◇◇第二百八十二話◇◇◆:百合(後)エンド
百合エンド
「なぁ、今日は何の日か覚えているか」
「ん……もちろんだよ。今日は燃えるごみの……」
「燃えるごみの日とか言ったらど突くからなっ」
「……じゃなくて、生ゴミの……」
「生ゴミの日とか言ってもお前の結末はどれも同じだっ」
「……あ、えっと、その、初めて百合ちゃんと……」
「そう、私と……」
「エッチした……待った、まずは落ち着こうよっ。本当はわかってる、わかってるから」
「何がわかってるって……第一、嘘をつくな、嘘を」
「今日は僕と百合ちゃんが出会った日でしょっ」
「せ〜かい」
「何かもらえるんでしょうか?」
「その前に、言い訳を聞こうか……何で素直に答えないんだ」
「い、言い訳ぇ…あはは……何を言ってるの……いいわけだなんてさぁ……言っていいわけ……」
「何処から突かれたい、其処をピンポイントで突いてやるから」
「……正直に言います」
「よし、素直でよろしい……で?」
「……百合ちゃんのしょげてる顔がものすごく可愛かったらつい、やっちゃった」
「……ば、バカなこと言って……」
「バカじゃないよっ。百合ちゃんのそんなところに惹かれたんだから……だからさ、一生のお願い。これまでずっとちゃんとした関係じゃなかったからさ……僕の彼女になってください」
―――――――――
「しっかしまぁ、あれからいろいろあったもんだなぁ」
「そうだね〜……こんな風に公園でゆっくりしてるのが幸せだって思えるよ」
そこらを歩いている人に聞いたらカップルか新婚夫婦のように見える。まぁ、彼らは実際に新婚夫婦なのだからそう見えても仕方がない、というより当然だろう。百合は木漏れ日のさす方を眺めながらつぶやくのだった。
「けどさ……自分の夢捨ててまで私と結婚してよかったのか?」
少々しょげた感じで女性のほうは男性のほうを見る。
それだけが百合にとって心苦しいことだった。もしも男が自分の夢を手に入れてしまえば百合とは殆ど会えなくなってしまうのだ。男が自分の夢を叶えたその時、近くに百合の姿はないはずである。男がどちらをとっても自分は苦しむとわかっていた百合は男にどうして欲しいとついぞ言えず、ここまでやってきたのだから。
男は間の抜けた笑みを百合へとむける。
「夢なんて夜眠れば見れるよ。それにね、夢なら今だって見てる……あ、なんだか変な誤解してるでしょ。危ない人だぁってさ、違う違う、こうやって二人でゆっくりして、ぼーっとするの……くだらない夢かもしれない、人によっては自分の夢だけを見続けるかもしれない……だけどさ、僕の夢って百合ちゃんと一緒に夢を見ることなんだよ。すごく大切で、難しい夢」
そこまでまくし立てて男はしっかりと百合を見据える。その瞳の奥には真剣という文字がきっちりと刻み込まれている。そんな男だった。
「……自分独りでも夢は見れる。二人で夢見るほうがとっても難しい……そう僕は思っている……それに、二人の夢のほうが自分独りの夢より断然幸せそうだからさ」
頬が朱に染まっている男だがそのことをからかう余裕も百合にはなかった。自分だってきっと朱、いや、真っ赤だろう。
「そっか、そういってもらえると嬉しいな……」
ベンチの上におかれていた男の手に自分の手をそっと重ねる。温かみのある手だった。柔らかいというわけではないが、ほっとする……
「なぁ、ちょっと聞いたことがあるんだけど」
「何?」
小首をかしげて男が百合のほうを見る。
「手の温かい奴って心が冷たいって聞いたことがある」
ふと、百合はそんなことを口にする。
「もしかして霧之助はそんな奴じゃないよなぁ?」
「あはは……その話本当かも…だけど、僕は冷え性だから」
心は温かいよ?と首をかしげる男に百合はにやけた表情で尋ねる。
「じゃあ何でこんなに手が温かいんだ」
「わかってるくせによく言うよ……」
男は心底呆れていますと表現するかのようにため息をついた。
「わからないから聞いてるんじゃないか……何か間違っているのか?」
ぐぬぬ……そんなうめき声を男はあげるのだった。
「ほれ、言ってみろ」
「……わかった、わかりましたよぉ。ちなみに理由は二つあります」
元気よく声にする百合は悪戯な微笑をうかべながら男に尋ねる。
「一つ目は」
「さっきあんなこと言っちゃったこと、言ってて恥ずかしくなったから……冷え性だってたまには温かくなるさっ……」
「そっかそっか一つ目はなんとかわかった……」
じゃあ二つ目はなんでしょう。百合の瞳は男にそう問いかけていた。男の顔がさらに赤くなる。逃げようかと男は考えたのだがあいにく自分の手を握り締めているこの人はそれを許してはくれないだろう。
そういや、初めて会ったときも逃げたっけ。
男はそう考えて決意を固めた。
