◆◆第二百七十一話◆◆◆:悠 エンディング
第二百七十一話:エンディング
夏祭り会場から少し先にある河川敷。もともと、川の神様を奉るようなものだったらしい。余所の土地のためにあまりここのことは詳しくないため、この程度の知識しか持ち合わせていない。もし、この場に里香とかがいたとしたならば、もうちょっと気の利いた説明をしてくれたのかもしれない。
だけど、ここにいるのは僕と悠だけだ。
「で、話って何かな?」
無言のまま引っ張られてここまでやってきた。昼間よりも暑さは身を潜めているが充分暑かったりする。まぁ、近くに川が流れているためかここはそこまで暑くはないのでゆっくりするにはちょうどいい場所かもしれない。
夏祭りを楽しんでいる雰囲気とは少しかけ離れた落ち着いた静かな場所。ゆっくりと誰かと話すならばいい場所だろう。
ここまでだんまりで歩いてきた悠はいまだに狙撃銃を手にしていた。コルクをいくつかもらってきているために家でも射的が楽しめる。
「……あのさ、あたしがいつも白衣を着ているの知ってるよね?」
「まぁ、今そうなのかはわからないけど着ていたね」
地面すれすれぐらいの白衣だけど、威厳があるというか何というか似合っていたのは確かだ。いつでも何処でもというわけでもないのだが、あっちの学校にいたころはなんとなく、探しているときによく視界に入った気がする。
悠は川に向かって石を投げる。水面をはねることなくその石は一回目で水没した。もう少し明るかったならば水の波紋を見ることが出来ただろう。
「……あたし、勇気が無いなって思うときがあるの」
「勇気が無い?」
これまた変な事を言いだしたなぁ、そう思った。悠はいつも自分のやりたいように生きている気がしてならない……っと、これは勇気とちょっと違うかな……ああ、そういえば雪ちゃんと最初に出会って、それからちょっとした事件が起こったときは僕を助けに来てくれた。
「勇気が無いって……悠は充分勇気があるって僕はおもうけど?」
「……霧之助から見て勇気があるって?ううん、あたしは勇気を持ってない。いつもいつも、逃げていたから」
逃げていた……?一体全体何からだろう?
「だからさ、勇気が無いからすごく遠回りしちゃうかもしれないけど聞いてくれる……かな?」
二度目の投擲。やはり、これもまた一度だけの音をたてて沈んでしまったようだ。ちょっとした時間しか経っていないのにさらにあたりは暗くなってきている。
「……高校で最初に出会ったとき、助けてくれたよね?」
「うん?ああ、そうだね。そっかぁ、あれがきっかけだったんだ……懐かしいな」
偶然というか……なんというかね。まさか降ってくる、じゃなくて落ちてくるとは思わなかった。
「それから、本当に色々あった……でもね、やっぱり一番の想い出は霧之助があたしを助けに来てくれたこと」
「助けに来てくれたこと……ああ、あれね」
東家と野々村家による結婚前式?だったかな……今思うと懐かしいことだらけだ。僕と悠の進むべき道は違うだろうから学校で会えるというわけではない。だから、多分この夏祭りが高校最後の思い出になるんだろうな。
「泣いちゃうぐらい、嬉しかった」
「一時はどうなることかと思ったけどうまく助けることが出来てほっとしてるよ」
三度目の正直なのか、再び石を水面へと向けて投げる。やはり、結果は変わらないのかぼちゃんという音とともに川の流れの音にかき消されてしまった。
「……もう、ごまかせないって言うか……あのね、何で受験生なのに霧之助のところにやってきたか……話をしていなかったね?」
「してもらってないね」
そういえば何故、こっちにいるのだろうか?今の今までそのことにまったく気がついていなかった僕にも問題あるかもしれないけどね。
「お父さんとけんかしたんだ」
「……え?」
まったく予想がつかなかったりする。
「何が原因?進路?」
「ううん、違う……さっきも言ったけど霧之助にあの時助けてもらったじゃん?」
「うん」
「それが原因なんだ」
「え?」
やっぱり、ぶち壊してしまったことが問題だったのだろうか?出来るだけパーティー会場を荒らさないように努力はしたんだけどなぁ。
