◆第百七十二話◆◆
第百七十二話
放課後、猛はまるでゾンビのような顔で図書館に現れた。午後からの授業中、何処をほっつき歩いていたのかわからないが出席しておらず、プリント類をまとめて机の上におかれていたのでそれを猛に渡す。
僕一人では心細かったために百合ちゃんも呼んでいたりする。よくよく考えてみたら百合ちゃんは誰かと付き合ったことがあるためにどうやって告白すればいいか知っているかもしれない……そういわけで僕より期待がもてるだろう。
プリント類にざっと目を通して青い顔のまま猛は言った。
「……これ、誰から貰った?」
「そりゃ、猛の机の上においてあったんだから先生じゃないの?」
授業中は他人の世話をする場合ではなく、隣の百合ちゃんからのちょっかいに対処しているため余裕がないのである。
突き出された書類を百合ちゃんと二人で見ると……
「……」
「これが婚姻届ってやつかぁ……はじめてみた」
全部同じものだった。まだ、どちらとも名前が書かれていないのだが誰が犯人かわからない。
「意外とその矢田ってのは積極的なんだなぁ……草葉の陰からってわけでもないみたいだし」
使い方なんとなく間違っている気がしないでもないけど……その言葉から連想されるものは現代ではストーカーみたいに付きまとってるって感じなんだけど……まぁ、持てる男はうらやましいな。
心の中で言っても伝わらないだろうから口に出していってみようかな」
「そうだねぇ、うらやましいよ」
「え?そうなのか?霧之助って……高校卒業した時点で彼女がいたら……その、籍入れたりするのか?」
「う~ん、それはないかなぁ……愛があってもお金がないと相手に苦労かけそうだからさ……百合ちゃんはどう?」
「わ、私は……そうだな、霧之助と同じかなぁ」
「与太話は余所でやってくれ!俺はどうすればいい?」
ついに猛の沸点を超えたようで僕の両肩をがっしと掴んで前後にゆっさゆっさと押したり戻したりする。
百合ちゃんが猛を抑え、ようやく離れてくれた。もうみてられないとでも思ったのだろうか?猛の肩に軽く手を置いてこんなことを訊ねたのだ。
「あ~……お前は矢田って奴のことが好きなんだよな?」
「……それは、もちろん……」
「じゃあ、決まりだな……ちょっとこっちにきてくれ……霧之助は先に帰ってていいぞ」
百合ちゃんにしっしと邪険に扱われてしまったが男と女の話に口を突っ込むのも野暮かもしれない……もしかして、百合ちゃんって猛のことが好きなのかも。
そんな考えをしながら先に図書館から出ると由美子の姿があった。
「あ、お兄ちゃん……」
「どうしたの?図書館に何か用事?」
「いや、お兄ちゃん探してたの。ケータイにも電話したんだけどつながらなかったよ……そしたら図書館で見たって友達が教えてくれてさ……」
図書館内ではケータイの電源を切っておかなくてはいけないためにきっていたわけだが……怒られてしまった。やれやれ、以前は悠子に怒られていたけど今でも結局は妹に怒られるんだなぁ……
「で、僕に用事ってどうかしたの?今日の晩御飯?」
「違うよ」
「何か帰りに買ってきて欲しいものでもあった?」
「それなら自分でいける」
「……それじゃあ……なんだろ?わかんないよ」
由美子が僕にこれまで頼んだことを挙げ連なってみたわけだけどもどれもこれもはずれを引いてばかりだった。
「……一緒に帰ろうと思ってさ」
「何だ、そんなことかぁ……」
「そんなことじゃ……ないよ」
「?」
今にも泣きそうな顔がそこにはあった。何かいけないことでもいっただろうかと先ほどまで自分が言ったことを思いだすがどれも心に刺さるような台詞じゃないはずだ。じゃ、じゃあ何処か身体が痛くなったのだろうか?
「お腹が痛いのか?頭が痛いか……それとも……」
「……違う、だってさ、お兄ちゃんが……ううん、なんでもないともかく帰ろうよ」
右手を掴まれてそのまま引っ張られる。猛のことも少し気になったが百合ちゃんから帰れ宣言を出されてしまっているのでこれ以上深入りしてもいい事はないだろう。まぁ、いいや……また明日聞けばいいのだから。
「……なんだかさ、すごく久しぶりだね一緒に帰るの」
「……前はいつ帰ったかなぁ…覚えがないよ……けど、どうしたの?急に一緒に帰ろう何ていいだして」
「それは……」
言葉に詰まったのか黙りこくる。
「……家に帰って話すよ」
寒くなってきたためだかどうかわからないが、もう辺り一帯は暗かった。最近は物騒だからなぁ、もしも一緒に帰ろうという申し出を断っていたら襲われていたかもしれない。しっかり由美子が隣を歩いているか確認しながら僕は下校したのだった。買い物はしてないけど冷蔵庫の中にあるもので今日は食べることとしようかな……けど、寒いから鍋物が食べたい気分でもある。
強風注意報でも出てるんじゃないかという中を自転車で帰ってきました。いやぁ、危ないですね。車とか、電車とか……そういったものがどれだけありがたいか身にしみてわかりましたよ。そして、一番驚いたのは発破が顔面に引っ付いたことです。いきなり上から何かが降ってきたかと思うと視界が茶色に染まりました……まぁ、当然前が見えなくなるわけですから運転もふらふらになるわけです。めったに車が通らない道をいつも通っているので事故率は非常に低いわけなのですがひやっとしましたね。これで死んだら笑いものですよ……木の葉は人を殺せるといっておきましょう。さて、この小説は百話前後で一年が過ぎるような仕様に(厳密に言うと違いますが)なっています。一年経てば去っていくもの、来るものと………いろいろとあるものなのです。今後、霧之助がどういったことになるのかは……まぁ、まだ決まってませんがわかる人にはわかっちゃうかもしれません。それでは、また次回お会いしましょう。十一月十一日水曜、十三時四十分雨月。