「……百合ちゃんがいきなり触ったからだよ!!」
「って、私らは中学生か!?」
百合は顔を真っ赤に染めて手を振りたくってなにやら考え付いたらしい。にやにやした感じで男に話しかける。
「じゃあ、質問だ!」
「今度は何?」
ずびしっと音が聞こえそうなぐらいに鼻っ面に人差し指を向けられた。
「ミーはユーのなんだ?」
「何で英語?」
「ほら、さっさと答える!」
首を真っ赤に染めながら後頭部をかく。
「……世界で一番愛してる……その、奥さんです……」
そこまで男は言ってからやり返そうと考え付く。
「じゃ、じゃあ僕は百合ちゃんの何なのさ?」
「全て」
百合は言い切った。そして、男は唖然としてそれを見ている。
「相変わらずすごいね」
「って、そこは突っ込むように!ぼけられたら私が困る!」
「ごめん」
「……」
「……」
沈黙だが重くなく、隣にいるのに背中を預けているような感覚すら覚える。百合は重ねた手を離さないようにしっかり握って今日言おうとしていたことをようやく口にした。
「……子どもの名前、何にしようか?」
「……え?」
男の顔が驚愕に染まる。固まる男に百合は一生懸命説明する。かくかくしかじかまるまるさんかく……
「知らなかった!」
「あれ?言ってなかった?」
「そんな大切なことを……おーい!父さんはここだぞぉ!」
百合の腹に引っ付くようにして男はまだ見ぬわが子に語りかける。すると百合は驚いたようにお腹に手を当てる。
「あ、動いた」
「本当!?」
嬉々とした表情で眼前にある百合の顔を見たのだった。
「う・そ♪」
「……悪質だぁ」
そんなやり取りを終えて、どちらともなく笑い始める。
「あ〜……さて、子どもの名前を考えますか!今ここで!」
「え?姓名判断とかに行くんじゃないの?」
百合は男の手をしっかりと握った。
「あのさ、子どもの幸せを願うのは親の本音……まだ生まれてないけど……だけど、自分の道は自分の手で切り開いて欲しい……素人がつけた名前じゃ字画とか悪いかもしれない、名前の事で後で恨まれてしまうかもしれない。それでも私はこの子に自分でしっかりと立てる子になってほしいから」
しっかりと視線を男の目に向けてそらすことなく、百合は言うのだった。そして、男も一度だけ頷いた。
「……わかった、だけど急に言われても簡単な名前しか思いつかないよ」
「何?言ってみ、教えてみ!」
「……夢」
「夢?ってさっきの話に出てた……」
男は一つ頷く。そして笑った。
「……夢ってさ、みんなが持ってるじゃん。どんな人でも。怠け者だってもっと怠けたい、もしくは働きたいって思ってるかもしれない。今よりいい状況を、幸せを夢見て欲しい。そして、一人の夢が他の人の夢とかぶることなんて殆どないから……夢って曖昧なものだけどそれだけいろいろな道があるんだ……どうだろう?納得してくれるかな?」
百合に話しかけている様子はなく、まだ膨らんでいるとはわかりづらい百合のおなかをさする。
「あ、動いた」
「う・そ♪はもういいよ……」
「今度は本当!どうやらその名前でいいって事みたい……」
「いやいや、否定の仕草かも」
二人してうんうん唸るがどうもこうもわからずじまいだった。まだ、おなかの中の赤ちゃんの気持ちを表す機械なんて存在していない。
「まだまだ夢見ごこちなんだろうね?」
男は百合を見ながら笑う。そして、百合は両手を叩くのだった。
「そうだ!夢見、じゃなくて夢美にしよう?自分の美しい夢が見れるように!」
〜終〜
――おまけーーー
「ああ、ほら、火加減が強すぎ」
「え、あわぁっ」
一気に火が燃え上がり、びっくりしたのかつまみを戻す。
「火加減って言うのはね、とっても大切なんだよ……ほら、めざしが拗ねて焦げちゃった」
「まるで母さんみたいだね」
「そうだね……」
「お母さ~ん、今お父さんがっ……むぐぅ」
「な、何も言ってないよ~」
「……ざ~んねん、聞こえてたわ」
「……さ、夢美……お料理のお勉強を……続けようか」
「私もするわ」
「え、百合ちゃんも……」
「そりゃそうよ、たまには料理を作らないと夢美に馬鹿にされるからね……ほら、へらへら笑ってないで夢美もちゃんと話を聞いてなさいよ」
「いたっ、いたっ……竹刀で叩かないでよぉ」
そんな幸せそうな家族は今日も料理の授業を受けるのであった。
今回の話は知っている人は知っていますし、知っていない人は知っていないかと思います。以前、百二十話がこれだったためにもう読んだよという人は飛ばしておいてください……というのは前書きでやるべきですね。ともかく、蓋を開けてびっくり。ハッピーエンドだらけになったということでよかったよかった。これ以上の伸びは見せられない気がしますし、最後まで人気でよかった……。