「……話、変わっちゃうけど……霧之助はあたしのことをどう思ってる?」
「どうって……仲がいい友人かな」
「……そっか……」
あれ?何かいい間違えたのかな……あってるって思ったけど、悠はすごく悲しそうな顔を僕に向けている。
「えっと……なんでも話せる親友だよ。僕、友達少ないけど、猛とは結構仲がいいのは知っているよね?中学に入ったときにあって、そのぐらいの付き合いなんだけどそれに匹敵するぐらい悠とは仲がいいって……思ってるけど?」
これでどうかな……と思いつつ、悠を見ていると苦笑していた。
「……ありがとう、すっごく嬉しい。だけどね……あたしは……もっと上の、すごく霧之助に近い存在だったらよかったかな」
「……」
もっと上の、すごく近い存在……すごく、近い存在……。
なんとなく、頭の中に二人の存在が思い浮かんだ。
「え?妹になりたいってこと?」
「……ちっがう!!」
「……僕のお姉ちゃんに?」
「それも違うぅっ!!」
「……?」
駄目だ、これ以上何を考えても答えは出てきそうにない。
「ごめん、わからないや」
「……そっか、やっぱりわからないんだ……」
「そのぅ、ごめんね」
「ううん、どうせ答えが出るなんて思っていなかったからさ……がっくりはきてない」
とか言っているけど肩を落としていた。すごく、悲しそうだ。
くるりと川のほうを向いて大きな石を放り投げる。どぼーん!
「………バカヤローっ!!!!!」
大声で叫んだ……なんだか、ものすごく心に抱えているようだ。
そして、こっちを向いた。なんだか、物憂げな表情だったこれまでとは違っていつもの元気そうな悠だった。
「霧之助……ちょっと、言いたいことがあるから……少し頭を下げてくれない?ほら、あたしじゃ身長足りないからさ」
「え?あ、う、うん……」
浴衣姿の悠に身長を合わせるようにする……
――――――――
「……あのね、こんな風に他の女に騙されないでよ?」
「……」
自分が今、悠に何をされたのかさっぱりわからなかった……
「あたしは、霧之助の彼女になりたいの……駄目?」
「……」
「え?霧之助……」
「あああああ、あのさ、何で僕なの?悠ほどのその、えっと……」
「何?あたしは、霧之助以外は……嫌だから」
「……ありがとう」
――――――――
悠が目を覚ますとすでに朝食のいいにおいが台所から漂ってきており、子どもの元気な声が聞こえてきていた。やんちゃ盛りで、父親のことが大好きな子だった。
「……ん……」
朝は苦手なほうだがそれでもまだ眠ろうとしている身体に対抗してダブルベッドからごそごそと抜け出す。隣で寝ていたはずの夫の姿がもうないというところは朝食を作っているということなのだろう。小さな枕が二つ二人の枕の間においてある。二つとも人気のあるキャラクターのものだ。
頭を掻きながら今日のスケジュールを思い出す。今日は休日だ……そして、今日は自分が料理の当番だったはずだ。一日交代制にしていたのだが最近はずっと夫に任せっぱなしである。
リビングへと通じる扉をゆっくりと開け、台所を確認する。予想はしていたのだがエプロンをつけ鼻歌を歌いながら料理をしている夫の楽しそうな姿があった。その近くでは四歳児がおもちゃの包丁で本物のにんじんと格闘していたりする。実に危なっかしい手つきだ。あれが本物だったら怪我をしてしまう。そして、その隣でじっとその姉を凝視している弟もいた。
「あ、おはよう」
夫は悠が起きて来た事に気がついたのはいつものように優しそうな笑みをうかべて挨拶をしてくれた。毎日挨拶を欠かさずしてくれるよくできた夫である。姉のほうはいまだしっかりとニンジンと戦っているが弟のほうはじっとこちらを見てきていた。
「……おはよう」
きっとぼさぼさであろう髪の毛を手で押さえながらもあくびをする。どうにも眠い。昨夜はずっと書類と格闘しており、そのまま机に突っ伏したまま記憶がない。どうやら、夫がまたベッドまで連れて行ってくれたのだろう。
「今日は休日だよ。疲れてるんだからもうちょっとだけ寝てたら?」
