第十話◆
第十話
家に帰ってきてからの悠子の機嫌は最悪で睨む、舌打ちをする、話しかけてもスルーする……そんな三拍子が揃った酷い妹になっていた。元からそんなだったって?まぁ、否定はしないんだけどね。
今晩のおかずは悠子の機嫌をよくする為に好物だと聞いたハンバーグということでちゃちゃっと作って二人で食事をする。一応食事はとってくれるようだが会話のない、殺伐とした(まるで某国と某国の国境辺りみたいだ)食卓となった。しゃべっているのはテレビの中のアナウンサーだけで、しかも廃墟で撮影なんてしている。
春先なのに心霊番組があることに首をかしげながらもそれを静かに見ている。
「さぁ、ここから先に何が待ち受けているのでしょうか!?」
基本的にテレビでそういったことが起こることはほとんどないといっていいだろう……何かあったほうがテレビ的には面白いかもしれないが、本当に何かあったらあったで問題が浮上するのかもしれない。
話半分でテレビを見ながら食事をしていると完全に悠子の手が止まっているのに気がついた。いつもだったらおいしく食事を採っているはずなのに(このとき見ているとにらまれる)口の中にお箸を加えてその心霊番組を睨みつけている。
口を開きかけて何を言われるかわかったものじゃなかったので再び黙って成り行きを見守ることにしていた。すると、いつもより二倍の時間がかかり、悠子にいたっては心霊番組が終わるまで食事を食べ終えることがなかった。
――――――――
風呂に入って歯磨きをしてさて、後は寝るだけだなぁと一応悠子におやすみという。いまだに怒っているのかどうか見極めるための行動だが、悠子はこちらのほうに背を向けてテーブルについていた。だが、お休みというとぴくっとその肩を動かす。
「ん?どうかした?」
しばしの間、変な感じの沈黙が流れたかと思うとぎこちな〜く首を動かしてこちらへ顔を向ける。いつもよりもきりっとしている表情で瞬きなんて一切しない。てっきりさっきの心霊番組を見て何かに取り憑かれたのかとも思ったのだがどうやら違うようでちゃんとしゃべってくれた。
「……う、うんお休み」
「?」
挙動不審だなぁと思いながらもどうせ追求してもいろいろと理屈を並べられて負けてしまうことは火を見るよりも明らかだ。そういうわけで自室へと引っ込んで布団を敷いて寝転がる。怖い番組を見たのだが再現VTRにも突っ込みどころが満載だったためにさして怖くなかった。そのまま目をつぶっているとあっさりと夢の中に引きずり込まれてしまったのだった。
――――――――
「ん……」
目を覚ますと僕の右手を誰かが掴んでいた。ぎゅっと、時間帯はよくわからないがアナログの時計が秒針を進ませるたびに音が鳴り、それが静かな部屋にはよく反響していて夜だということを再認識させてくれる。ゆっくり五分程度そんなことを考えて頭の中をはっきりと目覚めさせる。
勇気を振り絞って右方向へと首を動かすとそこには恨めしそうな女性が……いるわけなく、なぜか悠子が青ざめた顔で眠っていた。一瞬、病気か何かだろうかと思ったのだが寝る前の悠子の行動を思い出してようやく一つの結論に思い当たった。
「あぁ、なるほどねぇ」
頭はよくてもそれ相応の少女なのだ。怖いものはやはり怖いようでどうやら心霊物が駄目らしい……いつもだったらすぐに寝るくせして今日だけ遅くまで起きていたのは僕の部屋に忍び込むためだったのだろう。恥ずかしいのか、何なのか理由はわからないがどうやら一人で寝るのが相当怖かったようだな。
まぁ、最後のほうのはありえないとして一人は耐え切れなかったのだろう。しっかりと手を握っているその姿はまるでそれまで迷子だった少女のようだった。
そんな悠子のちっさな頭の上に握っている手とは反対の手を載せてなでてやる。聞こえないとはわかっていてもついつい言葉が出てしまった。
「……大丈夫大丈夫、僕はちゃんと君の手を握っていてあげるから」
ついでにしっかりと手を握り締めて布団の中に入れてやる。どうせ悠子が朝、目を覚ましてしまえばこの部屋からすぐに出て自室に戻ってしまう。それまでの間だけでもしっかりと支えてやりたかった。
寝顔を見ていると先ほどより安心したようで青白くないようだった。
「よしよし、いつもそうだったら僕もとっつきやすいんだけどね」
「……」
「!?」
がばっと悠子が動き、抱きしめられる様な体勢となった。しかも、悠子が上で僕が下……一瞬だけ頭の中に浮かび上がったピンク色の妄想をかき消す。
「………ぐすっ……」
「え?」
目の前にある顔からしずくがこぼれ、僕の頬を伝って布団をぬらす。
「怖い……怖いよぉ……」
「………」
先ほどまでのピンク色の妄想をしていた自分を恥じて、悠子を抱きしめる。そして、その頭の上に右手を置いてなでてやる。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
何故、そんなことを言ったのかはわからなかったし、言う必要があったのかわからない。だけどそうしないと僕の心が折れて泣き出しそうになったと思う。
そのまま僕も再び眠ってしまい、その後どうなったのか早朝目を覚ますまでわからなかった。
――――――――
朝の弱い人が無理やり起きようとしたって殆ど失敗する。悠子も朝が弱い。
「……ぐがぁ……」
「……きたねぇ……」
よだれが気がつけば僕のパジャマについており、その元凶が悠子だと気がつく。一瞬だけほっぺを引っ張ってやろうと手を伸ばしかけたのだが深夜のことを思い出してやめておいた。かたくなにつながれていた手は汗がにじんでおりさっさと離す。さて、そろそろおきて朝食でも作ろうかなぁと思い立ち悠子に布団を譲る。
いつものように起きて部屋を出る前に何か聞こえた気がした。あくまでそんな気がした……きっと気のせいだろう。
悠子が僕に『ありがとう』なんていうわけがない。
ようやっと十話目にいけました……これも常日頃読んでくださるかたがたがいるからです。一つの節目ということで悠子が心霊物が苦手ということがわかりました。そしてなんと!次回の話も悠子の話なのです。百合や悠がいいと思っている方が少しでも悠子側に傾倒してしまえばいいなぁと思う今日この頃です。気合を入れて今後取り組んで行きたいとおもいます。よろしければ感想なんか書いていただけるとうれしいです。