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◇◇第二百七十四話◇◇◆:東結(素)エンド

結エンド



 間山霧之助が住んでいるぼろい……失礼、少し古くて趣のあるアパートにもきちんと呼び鈴は取り付けられている。



ぴんぽ~ん



 そんな音を一秒のタイムラグとともに住人に教えるのである。一秒、短いと思う方もいるかもしれないが意外と長いと感じるときもある。まぁ、ケースバイケースだが。

 その日、間山霧之助高校最後の夏休みが(もっとも、彼が留年してしまえば最後ではないが)終わりを迎える十二時間前……正午にチャイムが鳴ったのである。

「は~い」

 そんな間の伸びた返事をした後に扉のあるところへと向かう。ぶち壊すにはなかなか難しそうな鉄製の扉だが開けるのにはちょっと大変な代物だ。まぁ、強盗が扉をぶち破るにひゃそれこそ重機を持ってこないといけないだろう……そんなことをするぐらいなら窓から忍び込むと思われるが。

物騒な世の中のために念のため扉に取り付けられているのぞき穴を今回も覗き込む……しかし、相手の姿は見えなかった。身長がある程度、それこそ150程度ではわからないためにもしかしたらそれ以下の身長なのかもしれない。

結局、開けてみなければわからなかった玉手箱のように実際に開けてみることにした。もちろん、扉を開けてすぐにおじいさんになったというわけではないが……



「あいたっ……」



 霧之助の頬を何かがぶって行った。そして、それは足元に転がり、カランという軽い音をたてて静かになってしまう。

「……木刀?」

 拾い上げ、それが木刀であることを確認する。中に鉄の鉛が仕込まれているとかスイッチを押すとビームが出るとかそういったギミックは一切ついていなかった。

「……少し、動きの切れが悪いようですね」

「その声は……」

 発声された方向へと首を動かし、答えはわかっていたがついつい確認してしまう。

 霧之助の視線の先には着物がよく似合う、女性が立っていた。

「結さんっ」

「お久しぶりです、霧之助さん」

 黒に紫の刺繍が入ったものを身に纏い、霧之助のほうへと一歩一歩、ゆっくりだが焦りを与えるような動きで迫ってくる。霧之助は後ろ手に扉を閉め、東結が向かってくる反対側へと一歩、下がるのだった。

「あら、どうしてお逃げになるのでしょう」

「え、えっと……なんだかひじょ~に、申し上げにくいのですが……」

 敬語になってしまうほどの威圧感を今の東結は持っていた。以前お隣であったときは柔らかい物腰の中に鋭さが混じっている感じがあったが今は全身ナイフで装備しているようなそんな近寄りがたさを感じることが出来る。しかも、いつそのナイフが自分に向けられるのかわからない怖さが付加されているのならば尚更近寄りがたいだろう。

 それをわかっているのか、嬉しそうに東結は左手に持っていた木刀を霧之助に見せるようにして掲げるのだった。

「こわい……ですよ」

「そうですね、今のわたくしは非常に、怖い、それこそ泣く子が黙るほど……理由なんて知りたければ後で教えてあげましょう……覚悟は出来ましたか……」

 蚊が自分の左手に止まったとき、どうするだろうか……大体の人は叩き潰すであろう。つまりは条件反射。

 霧之助も何故か、身体が動き気がつけば東結とつばぜり合いを行っていた。至近距離にある東結の顔は知っている東結の表情ではなかった。

 まるで、どっかに封印されていた鬼でも憑いているかのようなそんな顔である。

「……先ほどの鈍さを見たら駄目だとおもったけどよぉ、こりゃあ、なかなか骨があるかもなぁ……霧之助っ」

 その細身の身体の何処にここまでの力が宿っているのかはわからなかったが、尋常ではない怪力が木刀を伝って霧之助の腕を通過していく。

 一瞬の間に『ああ、この東結こそ洋一郎が言っていた素の東結なのだ』そう理解したのだった。

「くぅ……ゆ、結さん……これは一体何の真似ですか」

「おしゃべりする暇があったらよぉ、足元に気をつけなよっ」

 言うが早いか、結の右足が霧之助の左腕へと襲い掛かる……それを避け、切り払って後ろへと逃げる。

「……よくよけたなぁ……たいしたものだ」

 クックック、そんな嫌な微笑を浮かべているのはこの際、無しにしよう、そう霧之助は考えた。着物だからまさか足技が飛んでくるとは思わなかったが、あれにはスリットが入っていてまるでチャイナ服のように足が上がるのである。

