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第五十三話◆

第五十三話 番外編

 夏休み、終わりの一週間は出された宿題を片付けていないものたちにとってはラストスパートをかけるか、あきらめて遊び倒すかという二つの選択肢が残されている。

 夏休み、終わりの一週間前に全ての宿題を終わらせている勝利者たちは謳歌するための残り一週間である。

 飛び級生徒である野々村悠はすでに(七月以内に)出されていた課題、そして特別課題も終了させており今日は友人である間山霧之助の家、正確には住んでいるアパートの部屋を目指していたのだった。

 彼女が間山霧之助の住所を知るのにわざわざ教師に嘘をついた。間山霧之助には間山悠(以前は違う苗字だった)という義妹がおり、その子も飛び級生徒なのだ。その子と勉強の話がしたくて、自分は引っ込み思案だから家に遊びに行きたいといえないと教師に言ったのである。

 実際のところはまったく違うのだが。

 とにもかくにも、最近野々村悠は間山家に来ているのだがあまり霧之助には会えていないのである。ちょうど用事があっていなかったり、隣町のスーパーまで買出しにいっていたりといったことが多いのだ。ケータイで約束を取り付ければいいじゃないかと思うかもしれないが偶然を装いたいのである。

 さすがに誰もいなかったら帰るのだが大抵、というよりもこれまでいないことがなかった間山霧之助の義妹と会ってしまうのである。

 人を小ばかにしたような態度が中学のころから気に喰わなかったが今ではその人を小ばかにしたような態度が改善されたのか少々口の悪い偏屈者という印象を受けやすくなった。

「そんなところにぼけっと突っ立ってなくていつものように入ったら」

「あんたに言われなくても入るわよ。そこ、さっさとどいてよ」

 まぁ、こんな会話が二人の間でよく取り交わされている。おせっかいな霧之助が見たらまぁまぁと割ってはいるかもしれないが、放っておいても二人に火はともったりしないのである。

 今日も暑く、日中平均気温は三十度を超えるといっていたなぁと二人でニュースを見ながら悠は思い出す。

「……のど渇いた」

 ふと、そんな言葉が出てくる。

「………」

 しかし、ここに住んでいる悠子は無視してニュースを見ている。いつものやり取りだ。もう一度何か言ったら悠子は動く……そんな気がして悠は口を開く。

「のどが渇いた」

「……はぁっ」

 重い腰がようやく動いて冷蔵庫を開けて麦茶の入ったボトルを取り出し、どん!っと悠の目の前におく。それだけだった。

「え?何?直接のめって事?」

「……馬鹿?あなたいつも直接飲んでるの?」

 相変わらず人を怒らせるのがうまいいやな女だと思いつつ、当然のことを口にする。

「……だって、コップがないならそう考えるしかないでしょ」

「……コップぐらい持参しなさいよ」

「そんなことするならジュースかって来るわよ!」

「買ってくればよかったじゃない」

 ここで引き下がるのも嫌だったが仕方なく立ち上がってジュースを買いに行くことにする。何か適当に買ってきて一気飲みでもすればこのイライラは収まるだろうかと考えていたが、部屋を出ようとした矢先に悠子の声が聞こえてきた。

「あそこ、コップ入れがあるわ。そこからコップを取って飲めばいいじゃない」

「……いいの?」

「別にいいわよ。お兄さんがいたらとっくにあなたの前に冷たい麦茶が置かれていたかもね」

 別段感情のこもっていないようにそういって再びニュースを見始める。やれやれ、仕方ないかと思いながら少しだけ罪悪感を持ちながらコップ置き場を眺める。

「……」

 できるだけお客用のコップがいいだろうと思いつつ、探してみたが見つからない。仕方ないので無難な緑色のコップを手にする。

 コップをちょうど手にしたときに悠子の声がいきなり聞こえてくる。危うくコップを落としかけたが何とか落とさずに済んだ。

「待った」

「え?」

「それ、お兄さんのコップよ」

「……霧之助の?」

 なんとなく、うれしくなった。

「私、気にしないから」

「あなたが気にしなくてもお兄さんが気にするわ」

「え…………本当?」

 よからぬ不安が胸をよぎる。

そういえば何かと霧之助に迷惑と考えられても仕方ないことをやってきた気がしないでもない。野々村家の御堅い人たちもこの前の結婚式の練習みたいなものを嫌がってはいたのだが、礼儀がなっていないと霧之助に対していい感情を持っていなかったりする。あれから霧之助に家の鍵は渡したのだがあれから彼が悠の家にやってきたことは皆無である。

「あ、あのさ……霧之助、もしかして私のこと、嫌い……かな?」

 目の前の自他共に認めるライバルへとふと、そんな言葉をかけていた。今では霧之助の義妹であり、一緒に住んでいるために日常のふとした会話で、もしかしたら自分のことを言っているかもしれないと悠は思ったのである。

 ついつい、手の中の緑色のコップを強いぐらい握り締めてしまった。

「……あのね、私のお兄さんがそんなに簡単に人を嫌いになるわけないでしょ」

「え?」

 悠子は緑色のコップを悠から奪い、黒色のコップを手渡す。

「これ、私のだから……今日だけ目をつぶってあげる」

「……はぁ?あんたのコップ?」

「そう、のど渇いたのならさっさと飲みなさいよ。愚図愚図しないで」

「え、ええ……」

 妙な緊張感の所為で余計のどが渇いていたのだが、それよりも悠子のことが気になって仕方がなかった。以前とどこか違う気がしたのだが……気のせいだったのだろうか?

 その後、霧之助が帰ってくるまでいつものように無言。ニュースを見ながら高校三年生の教科書を二人で読み漁る。



―――――――



「お帰り、霧之助っ!!」

「悠、来てたんだ……」

 重たそうにスーパーの袋を二つ抱えた間山霧之助が入ってくる。悠子よりも先にお帰りと言えてなんだか勝てた気分になったのだが、悠子は霧之助が持っていたスーパーの袋を変わりに持っていた。

「ご苦労様」

「うん、ありがとう」

「……」

 ちらりとこっちを見た悠子がなんだか違う人間に見えて仕方がなかったが、気のせいだと割り切らせて悠はいつものように霧之助に話しかけることにしたのだった。

 真夏の暑い日だったが、霧之助がクーラーをつけたので少し、涼しくなった。


今回ようやく番外編です。どういったものにしようかな?と思って当初は悠子主役の番外編を予定したのですがアイデアが思い浮かばず駄目という結果に。本当は悠の写真の話にする予定が終わってみれば悠子と悠の仲のよいシーンだけ。でも、できたのにはほっとしてますとも。ああ、それとふと思ったんですけどタイトルに『2』とか『二章』とかつけるのやめたほうがいいと思うんですよ。だって、『2』ということは前作知ってないと駄目っぽいじゃないですか。前作が膨大な量だったらちょっと読む気力をなくしちゃうし。そういう理由で雨月の小説全てに『2』とか入っていません。二千九年八月二十八日土、九時四分雨月。

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