悠子がエプロン姿で夕飯を作っているようだ。
「お帰り、霧之助」
「悠……どうしたの?」
「ちょっと近くによったからたまたまきてただけ」
「そうなんだ」
最近悠子が悠に対して若干だが優しくなったようでもある。つんつんとした態度だった悠子も丸くなってきていたのだろうか?
血は繋がってはいないがなんとなく兄としてはうれしい。ぐるぐる眼鏡の奥にある瞳だって心なしか優しくなった気がしないでもない。まぁ、物理的になら整形すれば可能だろう。
「そういえばそろそろ中間テストじゃない?霧之助、テストは大丈夫なの?」
「ばっちりさ……とは言いたいけどそれなりにはいけると思うよ?」
「そっかぁ、あたしがずっと教えてあげてもいいんだけどどうやら人に教えるの苦手みたいだから」
彼女に教わったものたちはそれはもう悲惨な結果をたどるというのを覚えているだろうか?いや、もう忘れてしまったに違いない。どうせ人間の脳なんて普通の生活をしていたら一週間前に食べたものが何だったのか覚えていないのが普通なのだから。
「いいよいいよ、気にしないで……」
「あ〜そうだ、あたしが写真とって拝んであげるよ」
写真という言葉に反応してか味噌汁を作っていた悠子が振り向いた。
「写真?撮る必要なんてないんじゃないの?あんたの部屋には……」
「ちょっと!霧之助はそこに立ってくれる?」
悠子の言葉をさえぎるようにして悠は大声を出して僕を立たせた。そして、かばんの中からカメラが顔を覗かせる。
「毎日毎日あたしが拝めばきっと学力向上も期待できるわよ」
危ない宗教的においがしないでもないが、心からそう思ってくれているのだろう。
「そうかな?それなら一緒に写ったほうがよくない?そっちのほうがご利益期待できるような気がするんだけど?」
「……そ、そうね。そっちのほうがよさそう……悠子、悪いけどシャッター押してくれる?」
僕の腕を軽く抱いてピースサインを作る。
ぱしゃり
「あの、悠子押すタイミングが早くない?」
「自然体のほうがいいんじゃないの?ああ、それとついでに私も写っておくわ。そっちのほうがお兄さんの学力アップに貢献できるかもしれないから」
なるほど、確かに言われて見ればそうである。
「じゃあ、悠、お願い。いやとは言わないわよね?」
いつものように無表情でそういう。僕にぴったりとくっついてピースサインをすることもなく、笑顔を向けることもなくただ寄り添って立っているだけのような気がしてならなった。
「……しょ、しょうがないわね」
多分、現存された写真では僕の苦笑と悠子の無表情がなんともいえない味を出してくれているに違いない。