◇◇第二百八十話◇◇◆:夏はやっぱりあれですよの里香エンド
里香エンド
海、海とは何だろうか……まぁ、霧之助たちの海といえば電車で三十分程度のところにある海のことだった。砂浜が綺麗で、海もまぁまぁ綺麗ということで結構大人数が遊びに来ている。まだ朝の時間帯といってもいい、だが、すでに太陽はまぶしいものでサングラスをよく見かける。
「……海だねぇ」
「そうだねぇ」
真っ白な砂浜、飛び散る飛沫、おね~さんの水着。それだけでもうおなかいっぱいの場所なのだ。へいへい、そこのねーちゃん。そんな声が彼方から聞こえてくる気がしてならない。はだしで砂浜を慌てて移動する子ども達もいるのだった。
そして、霧之助と里香も砂浜に素足を乗せて一生懸命足踏みする。
「霧之助っ、熱い熱いっ」
「僕も熱いよっ……」
「さ、さっさと水着に着替えてこようかっ」
そういってシャワー室をかねている場所へと里香は消えてしまう。霧之助も『男性用』と書かれた粗末なシャワー小屋へと向かうのであった。
ここまでやってきたいきさつを彼は思い出す。
――――――――
「海に行こうっ」
「はぁっ……」
夏休み半ば、三年生であれば大体が受験勉強をしている時間なのだが霧之助の住んでいるアパートへとやってきた里香はそんなことを言うのであった。
「何でさ」
「だって、夏だもん、暑いもん、泳ぎたいんだも~んっ」
まるで子どもだよ……そう考えるが、相手は考える余地さえ与えてはくれなかったりする。
「ねぇねぇ、一緒に行こうよぉ。一人じゃ寂しいんだもん」
「……雪ちゃんとかと一緒にいけばいいじゃん」
彼女の親友である宮川雪が頭の中に浮かぶ。だが、その考えは両腕をクロスさせてぶっぶーという里香によって打ち消されたのであった。
「残念ながら雪はこの夏休み、いないそうで~す」
「ええっ、何でっ」
何かあくどい考えをしている表情が浮かび、頭の中で手を振られた。
「外国に行くってさ」
「外国って……どこさ」
「知らないよ、お土産楽しみにしててって言われた」
それだけ言って再び『ねぇ、行こうよ~』と言って来たのだった。
「他の友達誘いなよ」
「他の友達み~んなっ、旅行かっ、試験勉強、もしくは部活動なのっ」
いつもはさっぱりした感じのボーイッシュな女の子なのだが今日に限ってしつこく食い下がる。
「はぁ……」
「ねぇねぇねぇねぇねぇ」
霧之助が立ち上がり、部屋を後にする……と、もちろんついてくるのであった。
「何処行くのっ」
「トイレだから、ついてこないでよ……」
「う~ん、じゃあさぁ、ついて来ないって約束するから海、行こうよぉ」
「……」
「……」
終始、にらみ合いが続き……
――――――――
「はぁ、僕ってまだまだ甘いんだなぁ」
結果は霧之助の敗北であった。ついでに言うのならば昨日の今日でやってくるとは思いもしなかった。
海水パンツに着替え終わり、熱を帯びた砂が生息する場所へと移動する。右を見ても水着、左を見ても水着ギャル……上を見上げれば容赦のない太陽光線。
「ま、いいか」
目の保養にはなるからなぁ……そうつぶやきながら準備体操を始める。
「お待たせ~……」
背後から聞きなれたそんな声が聞こえ、霧之助は振り返った。
「……競泳水着、相変わらずよく似合ってるね」
「あはは、やっぱりそうかなぁ……あたしって言ったら競泳水着、だもんねっ」
にこっと笑うその表情は相変わらず元気で夏娘という異名をあげてもいいかなぁ、そう思える霧之助であった。
「あ、あ、今あたしの水着姿に見とれてたでしょ~……霧之助の、え・っ・ち♪」
「……そんなわけないよ」
まぁ、平均的に出るところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる。運動もしているためにびしっと引き締まってもいるので見るに耐えないというわけではない。しかし、見ていて目の保養にはならないが元気はもらうことが出来る。
あからさまにはしゃぎながら準備運動をし始める里香を放っておいて霧之助は白い波打ち際へと歩き始めるのであった。
「待った待った、先にあたしが入るんだよ~」
そういって隣を夏の風が吹きぬける。とうっ、そんな声とともにすばらしいフォームで海中に入り込むも……ちょうど波が引いてしまったために浅瀬になってしまった。
「あいたたた……」
「お先に~……」
鼻をこする里香を尻目に今度こそ霧之助が海へと入り込む。
「ああっ、もって行かれたっ……これでも喰らえぇっ
里香は両手いっぱいに水をかき集め、それを霧之助に放つ。
「冷たいっ……この、このっ、やったなぁっ」
それに応戦し、霧之助も海水を掛け合うのであった。きっと、ここだけを見たら受験を控えている受験生には見えないこと間違い無しだ。まぁ、わざわざ海に来てまで勉強をしている人たちはいないであろうが……
――――――――
「じゃ、お昼にしようか」
「うん、そうだねぇ」
