◆◆第二百十六話◆◆◆:記憶を落とした男の病室
第二百十六話
中間テストが始まった。
もう、何も説明が要らないと思うが僕と早乙女さんはテストの点数で勝負をしている。相当な自信があるのか早乙女さんは僕のほうを見ながら上機嫌だ。
「間山、今度は絶対あなたに勝って見せるから!」
「……うん」
対する僕はどうも調子がいまいちである。
「どうしたの?なんだか元気がないみたいだけど?」
「心配してくれてるの?」
「……するわけないじゃない!ふん!軽口を叩けるだけ叩いておけばいいわ」
ともかく、今週の日曜日に面倒なことを終わらせてしまえばすっきりするのだろう。
ーーーーーー
「……こっち」
「……うん」
テストの成績などもはやどうでもいいと思いながら今、病院へとやってきた。今頃早乙女さんとか里香とかは(里香はあたしには運動しかない!と叫んでいた)勉強をしているのだろう。
案内してもらった病院だが市内にあって学校から目と鼻の先にあった場所だ。最近建て直されたそうで比較的綺麗な建物である。中は壁がクリーム色で従来の無機質なイメージを少しは払拭してくれる。
「……で、記憶喪失の君のお父さんは何処にいるの?」
「……あなたのお父さんでもある」
「……」
黙ったままついていった結果、目の前に現れたのは『乙姫喜一郎』と書かれたプレート付きの部屋だった。どうも、一人でこの部屋にいるらしい。記憶がないらしいのだがリハビリなどはもうそろそろ終わりを迎えるそうであと一週間ほどで退院するそうだ。
「……夏帆ちゃ……」
「夏帆でいい」
「……夏帆、君はもう帰っていい」
「……挨拶だけ、していく。わたしも試験勉強があるから」
二人してスライド式の扉を開ける。覚悟を決める必要なんてない。
関係のない人物と会うのに覚悟なんて要らない。
「……お父さん、お客さんを連れてきた」
「……」
白いシーツの上に胡坐をかいている一人の男性を確認できる。ぼりぼりと首をかきながらこちらを見てきている。どうでもよさげに僕のほうを一瞥した。一瞬だがどきりとしたがその目には知り合いを、家族を写したときの驚きなどの色を湛えてはいなかった。
「夏帆か……お、今日は彼氏を連れてきたのか」
にやっと笑うその面は記憶にあるあの男とそっくり……まぁ、同一人物なのだからそっくりなのは仕方がない。
「……違う。この人は……あなたの息子」
「息子ぉ?俺の息子はちゃんとついてるぞ」
「……ついてるってどういう意味?」
「えっとだな……」
そして相変わらずの下品さだ。飯時に屁をこくのはあたりまえ……なんて豪語していた人間だった。
「……夏帆、もう帰っていいよ」
第三者がいる状態で話せるわけもなくさっさと部屋からさっさと出るようにジェスチャーをする。
「……わかった」
素直にしたがって出て行ってしまった。
「……で、お前さんは俺に何の用だ?」
不審者を見るでもなく、やっぱり知っている人の顔をみるといった調子でもなく……喜一郎はただ僕を見ていた。興味があるようなないようなそんな感じ。
「別に、用事なんてないけどさっきの子がどうしてもあって欲しいって言ってきたからそれに従ってるだけだ」
「ふぅん、そっか……ああ、そうだ、お前神様っていると思うか?」
窓の外を見ながらそんなことを言う。いきなりなんだ?わけのわからない話をされても困るのだが……目の前の男はニヤニヤすることなく僕を見据えていた。
「……はぁ?」
「神様だよ、神様!ああ、神様って言うのはな……」
「神様ぐらい知ってるよ……僕は、神様なんていないと思う」
そういうと男は変な顔をした。変な……というよりも形容しがたいといったほうがいいだろう。
「……けどな、創作物の中には神様がいるんだよ。それこそ、作った奴の感情、考えが詰まった神様が五万とな。その神に触れたものを視覚的に聴覚的にいろいろと楽しませるんだよ。ま、共感できなかった奴にとっては薄ら寒い創造物でしかないって思うぜ……そいつらはフェイクじゃねぇよ。だって創造主が作り出した神様なんだからな。作ったやつが神かも知れねぇけどな」
すっと目を細める。過去にこの表情を見たことが僕はある。
「……しかしな、この世に神はいないかもしれねぇ。俺がこうなったのは……」
そういって記憶がねぇんだと笑って言う。知っているというとそれなら話は早いなとつぶやき再び口を開いた。