「……いい、本当はあたしが朝食の担当だったのに作ってもらってるから寝てるわけにもいかないわよ」
顔を洗いに行くことを告げると悠の夫が子どもの名前を呼ぶ。
「ほら、花もし~もちゃんと顔を洗ってきなよ?まだ洗ってないでしょ?」
「あらった〜」
「あらっちゃ~」
にこにこと笑いながら、もう一人は不機嫌そうにそんなことを言う。いつも休日は夫とともに起床。朝刊に落書きを働いたりしているのである。最近は某議員の先生がお気に入りのようで一生懸命落書きをしている。そして、その隣で姉をじーっと見ている弟である。
「洗ってないよね?うそつく悪い子はおしおきだぁ♪」
嫌だぁ!と二人とも叫びながら廊下へと向かうわが子を追いかけながら夫は実に楽しそうだ。ほほえましい気持ちになりながら子どもの後を悠も追うことにしたのだった。
―――――――
「相変わらず料理の腕がいいわねぇ〜」
心の底からそう思う。高校三年生の夏休み、ずっとお世話になっていたことを思い出していた。
「ありがとう、けどおいしく食べてくれる人がいないとこっちも張り合いがないから……おいしく食べてくれてありがとう」
「……そんなこと言われると照れるわよ」
そうかな?とニコニコしながらご飯を食べている夫の姿を見る。夫のことを男らしいと思ったことがないがこの世界の中で一番愛すべき存在だ。
「ママ、あたしが作った料理もたべてぇ!」
「……僕も手伝った」
「あ〜はいはい」
あたしの“た”を強調するような感じでいって、目の前に置かれたわが子特製“料理”をまじまじと眺める。二人で作ったとのことだが……一人で作ってもさして変わりは無かっただろうと思われる一品だった。
ただのニンジンだ。しかも、皮付きである。
「……」
きらきらとした瞳が四つこちらを向いている。うん、この子たちももちろん一番愛すべき存在だ。
一番愛すべき存在は二人以上いるのである。それには甲乙つけがたい。しかし、朝から生のニンジンはやっぱりきつかったりするのだ。
子どもに言っても仕方がないか?とも思ったのだが悠はきちんと言うことにする。頭ごなしに言っても泣かれるだけだというのはよぉくわかっているのでできるだけ優しく語りかけることにした。
「いい?お母さんはこれじゃあちょっと食べづらいかなぁ?」
「あぁ、そっかぁ」
「失敗した」
大げさに驚いた感じでなにやら頷く。わかってくれたことにほっとしながら生のニンジンを脇に置こうとする。
「はい」
「……何それ?」
「…お塩」
「……」
味が足りないととったようだとため息をついた。さて、どうやって説明しようとしたものかと悩んでいると夫が面白そうに笑っている。ちょっと不愉快になりながら心の状態を素直に声にのせることにした。
「何よ?」
「ああ、ごめんごめん……それ、お塩じゃなくて砂糖だから」
「あ、間違えた!」
急いでお塩を持ってくるわが子たちを見ながら夫はこちらのほうを見る。
「まるで悠みたいだね」
「……どう言う意味?」
「ちょっと抜けてるところがあるから……けど、可愛いよ」
「……うぐぅ、そんな台詞を朝から……」
「うん、ま、間違うことはよくあることだからね」
先日、砂糖と塩を間違えことを言っているようだ。目が本当におかしそうに笑っている。
「それを言うなら……」
夫の駄目なところを言おうとしたのだが、あいにく彼にそんなところはなかった。完璧ではないが人並みに何でも出来るからである。もっとも、それはあくまで家事の話であるのだが……
「……何もない……あ〜あ、私がこんなんじゃあの子たちに悪影響かも。それにいつも仕事で遅いから……」
これまで勉強一筋だった。今現在だって書類が山積みされているのだ。勉強が仕事に変わり、楽していたころの時間は仕事の時間へとどんどん吸い取られていっている。夫と様々な場所へ旅行していたあのころは今ではもうない。スケジュールが合わないのだ。大体、今日は休日だがこのように一緒に食事を採ることも最近はなかなか難しいのだから。
そんな悠に笑って夫は言うのだった。
