◆◆第二百三十九話◆◆◆:キャビキラーが買えなかった理由
第二百三十九話
六月下旬といっていい日数。珍しいのかよくわからないが、昨日の夜は江戸時代のころと比べたら確実に暑かった。むしむししているし、浴室のカビを一斉除去するためにキャビキラーを買いに行く途中であった。
最初に気がついたとき、僕は急いでそこから離れようとしたが無駄だった。
「おう、霧之助じゃねぇか」
「……こんにちは」
「……あんたは……」
二人して何をしているのか(店に居るということは買い物だろうが)わからないがこっちによってくる。
「いやぁ、久しぶりだな……一ヶ月くらいか?」
まぁ、そんな程度だろう。しかし、僕としてはもう会いたくなかったりする
「あれから記憶戻ったのか?」
「ん~?んにゃ、戻ってないな。相変わらず記憶を何処かに落としたまんまだな」
やれやれ、こまったものだぜ~そう言う喜一郎に首をかしげる。
「あんた、記憶がないままなんだろ?そんなんでいいのか?」
「そりゃそうだけどよ、さびしくともなんともないからな。夏帆も居るし、雅も居る」
雅?ああ、今の奥さんか。
「それにな、聞いた話だからわからねぇが俺とお前は血がつながっているそうじゃねぇか」
「……」
僕としては否定したいが人生そううまくはいかなかったりするわけだけども……
「ところでお前、好きな奴とかいるか?」
「え?」
いきなりの質問に僕はなんともいえない。頭の中に一人のシルエットが浮かんだ気がしたが、気のせいだ。
「そ、そんなのあんたに関係ないだろ。僕の勝手だ」
「誰も教えてくれなんていってねぇよ、勘違いが」
「……何が言いたいんだよ」
一つため息をついて僕を見る。
「いいか、確かに記憶は大切なものかも知れねぇがいずれ自分のことより大切だって思うものが見つかる時だってあるんだよ。俺の中では記憶よりも家族のほうが大事だ」
「……僕にはわからないね」
そういうと笑われてしまった。
「まぁ、まだガキだからな。まだわからなくたっていいだろ?俺の記憶がないってことをお前が気にする必要なんてないぜ」
「……別に気にしてないし、ついでに言うなら心配してない」
「そっかそっか、夏帆、今度こいつを家に連れて来い」
「え?」
「飯の一つや二つ、食わせてやったほうがよさそうだしな。それに、お見舞いのお礼もまだわたしてないから」
「うん、わかった」
「……」
「じゃあな、気をつけて帰れよ?記憶喪失なんてなったらお前のことを大切に思っている奴が悲しむぜ」
「余計なお世話だ!」
手を振りながら去っていく夏帆と、その父親の背中をずっとにらみつけながら僕は帰ることにした。
そして、帰り着いた瞬間にいまだキャビキラーを買っていなかったことに気がついてしまった……
ラッキーを捕まえた後、洗濯物を干さなくてはいけないために非常に心苦しいですが後書きは次回に持越しです。十二月三十日水曜、九時二分雨月。