「だが、次は早々避けられねぇはずだぜ……」

 気がつけば、其処に居る。対応するのは相手より遅くなるが、何とか鬼のような一撃を木刀で支えた後に相手を見やる。

「だ、だからこれは一体何の真似ですか……」

「訊ねる暇があったらよ、来いよ、攻めろよ、俺に勝って見せろ……間山霧之助ぇっ」

 つばぜり合いを強引に振り切り、目と鼻の先には東結の整っている顔。一瞬だけどきりとするのは男の性か……しかし、次の瞬間には現実に引き戻されるかのように霧之助は宙を舞っていた。

「うわっ……」

 背中からアスファルトに激突すると思いつつも、その先にあったのは雨で湿気を含んだ苔の道。滑りながらも速度を落として霧之助は素早く起き上がった。

「ちっ、運がいいな……日ごろの行いがいいからか」

「……」

 もはや、猶予はないのだろう。唇を酷くゆがめて笑っている友人へと霧之助は向き合った。まるで、ゲームに出てくるラスボスみたいだ……そんなことを考えながらも木刀が東結の向こう側にあることに気がつき、焦りが生じる。あれが無ければ防御することはままならず、また、リーチの差も生じてしまう。

 しかし、逃げ出すような真似はしたくなかったし、逃げたところで追って来るつもりなのだろう……ならば、玉砕あるのみだと最終的には行き着くのであった。

 拳を構えた霧之助をどう思ったのか肩に木刀を当てていたラスボス、失敬。結は木刀を放り投げる。苔の一部を抉って地面に突き刺さった木刀を見ることなく、霧之助と同じように拳を構えるのだった。

「まぁ、平和な世の中だ。木刀なんざ俺も必要ねぇ、漢だったらこれさえあれば充分だな」

 着物で拳……非常に動きづらそうで霧之助が勝てそうな感じはする。しかし、変質者が女性を襲ったとしても相手が悪ければ返り討ちにあうケースは多い。

 まさしく、この東結も後者だろう。速さは変わらず、気がつけば目の前。拳は鋭く、足技は重い。着物の中から繰り出される生足に鼻を伸ばしてしまったときが最後であろう……。

「どうした、そらどうしたぁ……避けて、防いでちゃあ、勝てる筈がねえだろっ」

 鬱憤を晴らす、これは間違いないだろう。何か溜まっていた物が霧之助へと向けられている。何故だろうか……何か自分がしたのだろうか……思い切り疲れた右胸に手を置きながら考えてみるも、答えはもちろん出てこないし、時間が止まるわけでもない。

「動きが遅いっ」

 素早く駆け寄ってきた東結とは別の場所へと飛び退る。鋭い蹴りが、拳が霧之助へと向けられるがそれを捌き、狭い範囲だが自分の逃げ道を探す。

「……まぁた、そうやって逃げるかっ……」

 蹴り飛ばされるが何とか耐える。霧之助は蹴られて人間が飛ぶということを無駄に学ぶのであった。

「……っと、別にふざけてやってるわけじゃねぇみたいだな……」

 にやっと笑うその表情。なるほど、確かにこれでは宮川百合が惚れたという噂が広まっても問題ないかもしれない……そんなことを考えることなく、霧之助は相手を視ていた。

 一瞬でもいいから相手の懐へと入ることが出来れば勝てる。ただで懐へは入らせてくれないであろう。それならば身体のどの部分かを犠牲にしなくてはいけない。だが、両腕、両足ともに犠牲にしてしまえば勝てる確率は非常に低くなる。技が決まらないためだ。

「……」

 両腕、両足が駄目ならば仕方ない……霧之助は敵を見据えて走り出した。

「これで絶対に結さんを……仕留めます」

「おっと、いい目だが……あごが上がりすぎだっ」

 あごを砕く気満々の拳が向けられる。だが、瞬時にあごを引き、姿勢を低くして額へとその一撃を受けるのだった……

「ぐぅ……」

 一瞬だけ脳内を、とりあえず快楽ではない何かが通過し、後頭部から抜けていく。知らぬ間に悲鳴をあげながらも相手の懐へ入り込むことに成功する。

「しま……」

着物の衿部分を掴み、投げる。そう、投げる。相手の衿も投げるときに放すのだ。危険なことで柔道などではやってはいけない。

 しかし、放り投げられた東結は地面にぶつかることなく黒服の男たちに受け止められ、そして、そして霧之助は黒服の男たちに拘束されていたのだった。

「ど、どういう事」

 全く状況が把握できない。まぁ、それは最初のほうからそうであったのだが、何故、自分が拘束されたのかさっぱりだった。

「……霧之助さん、お疲れ様でした……下がって結構」

「「「はっ」」」

 それだけを言い残して男たちはあっという間に消え去る。忍者もびっくりの身のこなし……いや、まるで忍者そのものだった。

 アスファルトの駐車場の一台の車がやってきた。黒い車は汚れが目立ち、汚くて手入れが大変だがその車は近寄りがたいほど黒々と光り、オーラを纏っているものだ。

 後ろの扉が開き、一人の老人、いや、老紳士が姿を現した。やせ衰えた感じだが現役ならば龍を喰らうかもしれない目つきに只者ではない雰囲気を出している。かくれんぼならば一瞬で見つけられてしまうだろう……

