第十九話◆
第十九話
リビングへと入ってきた百合さんは僕が宮川百合を完全に組み敷いているその光景を目にしており、目がやばかった。心なしか、その長い髪の毛も逆立っているように見えてしまう……絶望している僕の耳に、別の声が入ってきた。
「急いで!急いでみんなで霧之助を助けるのよっ!!」
「「「らじゃっ!!!!」」」
入ってきた連中は横に縞々な服を着ているラグビー部の方々だった。見た目よりも迅速な動きを見せて百合さんと宮川雪を捕まえる。入ってきたラグビー部の合計は十人でさして広くもないリビングはいっぱいいっぱいになり、百合さんと宮川雪の抵抗はすさまじく家具がもうめちゃくちゃ。抵抗にあって力尽きたラグビー部数人が床に転がった。
そして、暴れる気力がようやくなくなったのか百合さんが僕をにらみつけていた。
「…霧之助、お前どういうつもりだっ!!」
「え、こ、これは何のことだか……」
「つまり、こういうこと」
悠が僕に近づいてきて勝手にポケットへと自分の手を入れる。そして、お目当ての黒い箱を取り出した。
「これ、ずっと録音した状態なのよ。それでね、霧之助が教室で渡された状態から録音されているの♪」
ものすごく楽しそうに笑う悠。だが、その目はまったく笑っておらずきつい視線は宮川雪へと注がれている。録音機という言葉を聞いてから宮川雪の顔はその名のとおり、真っ白になっていた。
そして、ものすごく暴れ始めた。
「やめろぉぉぉぉっ!!!」
がっちがちのラグビー部をぶっ倒し、さらには悠から黒い箱を手に入れて床に叩きつけ、破壊する。床には傷が入り、中に入っていただろう機械の破片が出ていたりした。そして、百合さんだけが幻でも見たかのような表情をする。
悠が録音機をめちゃくちゃに壊している宮川雪の隣に近づいていき、こういった。
「あらら〜…すごく必死ね。だけどね、あたしたちはそんな中途半端な結果、望んでないから。悠子、入ってきてよ。こいつにとどめ、さしちゃって」
そういわれて玄関のほうからこれまた別の男子部活生徒たちが(今度はラグビー部ではなく柔道部)やってきて宮川雪を捕まえる。高校生といえるのか?と首を傾げるしかない相手にはさすがに抵抗できなかったのか動けない宮川雪の前を通過して悠子がやってきた。
「悠子……」
「……」
僕の呼びかけに無視してテーブルの裏から何かを取り出した。
「これ、予備……どうするかあなたに任せるから」
「……え……」
そして、悠子が渡した相手は百合さんだった。宮川雪は再び暴れだしたがしっかりと押さえつけられる。段取りと違うのか他の全員がきょとんとしていた。百合さんもきょとんとしているその一人だ。
「壊すも内容を聞くのもあなたしだい……だけどね」
震える声でそれだけいって悠子は思い切り百合さんの頬を叩いたのだ。何が起こったのか理解できていない百合さんは焦点の合っていない目で悠子を見ている。
「……勝手にお兄さんを犯罪者扱いしないで!あんたみたいな友達面したやつがどれだけ迷惑かわかってるの!?あんたみたいな人間、大嫌い!!」
そういって再び家を出て行ってしまった。な、何が起こったのだろうか……
「と、ともかく!宮川百合、あんたはその内容を今ここで聞きなさい!」
その後は悠がこの場を仕切り、これまで気絶していたラグビー部の数人が僕の部屋に勝手に侵入した挙句に許可もなくいまだ使用しているカセットを再生できる機具を持ってきた。
そして、一部始終が流れ始めた……もちろん、それには先ほどまでのやり取りが入っていた。百合さんが叩かれる瞬間も、悠子の啖呵も……
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「悪かった……」
ぼろぼろと涙を流しながらそんなことを言う。そして、小さくなっている雪のほうをにらみつけ、近寄っていく。誰もがその後の展開を予測したが、動かない……それが当然、それが後始末、落とし前……だが、僕はそれをさせたいとは思わなかった。
「どけ、霧之助」
怒りしか浮かび上がらない彼女の瞳はおそろしく、心はすでに折れそうだ。
「いやだ」
「何でお前がかばう?お前と私は被害者だ!」
その言葉に頭の何かが壊れた気がした。
「ふざけるなよっ!何が被害者だ!お前も共犯だろ!いいか、お前がきちんと話をしていれば、お前が負い目を感じなければ、周りを見る目があればこんな事態にはならなかったはずだ!しかも、この子は単純に百合さんの事が好きなだけだ!そんなやつを殴れるのか!?叩けるか!?僕は僕のためを思って悠子がこんなことをしたら絶対にぶてない!見ろよ、今だって怯えて泣いているじゃないかっ!!」
壁を思いっきり叩く。怒っている百合さんの視界にもちゃんと宮川雪が泣いている姿が見えたのだろうか……
―――――――――
「悠子、かっこよかったよ」
「別に……人として当然のことをしただけだからね」
いつものようにそっぽを向いてそんなことを言う。まぁ、そういうことにしておいてあげましょう。
「何、その笑顔?」
「いや、別に」
「……まぁ、いいけど……それより、あのまま帰らせてよかったのお兄さん?」
「ん〜まぁ、いいんじゃない?」
あの後、全員この部屋から出させた……というより、アパートのため隣の人が文句をいいに来たのだが空気を読んで首を突っ込まないで見ていてくれたらしい。僕がそれに一番に気づいたために急いで部屋から出させたのである。あの優しそうな瞳が正直言って一番堪えたかもしれない。
「お兄さんがそれでいいっていうならそれでいいわよ」
やれやれといった調子で首を振る悠子。どうも納得していない様子だが、終わったことだ。タイムマシンでもない限りどうしようもない。
これはこれでよかったと思っている自分がいるのだが、もっとうまくまとめさせることができたんじゃないのかと主張している自分もいる。
「あのね、お兄さん……もっとうまくできたんじゃないかって考えてない?」
「ん〜まぁ……」
そういうと馬鹿にしたように鼻で笑う。
「…うまくしようとして成し遂げた結果だからそれが一番の最善なんじゃない?どうせ、かっこ悪いお兄さんなんだから無理しないほうがいいわよ」
「無理なんてしてないよ」
文句を言ったがじゃ、お休みとそれだけ残して悠子は自室へと戻っていってしまった。はぁ、宮川雪ほどではないが少しだけ爪垢をせんじて飲んではくれないだろうか?