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◇◇第二百七十五話◇◇◆:百合(前)エンド

百合エンド



「……えっと、気がついたら好きに……いや、ちょっと違うかなぁ……」

 比較的清潔に保たれている部屋で宮川百合は頭を抱えていた。部屋に置かれている家具はタンス、ターンテーブルに机、本棚程度。布団は押入れの中に収納されている。

よく言えば整理整頓のされている机、悪く言えば教科書が全く立てられていない机に座り、彼女は悩んでいるのだ。

百合を悩ましているのは白紙の便箋である。近くに置いてあるゴミ箱代わりのダンボールの中にはいがぐりのような便箋が一面を敷き詰めているのだ。進路先まで決まっている春休みはいつもより長いためにすることがないと逆に苦痛である。

そういった理由ではないが、卒業式にも結局告白できなかった宮川百合は想い人へとこの形容しがたい心を聞いてもらうことにしたのである。しかし、電話するのはさすがにどうかと思われたのでこうやって便箋を前にして悩んでいるのである。

その姿はさながら、ネタに詰まってしまった漫画家、小説家のような気がしないでもない。

「……今時ラブレターとかないかなぁ……」

 自分で決めたことなので、諦めるかどうかを決めるのももちろん、自分である。まず、書き出しから悩んでしまうのでどうしようもないのだ。

「……やっぱり、お元気ですか……から?いやいや、それじゃ私みたいじゃないような気がするし……拝啓……も、堅苦しいし……ラブレターってどうやって書くんだろ?」

 書いた事がない為にどうやって書けばよいのか、相手に好印象を与えるにはどうすればいいのかそれで悩んでしまうのである。

 好きだ。それだけ書いてやはり、丸めて捨ててしまう。

「……はぁ、やっぱりラブレターはやめたほうが良いかな」

 性にあわないな。そう決め付けて椅子から立ち上がる。捨てられた便箋たちに書かれている言葉はどれも似たようなもので好きだ、大好きだ、アイラブユー……そういったものなのである。どれも自分に似合わないそんな言葉……百合は乱暴に扉を開けて自室を後にするのだった。



――――――――



「姉さん、どうかしたの?」

「別に、どうもしてない」

「……とても不機嫌そうだけど?」

「ちょっと出てくる」

 ファッション雑誌を眺めていた妹の雪にそれだけ告げると家を後にする。さて、これから何処に向かおうか……ぼーっとしながらそれから歩くのだった。

「で、結局ここに行き着いちゃうんだよなぁ……」

 一つ、ため息。ここに居ないことは知っているのにぼーっと歩いて行き着く場所はとあるアパートの前。この前はうろうろしているところを誰かに通報されたのか警察がやってきてびっくりしたことがあった。

 乙女の恋路も警察沙汰になっては色々と大変である。

「……今ここに霧之助が居たら告白できるんだけどなぁ」

 そうぼやいてみる。深い意味はなかった、何も考えずにこんな言葉を言ってしまうので相当、好きなのだろう。

 そして、神様が居るのならば非常に物好きだった。

「あれ……百合ちゃん」

 後ろから何度も何度も夢の中で聴き続けた声が聞こえてくる。

「き、霧之助」

 其処には買い物袋を提げた一人の男が立っていた。優男というにはちょっとお人よし過ぎてクールというにはちょっと間の抜けているような……ともかく、恋焦がれている相手である。

「い、い~天気だな……」

「そうかな……曇ってるけど」

 そう切り返され、上を見上げる。なるほど、言われて見れば曇っている。

「いや、明日がいい天気になるって聞いたからな」

「えーと、天気予報では雨って言ってたけど……まぁ、明日の天気なんてわからないよね」

「そうだな……」

 ことごとく、はずしてしまう自分に嫌気が差したが、今はそれどころではないだろう。言った言葉は実際に行動に写さなくてはいけないのである。



『……今ここに霧之助が居たら告白できるんだけどなぁ』



 確かにそう言ったのだ。いつも心構えが出来たときには霧之助が他の女子と一緒にいるために完璧にタイミングをずらされてしまっていたが今回は大丈夫。右にも左にも、何処にも邪魔になるライバルたちは存在しなかった。