散々遊び倒して(ちょっと遠くに見える島まで泳いで戻ってきた、見知らぬ人とビーチバレー、霧之助は負けて首の下まで埋められてしまった)少しは満足したのか里香が近くの海の家へと向かっていく。
「暑いなぁ……」
日差しはもう少しで上へと上りきるだろう。紫外線だってきついに違いない。日焼け止めを塗っているが効果はちゃんとあるのだろうか……
そんなことを考えながら、霧之助は里香の後を歩く。歩くのが速いのかさっさと先へ進む里香と比べて霧之助は辺りを未だにきょろきょろしていたのだ。
やはり、先ほどよりも人が増えていてとても楽しそうであった。
「……」
来年もまたこうして里香と一緒に海水浴に来ることが出来たら楽しいのだろうか……霧之助はふと、そんなことを考えて……
「ほぅら、何ぼーっとしてるの……」
里香に手をつかまれていたのだった。
「何々、どうかしたの……まさか、熱射病かな」
困った風に眉をひそめ、覗き込んでくる。
「え、ああ……いや、そんなんじゃないよ」
なんだか、心の奥底まで見られて、見られてしまったらからかわれるかもしれないと思って霧之助はかぶりをふる。
「ふぅん……それならいいんだけど……夏の日差しは危険だよ、熱射病対策とかはちゃんとしないとねっ……ともかく、休憩も必要だからあっちに行こうよ」
屋根もあるからさ……そういわれ、霧之助は引きずられるようにして海の家の一つへと連れて行かれたのであった。
まだ他の人たちは遊び足りないのかもしれない、あまり客はいなかった。平日なのに寝転がっているお父さん達以外は乏しく、決まってビールがそこらの台には置かれているのだ。きっと、最高にうまかったのだろう……それを物語るようにあちらこちらからいびきが聞こえてくる。
「何も……こんなところに来なくてもよかったんじゃないかなぁ」
焼きそばをすすりながらそんなことを吐き出す。
「他はなんだかうるさくてさ……ここはなんだか落ち着いちゃって」
そうだろうか……霧之助は首をかしげるのであった。おっさんのいびきしか聞こえてこないし、充分うるさいと思うんだけど……
それを察知したのかどうかはわからないが、里香は苦笑する。
「まいふぁーざーもこんないびきして寝てるからね。なんだか、落ち着くんだ」
「へぇ、そうなんだ」
頑固一徹といった感じの親父さんを思い出す。いまだに、商店街を通り抜けるとき、買い物に行くときは戦々恐々と言った状態である。
「うーん、さ、食べ終わったし……ちょっときゅ~けいっ。寝ていいよ、あたしが許すから」
そういって引かれていた茣蓙の上に寝転がる。そして、すぐさま他のおじ様よりもかなり低い寝息をたて始めるのだった。
「……やれやれ、里香がさらわれちゃったらどうするの」
そういって、霧之助はぼーっと、里香の寝顔を見続ける。穏やかなその寝顔は……おきているときのそれとは段違いで可愛く、短い髪が似合っていた。
「……まったく、無防備なんだから」
そうつぶやきながらも霧之助はちゃんと見張っておこうと残りの焼きそばをすするのだった。
――――――――
「ぬにゃっ……」
そんな声を出しながら高畑里香は目を覚ました。すごく、幸せな夢を見ていた気がする……目をこすり、自分が見知らぬ天井を見ていることに気がついて何処にいるのかようやく思い出した。
「あ、起きたんだ……よかった、夜まで寝ていたらどうしようかなって思ったよ」
そういって笑う連れ人の顔をぼーっと眺め、今度はざざーん、ざざーんと繰り返し音のする方向へと目を向ける。
沈み行く、夕陽が美しいとはこのことだった。
「……え……あれ、もう夕方……」
「うん、夕方だよ。あれから眠って起きなくてさ……途中から大の字、大いびきで店員さんからにらまれるし、他のおじさんたちはもう別の場所に行っちゃったか、帰っちゃったよ」
苦笑しながらそういっているが、どうやら嘘でもないらしい。自分達のほかにいる客は稀であり、しかも端のほうへと退散している。よほど、うるさく寝ていたのだろう。
「それにさ、霧之助ぇ、霧之助ぇごめん、ごめんよぉ……って何度も何度も僕の名前呼んでさ……ぷぷっ、何何、そんなに僕に負い目でも感じてたの」
実に面白そうにそう笑っていた。なんだか、ものすごく恥ずかしい気分になって立ち上がる。
「……もうっ、起こしてくれてもよかったのにっ」
「ごめんごめん、あんまり可愛い寝顔で寝ていたからさ……起こすのを忘れて見入っちゃってたよ」
笑ってそういわれる。
「そ、それなら尚更だよっ」
「今度からは気をつけるよ」
ずっと寝顔を見られていたのかと思うと恥ずかしくて仕方がなかったがとりあえず、帰る準備をするしかないようだった。今から海に入る気にもおきないし、恥ずかしくて霧之助と話すこともあまりしたくはなかった。
「じゃ、帰ろう」
「うん、そうだね……」
やれやれ、やっと帰ってくれたか……そんな店員の表情に二人は気がつかなかった。