「……爺様」

「ほほぅ、なるほど……確かに、これほど強いということならば結を任せても大丈夫かのぅ」

「それはどういう意味なのでしょう?」

 軽く身体を確認するも満身創痍という言葉がこれほどぴったり来る状態はなかなかないであろう。それ以上は『おい、其処のお前、俺の話を聴かないのなら千切って捨てるぞ』というオーラを出していた老紳士のほうへ向けたために詳しくはまだわからない。とりあえず言えることはお風呂に入ると間違いなく沁みるであろう。

「言葉通りの意味じゃ。結はお前さんの為だけに厳しい修行を耐え、今日、この日を迎えたのじゃからな」

「爺様、それでは応えになっていないかと思います」

 結がそういうと老紳士は頷き、一歩下がった。

「それならば、結が説明せぇ」

「わかりました……霧之助さん、実はわたくしはあなたのことが好きなのです」

「え?あ?」

 頬を染めることなくそんなことを面と向かって言われるとどう対処していいのかさっぱりわからなかった。結が嘘をつくことはないだろう……ドッキリとか絶対に嫌うタイプだと霧之助は信じている。

「あの、こういう時ってもじもじしながら言ったりしません?」

 そういうと爺様と呼ばれた老紳士は笑うのだった。

「ほっほっほ、修行の始めは頬を染めて、挫折し、涙を流した。1/1スケールのお主のポスター、人形を相手にここまで何度も何度も告白の修行をしてきたのじゃ。じゃからもう、結は自分の気持ちを素直に君に伝えることが出来るのじゃよ」

 あ、修行ってそっちのほうですか……てっきり戦うほうの修行かと思いましたよ……そういうと老紳士は実に愉快だといわんばかりの表情をする。

「元からあのぐらい強いぞぉ……君の近くに居る間は一生懸命おしとやかに、と、そんな努力をしておったがな……まぁ、両立させておったのじゃよ」

 すごいな……そう思っていると右手をつかまれていることに気がつく。

「それで、返事のほうは……どうなのでしょう」

 こればかりはまだ修行とやらが足りていなかったためか、頬を軽く朱に染めている。しかし、しっかりとしたまなざしは相変わらず霧之助の目を捉えて放してくれなかった。

「あの……」

「わかってます。確かに、貴方の周りにはすごく魅力的な女性が揃っていることは……知っていますから」

「……えと、僕……ぼ、僕でよければ」

「……」

 そう、東結へと伝えると彼女の瞳が一瞬上を向き、目を閉じて……崩れ落ちるかのように倒れかけたのを霧之助は支えるのであった。

「え、ちょ、ちょっと……結さんっ」

「ほっほっほ、まだまだ修行が足りなかったようじゃのう……じゃあ、結をよろしく頼むぞ、霧之助」

 背中を向けて黒塗りの車へと歩き出す。このまま帰られてしまわれたらなにやら大変なことが起きそうだった為に命を賭けて霧之助は止めるのであった。

「え……結さんは……結さんはどうすればいいんですかっ」

「結の家は今日から君の住む場所と同じところじゃ。仲良くやれよ」

「ちょ、ちょっと……」

 もはや聴く耳を持たないのか気がつけば車が曲がり角を曲がってしまった後だった。途方にくれるも、抱きとめている結をどうにかしなければならない。

「……な、何がなんだか……」

 ともかく、今の霧之助に出来ることは結をアパートに入れて寝かせることだけだった。

「……今度、どんな修行をしたのか聞いてみようかな……」

 そんなことを結を背負った後に霧之助はつぶやいた。



「……霧之助さんはする必要ないですよ」



 そんな声が、後ろから聞こえた気がしたが気のせいだろうと思いつつ応える。



「そうですね、もう告白されちゃった後ですから」



 後ろから抱きしめられるような形で、二人は一つの影のままアパートへと消えたのだった。


これはもう、あれですね。なんだかこっちを真エンドにするべきだったんじゃないかな?そう思ってます。さて、またこれで打ち止めですね。ご要望があれば続けていきますので思い出したときに何か書き足したりすると雨月が無駄に反応しますのでよろしくお願いいたします。ああ、そうでした。これを言い忘れていましたが……よければエンディングの感想もついでにいただけたら光栄かな、そう思っています。それでは、いつかまたお会いしましょう。もう最後かもしれない一月二十六日火曜、二十一時三十五分雨月。

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