第十五話◆
第十五話
「お帰り、お兄さん」
「ただいま」
一ヶ月ぐらいすれば心は開くものなんだろうか?悠子が挨拶をしてくれるようになった。まぁ、いまだそっぽを向かれたままで挨拶をしてくるのだからあまり好印象ではないんだろうな。
「今日、何作るの?」
「ん?今日は豚のしょうが焼きだよ」
愛用の緑色のエプロンを装着し、早速料理にとりかかることにした。豚肉を取り出したところで僕はぎょっとした。
「え?どうしたの?」
「……何が?」
僕の隣には悠子がエプロンをつけて立っていたのである。ぶすっとした調子だが腕まくりまでしているところを見ると料理をしようとしているらしい。
「途中、何が混入するのかわからないから手伝うだけ」
途中何が混入するかって……おいおい、失礼だな。
「失礼な。材料以外で入ってるのは愛情ぐらいだぞ」
「……」
うわ、今確実に引かれた。うぅん、場を和ませようなんてなれないことをしようとするとやっぱり失敗するんだな。
「ま、まぁ、手伝ってくれるんならうれしいから。じゃあこの豚肉に包丁の先で線を入れてくれる?すじも切ってほしいんだけど」
「わかったわ」
「……」
包丁を持つ手がぶるぶる震えているところを見るとどうやら初心者らしい。怪我なんかさせたら大変なことだ。
「………ごめん、やっぱりボウルの中に酒としょうゆとしょうがをすっていてれくれないかな?」
「……わかったわ」
少しすねている横顔……あ、かわいいな。じゃなくて!何か応援しないとやる気をなくされるかもしれない。
「がんばって」
「あのね、これにがんばれなんて馬鹿にしてる?」
逆効果でした……。
―――――――
「えーと、悠子〜、ご飯できたよ?」
「……」
ゆら〜りと現れた僕の妹悠子。その目つきはものすごく怖かった。料理酒をひっくり返し、しょうゆも全てこぼしたのだ。ぜひとも動画投稿サイトに流したい一品だったな、あれは。
やる気をなくしたのか自信をなくしたのかは定かではないが彼女のやる気は零になったらしい。部屋に引っ込んでしまったのだ。
豚肉のしょうが焼きはあきらめて豚肉に塩と胡椒をかけて炒め、野菜と混ぜた一品というお手軽手抜き料理を作り終えた。騒動が終わりを迎えてから作り出し、十五分程度でできたのだ。
「……まぁ、誰しも失敗はあるから」
「わかったような口を利かないで!」
そうは言われても当事者だし、わかっているつもりだ。しかも、シリアスでもなんでもない場面でそんなことを言われても逆に対応に困る。心の闇のことをしったかぶって話しているときに言って欲しいせりふだろ、それ。
「あのね、わかってるから言ってるの」
「はは、馬鹿にしてるの?お酒ひっくり返したりしょうゆを一升駄目にするなんて子どもでもしないわよ!」
そういわれると慰めようがない。事実だ……これ以上の壁はないだろうな。
「手伝ってくれたことだけでもうれしかったから……ね、また今度手伝ってくれないかな?」
笑ってそういってみるとそっぽを向かれた。
「……どうせ足手まといになるだけよ!私なんていないほうがいいに決まってる!」
それももうちょっとだけ違う方面で使って欲しい。シリアスで、シリアスな方向でお願いします!くそう、そんな馬鹿みたいにシリアス方向に進めたいのならこっちものってやる!
「馬鹿!悠子がいないと料理を教えられないだろ!いつか僕に悠子が作ってくれた料理を食べさせてくれよ!」
テーブルをばんっ!と叩いて宣言する。どう見るだろうか?このしょぼい言い争いを終結させるための奥義を!
「………」
悠子は固まって僕を凝視している。いつもみたいにそっぽを向くことなく、こちらを揺らぐことのないしっかりとしたまなざしで見つめていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あのぅ、悠子…ちゃん?」
「……」
ふらふらとした足取りでそのままテーブルへとついて食べ始める。まるで幽霊みたいだ。てっきりさらに言い返されると思っていたのだがおとなしく食べてくれたことにほっとしつつも様子を伺ってみる。いつもみたいに食べるのが早い……ただそれだけだった。
―――――――――
「……お兄さんみたいに料理うまくないけどいいの?」
「ん?いいよ、食べさせてくれるならね」
「……わかった、いつかお兄ちゃんよりもうまくなるから」
それだけいって悠子は部屋に入ってしまった。
次回からは宮川百合シリアス展開の話です。シリアスが苦手な方は避けていただいて結構です。