◆◆第二百六十八話◆◆◆:悠の夏祭り
第二百六十八話
三者面談を終えた帰り、僕は駅前まで母さんを見送ることにしていた。母さんには一度しか言っていないことだったし、今の父さんにもメールでしか話せていない。それでも、僕の進路は決定した。
「……体調管理には気をつけなさい?」
「わかってる」
「……あと、目標が決まっているのなら自分でしっかりと先を見据えなさい?」
「うん、僕は夢を見つけた、いや、しっかり決めたからね。大丈夫だよ」
そういうのと同時に、ホームへと電車がやってきたことを告げる音がけたたましく鳴り出した。
「たまにはこっちにも顔を見せなさいよ」
「……たまにはね」
熱い風とともにホームにやってきた電車に乗って、母さんは横向きのまま左方向へと徐々にスピードを上げて去っていってしまった。
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太陽が真上にある中を帽子無しで動き回るのはもはや自殺行為に近いであろう。熱中症で倒れてしまうに違いない……というか、街中で人を見かける数がものすごく少ない。暑さはこたえるのかどの人たちも店の中へと退避している。僕もさっさとアパートへと帰ろうと思った途中、商店街の掲示板が目にとまった。
「……ああ、そういえば夏祭りがあるんだっけ?」
里香から電話をもらっていたのを思い出した。あいにく、里香は旅行に(百合ちゃん、雪ちゃんたちと一緒だそうだ)言ってしまっているために誘えなかったりするわけである。こっちの夏祭りなので悠子や由美子、名古ちゃんを呼ぶわけにも行かないのでこちらの知り合いと一緒に行こうと考えてみたけど、桜、一二三ちゃん、夏帆……どれも都合が合わないらしい。
「ただいま~」
「あ、お帰り~」
……ただ一人を除いては。
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「あのさ、何も浴衣を着なくてもよかったんじゃないの?」
「そういうわけにもいかないでしょ?せっかくの夏祭りなんだからさ」
にぎやかな音、楽しそうな人の声に笑顔のあふれている場所……。夕刻のひと時を思い思いに過ごす人たちが僕の視界に入ってくる。まだ、敷居をまたいですら居ないが外からでもそこが楽しい場所であるということがわかる。
「……」
「何ぼーっとしてるの?」
「ん?いや……」
悠もその中の一人に溶け込んでいる……もちろん、僕もその一人であろう。
「じゃ、行こうか?」
「うん」
「……意外と人が多いね?ちょっと手を握っててよ」
「……うん」
そっと重ねられる手を放さぬよう、放されることが無いようにしっかりと握り締める。
「ちょっとでいいの?」
右からそんな声が聞こえてきた。
「……出来ればずっとかな?勝手に放して離れないようにね?」
「わかってる、そんなことしないから安心して」
「そう、それならよかった」
こうして、僕と悠の二人だけの夏祭りは始まったのだった。
とうとう、終着駅まで五分前。なんですけどね、雨月はすごく、嘘つきだということを覚えておいてください。一月二十二日金曜、二十時四十四分雨月。