―――――――――
帰り道、駅前。幾分の疲れを背負った顔と、いまだに元気いっぱいといった表情がそこにはあった。
「ん~……帰ってこれたっ」
「そうだね…」
身体をゴキゴキとならしている里香の隣では思い切り背伸びをしている。ふと、里香は気になって霧之助のほうへと顔を向けるのであった。
「ん、どうかしたの」
「えっとさ……いまさらだけど、本当にごめん」
そういって、頭を下げる。頭を下げられた霧之助は目を白黒する。
「え、な、何で謝ってるの」
「だって、無理やり連れて来たんだもん。そしてさ、お昼からずっと寝ちゃってるし……あのね、いいわけになっちゃうけどあたし、昨日あまり寝てないんだ」
「えーと、何でかな」
水泳をしていた身ならば、泳ぐことが如何に疲れるかを知っているはずだろう。それなのに寝ていなかったとは何故だろう……霧之助には到底、想像できなかった。ちなみに、霧之助は寝坊してしまい、里香の訪問が目覚ましとなっている。
「すっごく、楽しみにしてて……もちろん、霧之助と一緒に行くことが、だよ……それで、ぜんぜん眠れなくてね」
「まぁ、いいよ。充分楽しかったからさ」
「本当……嘘とか、ついてないよね……」
心配そうに覗き込んでくる里香に霧之助は首を縦に振る。
「うん、ついてないよ。また、来年来れたらいいなぁって思ってるぐらいだから」
「そっか、そんなに……」
そういった後、少しの間だけもじもじとする。霧之助の脳内で今晩のおかずを決める会議が始まり、終わりを迎え、デザートをつけたいというテロリストの登場時にようやく里香が発声する。
「あ、あのさ、霧之助はあたしといって楽しかったっていったじゃん」
「うん、言ったね」
それがどうかしたのだろうか……そう思って霧之助は首をかしげる。
「やっぱり、雪ちゃんといったほうがよかったかな……まぁ、残っているのが男友達の僕だからね。メンバーはどうしようも……」
ないんじゃないかな、そういい終える前に里香が口を開く。
「ううん、そうじゃない、霧之助は……ほかの子と一緒に海に行くよりも、あたしといったほうが楽しいって言える……かな」
最後はかぼそく、夕陽に消えた。霧之助はしばしの間口を閉ざし、夕陽を見るでもなく、里香を見るでもなく……非常に変な表情をしていた。
「……変な顔」
「いや、今そういうことを言わなくても……こほん、僕は、楽しかったよ」
その顔が朱に染まっていることを里香は気がつかなかった。だが、いつもの霧之助とは違うことを感じていた。
「それでいいじゃん。里香が楽しかった、僕が楽しかった……何も問題点はないんじゃないかな……僕はそう思う」
そういい終えた後に『また……今度ね』と残して去ろうとする。だが、その背中を言葉が引きとめた。
「え、で、でも……でも、あのね、あたしはなんだか……その、霧之助が一番あたしといて楽しかったって言ってほしいんだ」
「……」
「我が儘って言うか、自分勝手かもしれないけど、あたしは霧之助と一緒にいる時間が楽しい。こう言ったら雪に起こられちゃうかもしれないけど、雪より霧之助と一緒にいたほうが楽しいし、嬉しい……あたしじゃ、霧之助には……役不足かなっ」
声はあっという間に霧散し、雑踏がそれを跡形もなく消し去った。誰にも変えることのできない時間の流れは夕焼けを更に沈ませ、夜にしようとしている。
「……ぜんぜん、役不足なんかじゃないよ」
振り返って、そういう。
「また、来年一緒に来ようよ……それじゃ、ちょっと遠いね……あのさ、卒業式の日に一緒に何処かに行こうか」
「え……」
「これからさ、二人でいろんなところに行こうよ。僕も、里香と一緒にいて楽しいから」
「……」
少女は、自分が泣いていることに気がついた。
「え、あれ……」
「……じゃ、帰ろうか」
涙に濡れた手を掴み、霧之助が微笑む。遂に、我慢できなくなってその胸へと飛び込んで、額を押し付け、泣きじゃくる。
何事か、そんな感じで一組のカップルを見やる人たちだったが自分達がお呼びでないと、もしくはよくやるよといった感じで再び離れていく。
それから数分後、一つの大きな影が商店街へと向かい歩いていく姿を他の人たちはほほえましそうに見送るのであった。
さて、いかがだったでしょうか。以前のエンディングと同じように誰か一人でも感動、笑わさせれば成功ですよ。そういえば以前、このまま次のハピエンを続けるといっていましたが悩んでいます。最初からにするか、保健室の先生となった霧之助の話を書くのか……悩みますね。ま、ともかく……エンディングのほうを考えるとしましょう。その間に結論は出るかもしれませんし。さて、次はあいつのエンディングです。もう、ヒロインは全部終わっちゃいましたし(二人いたような、いなかったような……いや、あれはもう黒歴史ということで)このハピエン裏の主人公、黄銅猛のその後ということで。一月三十日土曜、二十三時十二分雨月。