「あれ……きょろきょろしているみたいだけど……誰かと待ち合わせしてるの」

「いや、違う……あの、あのだな、この後時間あるか」

 不安げに訊ねてみると頷かれる。たった首を縦に動かしただけで自分の心が躍り狂い、ドックンドックンなり続けるのが嘘みたいだった。

「ちょっと待ってて……この荷物をおいてくるからさ」

「あ、ああ、ここで待ってるから早くしてくれよ」

 つい、嬉しくてつっけんどんな態度をとってしまう。気分を悪くされたらどうしようかと思ったがその程度で怒ることがないのが霧之助である。

「うん、すぐ来るから」

 そんな返事をしてアパートへと消えるのだった。



――――――――



 歳のわりにしっかりしているのか、それともこの程度が普通なのか百合にはわからなかったがすぐに霧之助はやってきた。

「で、何かな……」

「あ、こ、これから一緒に喫茶店に行かないか」

 これまた二つ返事でいいと答えてくれる。こいつ、悪いおっさんとかにほいほい憑いていってしまうんじゃないのか……そんな心配をしてしまう。

「どうかしたの」

「いや、別に……霧之助、言いたいことがある」

「何かな」

「……悪いおっさんにほいほいついていくなよと言っておきたかったんだ」

 首を傾げられたが一応、頷いてくれた。まぁ、大丈夫であろう。そんなことより今一番大切にしなければならないのはどうやって話を切り出すか、その一言に限る。

 これから喫茶店へと誘導、もとい、案内していいムードになって……

 百合はとりあえず神がいるのならば応援してくれるように頼んだ後、霧之助を引き連れて喫茶店へと向かうのだった。



―――――――――



 何故か、喫茶店ではなくファミレスにやってきたが些細な出来事である。そして、これまた不思議なことに二人しか居ないはずなのに三つもお冷を置いてウェイトレスが去っていった。

 そのウェイトレスをぼーっと霧之助が見ているために思い切り足を踏んでやる。

「いったっ……」

「あ、悪い……ちょっと足動かそうとしたらつい、力入れちゃった」

「……そ、そう……」

 その後、霧之助はなんとなくといった感じで窓の外へと視線を動かした。女子高生たちが楽しそうに外を通っていく。

「……」

 もちろん、このことについても霧之助に痛みをプレゼントしようと足を上げて、断罪するかのように振り落とすも偶然避けられてしまった。

「あ、そういえばもう僕たち卒業したんだよね」

「……そうだなぁ、そういや、私たちももう卒業してるんだったなぁ」

 避けられことに心で舌打ちをする。卒業なんてもはやどうでもよかったりするのだ。自分以外は基本的に年下のために殆ど接点もなかったし……クラスメート以外とは。

「そういえば、本当は私は去年が卒業だったはずなんだけどなぁ」

「……あ、そ、そうだったね……なんだか……ごめん」

「ああ、そのことについては気にしなくていい。私だってちょっと肩身の狭い思いをしたけど霧之助のおかげで退屈しない、楽しくていい三年間……いや、四年間を過ごせたからさ」

 それは嘘ではないし、そのおかげで色々と嬉しいこともあったわけである。

「もし……もし、私が霧之助に出会えていなかったら相当ぐれていたんだろうなぁ」

「……はは、それはあるかも」

 笑う霧之助の前に置かれているお冷に塩をぶち込む。

「あ、ちょっと……ごめん、言いすぎたかな」

「別に、事実だろうからなぁ……さ、百合特製塩水完成。死海にも負けない濃度だ」

 飲むだろうか……まぁ、飲む飲まないは関係ない。大体、ここに来たのは霧之助をいじるためではなく、告白するための布石にするためにやってきたのだ。いつものように馬鹿をやってはい、さようなら……では流石に芸がなさ過ぎる。

 しかし……しかし、どうやってそういった話に続けたら良いのだろうか。これが雪だったならばきっとうまくことを進めていたに違いない。

「ん……何か考え事しているの」

「いや……そういうわけじゃないんだが……」

「ずっとこっち見てるしさ」

 変なところで鋭いな……いつもはぼーっとしているくせに。ついつい、そんな悪態をつきそうになったが飲み込む。

「なぁ……」

「何かな」

 頼んでいたコーヒーが目の前に置かれ、霧之助の前にはジュースが置かれた。コーヒーなどはあまり好きではないようで喫茶店に言ったときなどに頼むものは大体ジュースである。