「気を落とさない。ほら、そんな忙しいけど愛してるお母さんのためにあの子たちは一生懸命料理を作ろうとしている。だから見ててあげるだけでもいいんじゃないかな?もちろん、手を添えてあげることも大切だけど……あの子は自分の足でちゃんと立てているから」
「………」
「はい!」
ニコニコと手渡された塩をまじまじと眺める。なんとなくだが、子どもたちを見ると夫に言われた所為なのかよくはわからない、だが、少しだけ成長したように見えた。まぁ、大人びているとは到底言えないが。
「ありがとう」
素直にお礼を述べると頬を朱に染めている。うれしいときはいつもこうなる。これはまだ変わっていないようだった。
「えへへ……パパ、お礼を言われたよ!」
「嬉しい……」
「そっかそっか、じゃあ返事をしてあげないとね?」
大きくうなずいて悠の前に子ども二人が立つ。そして、頭を下げたのだった。
「ど〜いたしまして!ママががんばってくれてるからあたしいつか料理を作ってあげたいと思ってたんだ」
「……」
こみ上げてくる何かに襲われるも、それを一生懸命押さえる。夫は察してくれたのか子どもを抱き上げて玄関のほうへと向かう。
「ちょっとお父さんと散歩に行こうか?」
「うん!散歩いくぅ!」
「ママも行く?」
「ああ、ママもお片づけが終わったらきてくれるから……ね?先に行って待っていようか?」
ちらっとこっちを見てくる夫に返事がうまく出来ない。詰まりながらも頷いて手を振る。
「いって、らっしゃい……追いてっちゃ嫌だからね」
「うん!行ってきます!ちゃんとあたし待ってる!」
「……僕も」
元気いっぱいに手を振ってあふれんばかりの笑顔を、心の底からという笑顔を悠へと向ける。あの子たちが笑っている姿を最近はぜんぜん見ていなかった気がする……大体、悠が仕事から家に帰ってきたときにはすでに二人とも幸せそうに寝ているのだ……母親失格だとも思ったときもあったのだが子どもは悠のことをちゃんと母親としてみてくれていた。それがとても、いや、一番嬉しいことだった。
「じゃ、悠先に行ってるね?」
「うん……気をつけてね」
「大丈夫!ママが来るまで玄関で待ってるから!」
「ちゃんと、待ってる」
「それまでお父さんががんばっちゃうぞぉ♪」
きゃっきゃと騒ぎながら廊下を駆けていき、どうやら玄関で靴を履き始めたようだ。何をがんばるのかはわからなかったが……
「……悠」
夫にいきなり抱きしめられた。
心細くなったとき、いつもしてくれたことだ。それはあのときから変わりはしない、一番心が安定する特効薬だった。ずっとされていたら効果が薄くなってしまうかな?と思ったときもあったのだがそれは今でも顕在だった。夫は悠と子どもたち二人のことを大切にしてくれているのがよくわかる。相変わらず一途なところは変わらない。
「……ありがとう、もう大丈夫だから」
「そっか、それならよかったよ」
じゃ、待ってるからとだけ悠に告げて夫も子どもの後を追いかける。三人の楽しそうな声は悠を待っているようだ。
「よし、それじゃあ……あたしもさっさと終わらせるか」
生のニンジンに塩をかけて、一気に噛み砕く。
やはりあの夫の料理の腕前が子どもに受け継がれたらしい。これまで食べてきた料理の中でも最高級の味わいだった。子どもにも負けていられない、今度は一緒に料理を作ってみようかと考える。
夫が住みなれたこのアパートで、家族四人生活できることが自分の、間山悠の幸せなのだ。いつか、新しい家を持つのもいいかもしれないが……あのときからずっとずっとこの気持ちは変わっていない。
「悠~」
「あ、うん……今行くから!」
忙しくても、この人たちのためなら絶対にがんばることが出来る……間山悠はしっかりと、前を見据えて白衣を手に取るのだった。
さて、終わりました。感想なんかお待ちしておりますので……もちろん、突っ込みたいこともたくさんあるでしょうからそちらもお待ちしておりますよ(にやっ)。ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。何かご要望があれば小説を書かせてもらいたいと思います。一月二十三日十二時八分雨月。