「まぁ、天罰っていってもいいかもしれねぇけど車に撥ねられることになったあの子は悪いことなんて何もしてないのにな……神がいたとしてもろくなやつじゃねぇ、そんな神なんて俺はいらねぇよ」
「……」
相変わらず持論を展開しまくる変な奴だ。笑っているところなんて久しぶりに見た気がする。
「……おっと、客が来てるのに一人でべらべらしゃべってるのはいけねぇな。悪かった」
「……それなら、一つだけ聞いていい?」
「おう、何でもいいぞ?知りたいなら俺のスリーサイズ教えてやるぜ」
もちろん、ボケは突っ込まない。
「……もし、あんたに息子がいたとして」
「だから、ちゃんと俺の息子はいるって……いや、ついてるって」
「……その息子をぶったとき、情けない顔をあんたはするか?何で情けない顔をしたのかあんたは説明できるか?」
そういうとすっと表情が鋭くなった。別に怒っているわけではなく頭をフル回転させているのだ。
「……そうだな……そりゃあれだ。多分、自分で決めたことを破ったからだろうな」
「?」
意味がわからない。
「言葉が足りなかったな……悪い、詳しく言うなら子どもを絶対にぶたないって決めていてそれを反古にしたら俺は情けない顔をするだろうな……人によって違うかもしれない、自分に対して嘘をつける奴だったらきっと情けない顔もしないだろう。あれは自分が悪かったわけじゃなくて他のことがどうだったとか適当に理由をつけてごまかす。だけど、不器用な奴はいつまでもいつまでも、引きずる。意外とそういったのが理由で親と子の間が気まずくなるっていうのはあると思うぜ?」
「……そっか」
「ま、これはあくまで俺の意見だ。どこの馬の骨かもしれん奴の父親の話など適当に応えるに限るな。ぶたれたのなら自分のダディに直接聞けよ」
首をすくめてそんなことを言われた。
「で、まだお前はここにいるのか?俺はいい加減、エロ本でも読もうかって思ってるんだ」
「……最後に、さっきの夏帆……」
「夏帆ちゃんって呼べ。あれでも一応俺の娘らしいからな。馬の骨が気安く呼び捨てるなよ」
「……夏帆ちゃんとその母親をあんたは愛しているのか?」
再び細められる目。
「……お前は難しいことを聞く子どもだな……記憶喪失の男にそんなことを聞いてどうする?……まぁ、いい。自分でも自分が誰なのかわからなかった奴をあの二人は励ましてくれてるからな。二人……いや、そういえば赤ん坊がいたから三人だな。ともかく、俺がさっさと職場に復帰してあの三人を養ってやらねぇといけないのはわかってる。これを愛ってとれるんならお前も相当大人なんだろうな」
「……さっぱりわからない」
「んじゃ、まだまだガキだな」
もはや僕がここにいてもどうしようもない、そう思って病室を後にすることにした。
「じゃ、僕は帰るよ」
「そっか、それじゃ気をつけて帰れよ、霧之助」
「……?」
後ろを振り返ると眉をひそめ、腕を組んでいるおっさんが一人いた。
「……どうした?」
「……僕の名前、知っていたのか?」
「知っているも何も、お前の名前は霧之助だろ?変な奴だな~……ほら、さっさと行けよ霧之助」
「何で知っているんだよ?夏帆に聞いたのか?」
「……夏帆ちゃんって呼べといったろう?……う~ん、ん?確かに何でお前の名前を俺は知っているんだろうな?あ~気分悪っ!!さっさと帰れ!今度来るときは俺が機嫌のいいときに来い」
結局、追い出されたのだが……変な時間だった。ふと、頭の片隅にあの男は記憶を取り戻したのではないか?という疑問が浮かんだのだがあの不思議そうな顔は生まれてはじめてみたので嘘ではなさそうだ。
「……今度来るとき……か」
今度、またここに来ることになるのだろうか?出来ればもう来たくない。あんな変な親父の相手をするのはまっぴらだ。
窓に反射する自分の顔が笑っていることに気がついて慌ててきりっとした表情をする。誰にごまかすわけでもなく、僕はその表情でアパートに帰ることにしたのだった。
さて、今回の話はどうだったでしょうか?短くまとめるつもりがいつもの二倍近くになってしまいました。いっそ前編後編にするかとも考えましたがそれじゃなんだか興ざめしそうだということでまとめた次第です。ここで一つ、区切り目です。次回は忘れていた話を登校しようかな……そう思っています。出来ましたら!感想を!!くださいっ!!!と一応言って置くことをご了承願いたいと思います。十二月十三日日曜、九時四十五分雨月。