「……霧之助の女子の好みって何だ」

「……」

 押し黙る。どうやら考えているらしい。

「好み……女子の好み……ああ、どんなどんな感じの人が好きかってことか……あれ……前にもこんな話しをしなかったかな」

「どうだろうな……ともかく、答えて欲しいんだ」

 ちょっと真剣な顔をするだけでぼけなくなるのが霧之助である。真面目な顔つきになるとやはり、格好良い。普段ボーっとしているためにこういった表情がぐっと来るのである。

「……何」

「いや、別に」

 どうやら気が付かれたようでいつもの愛想笑いを浮かべたような表情になる。

「で、どんなのがタイプなんだよ」

「……ええっと、メガネをかけてて」

「うんうん」

 自分はかけていない。

「……長髪で」

「…うんうん」

 短い、長いと邪魔だからだ。

「身長が僕より高くて」

「……うんうん」

 低い、霧之助より低いのだ。

「スーツが似合いそうでね……」

「………うんうん」

 似合わない、これほどスーツが似合わない人を見たのは久しぶりだと母親から言われたのは最近のことである。

「年上の人だね」

「うんうんうんうん」

 ぴったりである。年上である。一切年上ならばそれはもう、年上だからオッケーのはずだ。理想と全くかけ離れていると思われていたが最後の最後でどんでん返しだ。メガネをかけ、長髪にして、牛乳をたくさん飲んでスーツを着れば完璧なのだが……想像してやめる。先にあるものは自分ではない、ともかく、虫唾が走るような自分が待っている気がしてならなかった。

「……すごく嬉しそうだけどどうかしたのかな」

「いや、別に。しかしまぁ、お前は理想が高いな」

「そうだね、よく言われるけど……そういう百合ちゃんはどうなの」

「どうなのって……どうなんだろ」

 どうなのと聞かれてそう答えるのは反則かもしれない。だが、考えたこともなかったことを訊ねられても答えは不明なのだ。

「真面目に答えてよ」

 どうやら霧之助も知りたがっているらしい。それならば考えてみるのもいいかもしれない。もちろん、答えは決まっているというより目の前である。

「そうだなぁ、霧之助……かなぁ」

「え」

「あ……」

 やってしまった感じがある。思い切り自分のゴールに放り込んだ気がしてならなかった。更に言うのならば先生が居る前で陰口を叩いた気分だ。

 なんだかものすごく嫌な雰囲気が流れる。下手なヒップホップがファミレスにかかっていることが更にその空気を悪くしている気がしてならない。

「じょ、冗談だよねぇ」

「そ……」

 そうそう……そう言ったならば、また自分は戻ってしまうのではないのだろうか……事故でここまでやってきたのならばこうなったら当たって砕けろである。

 顔が火照って仕方がない。お冷を一気飲みし、霧之助のも勝手に飲む。

 塩辛い。



 しかし、決意は固まった。



「いや、冗談なんかじゃない……私は霧之助が好みだ、好きだ、大好きだ……アイラブユーなんだ……」

 燃える瞳を霧之助に向けるとやはり、戸惑い気味だった。きっと、次に来る言葉はごめん、友達としてしか見えないよ……

「ありがとう」

 ほら、やっぱり……と思った後に耳を疑い、霧之助を見る。其処には同じく顔を火照らしてはいるがしっかりと自分を見据える霧之助の姿があるのだった。

「え……嘘」

「嘘じゃないよ、ありがとう。いや、けど、まさか……百合ちゃんの好みって猛みたいなのがタイプかなぁって考えてたから……ぷぷぷ」

「な、何がおかしい」

「だって、いや……なんでもない、なんでもないから……」

 笑っている霧之助の足に狙いを定め、振り落とす。

「あいたっ……」

「……今度、私に隠し事とかしたら私刑だからね」

 そういって百合は三杯目のお冷を飲み干すのだった。

「ちょっと、悪いけど僕にもくれないかな」

「……はい」

 そのまま手渡したお冷はすぐさま霧之助が飲み干してしまう。

「さ、じゃあそろそろ出ようか」

「……そうだな」

「今度さ、二人で何処か行こうよ」

 そういう霧之助はもういつもの調子だった。

「お前、あまり動揺しないタイプなんだな」

「してるよ、つつけば爆発しちゃうから……あまりからかわないでよ」

 なるほど、確かに霧之助の頬はいまだに火照っているようだ。

「ああ、わかった」

 二人して立ち、ため息をつく。

「彼女……だよね」

「え……」

 照れたようにそんなことを言う。そして、答える言葉は決まっている。

「もちろん」

 微笑み返すと顔を背けられてしまった。しかし、見る必要なんてない。手に取るようにわかるのだ。

 やっぱり、手紙よりも直接伝えたほうがよかった……

「今日のこと、忘れないでよ」

「うん、覚えてるよ」

 十年後、試してみようと彼女は心に決めるのだった。


ハッピーエンドは何処ですか? ~不幸不幸も幸の内~ 予定



間山霧之助:親の喜一郎とあまり仲がよくないために一人暮らしをはじめた高校一年生。転校した先の航行で幼馴染との邂逅を果たす。


間山喜一郎:下品かつ、人を見下したかのような発言をする捻くれ者。



近日公開予定!


一月二十七日水曜、二十二時三十分雨月。

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