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HARUMAREA  作者: 火束 大
第一章 『魔王胎動』
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第8話 『新世界』


 ——走る。全力で走る。


「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」


 後ろに迫って来るは漆黒の槍。回避が上手く出来ず、頬や首、服ごと腕の肌を切り裂かれ、全身切り傷だらけだ。

 しかし、まだ命は無事だ。


「ッ・・・・・・ッ・・・・・・」


 だんだんと飛び交う悲鳴が聞こえなくなってくる。もうほとんどの怪魔(ダクストル)が命を落としたからだろう。現に横目で見ると、漆黒の槍で地面に縫い留められている怪魔(ダクストル)の死体が数多く見られた。

 まさに地獄の風景。これが『黒魔刻魔法』の真価。


「『吸黒魔雲』で死体を取り込んだ数だけ邪神魔法が発現する魔法は違う。この槍の雨からすると・・・・・・恐らく、村人全員の死体を取り込んだのだろう。父上でさえこれ程の邪神魔法は使わなかったぞっ」


 ビュンッ! と漆黒の槍がまた飛んでくる。横に飛んでかわしつつ、ハルマレアは無我夢中でユレスの元まで走り続けていく。

 もう少しで、彼の元に辿り着ける。


「ユレス・・・・・・ユレス・・・・・・!」


 もう悲鳴も聞こえなくなった。自分の荒い息しか聞こえない。


「ッ・・・・・・!」


 到着する——刹那。

 漆黒の槍が、ハルマレアの右足首を切り裂いた。


「ッッ!!?」


 急所狙いではなくなった。小癪な獲物を動けなくするために、足を潰しにきたのか。

 ズザァッッ!!! と派手にハルマレアは地面を滑るが、不幸中の幸いでユレスの元に到着出来た。

 そして、這いつくばったまま彼女は、右手でユレスの左手首をガッと掴み、


「ユレス! もう終わった! 終わったのだッ!! もう邪神魔法——『黒魔刻魔法』を止めろ!!!」


「・・・・・・・・・・」


「ユレスッッ!!!!!」


 ピタリと、彼女を追っていた漆黒の槍が、彼女の背中——心臓部分を狙って空中で止まる。

 もう避けようがない。

 そして、



「ユレスーーーーーー!!!!!」



 漆黒の槍の穂先が彼女に迫り。


「ッッッ」


 ——突き刺さる直前で、止まった。


「————」


 思わず目を閉じていたハルマレアは、まだ自分の意識がある事にしばし時間を置いてから気付き、そっと双眸を開けていった。


 直後、カラン、という渇いた音とリィン、という鐘の音が耳に入ってくる。


 目を完全に開いて振り返り、視界に入ったのは——地面に転がる、今まさにハルマレアを串刺しにしようとした漆黒の槍だ。

 そして、霧に包まれたように、転がっていた漆黒の槍はまばたきする間に消失した。


 次にドサドサッ、と何かが落ちる音が連続で響いてくる。

 周囲を見やると、縫い留められていたダラネモアや怪魔(ダクストル)の死体が転がっていた。音の正体は彼らが落ちた音だったようだ。突き刺さっていた漆黒の槍が消えたからだろう。


「・・・・・・レア」


 そんな時だった。

 今まで沈黙していたユレスが、口を開いた。


「ッ! ユレス・・・・・・!」


 彼は、自分の父だった焼死体から顔を上げてハルマレアに振り向いてくる。

 その顔は、今にも眠りに落ちそうな——微睡んだ顔だった。

 まるで夢の中にいるような様子だ。しかし、彼はしかと目の前のハルマレアを認識している。


 ハルマレアは、掴んでいる彼の左手首を離しつつ起き上がり、女子座りになってユレスを見つめる。

 そして、白髪の青年は疲労を感じさせる息を吐き出して、こう言った。


「すまないレア。しばらく・・・・・・ソムロス様と二人にしてくれないか? 今だけは、静かにソムロス様と過ごしたいんだ・・・・・・」


「・・・・・・分かった。ではあては、教会に戻る事にしよう」


「ああ・・・・・・」


 ふらふらとハルマレアは立ち上がる。歩く分には支障はない。彼女は、再び自分の父だった焼死体に顔を落とした彼を視界に収めてから、よろよろと教会に向かって行った。


 これでこの場に残ったのは、自分と、父と、ダラネモアや怪魔(ダクストル)達の死体だけだ。

 ようやく、静かになった。


「ソムロス様・・・・・・先程言いかけた事なんですが、実は私、魔法が使えるようになったんですよ。少し普通ではないですけれど、でも魔法なのは変わりません。普通ではないからソムロス様に見せるのに躊躇していたのですが、こうなると分かっていたなら・・・・・・見せたかったです。黒い雲を出すだけですが、私の魔法を」


 語る。

 今まで言えなかった事、言いたかった事を彼は語っていく。


「幼少の頃の私は、この白い髪と魔法が使えない事でよくイジメられてましたよね。その度にソムロス様は色々な方法で私を元気付けてくれました。あなたに何度救われた事か・・・・・・」


 両手で、父の黒焦げた左手を持ち上げる。大きな手だ。


「無骨だけれど、温かくて安心するこの手に頭を撫でられるのが、私は大好きでした。子供扱いされるのが嫌で反抗してしまいましたが、素直になれずにすみません・・・・・・」


 そして、ゆっくりと父の左手を地面に下ろし、語るのを止めたユレスはジッと父の黒焦げた顔を見つめるのに戻った。

 もっと語りたい事はあるが、疲労感が強いせいでこれ以上口を開くのが億劫だ。


「・・・・・・・・・・」


 しかし、押し殺したような声が、ユレスの口から漏れようとしていた。


「ッ・・・・・・ッ・・・・・・」


 白髪の青年は、ぶるぶると震える体を丸めながら、父の顔を見続けた——。




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




「随分と人の部屋を荒らしてくれたものよ。まったく・・・・・・」


 教会に戻り、与えられた自室に入ったハルマレアは部屋の荒れように眉をひそめつつ、大きくため息をつく。

 ベッドのシーツや掛け布団はぐちゃぐちゃ。椅子も倒され、買ってもらった本も床に散らばっている始末だ。

 人の部屋を何だと思っているのか。


「まぁ、無理もないか。命が危ぶむ最中だったのだ。常識や倫理観など消し飛ぶか」


 そう言ったハルマレアは肩をすくめ、自室から出て礼拝する場所へと移動する。こちらも中々に荒れている状態だ。縦列にきちんと置かれていた複数の長椅子が色んな方向に傾いている。


「やれやれ・・・・・・あてが言うのもなんだが、ここは神が見守る神聖な場所であろうに」


 ドカッと荒々しく適当な長椅子に腰を下ろすハルマレア。体中の切り傷はすでに血も止まり、痛みもない。一夜寝て過ごせば完全回復するだろう。そういう所は人間とは違い怪魔(ダクストル)の強みだ。

 首を長椅子の背もたれに預け、開放感を味わうように「あ~・・・・・・」と声を出しつつ天窓を見上げる。空が青から橙色に変色していく。もうすぐで夕暮れになりそうだ。


 ——これからどうするか。


 テルスタ村に攻めて来たダラネモア達は全員死んだ。村人達も全員死んだ。ソムロスも・・・・・・死んだ。


「優しく、気のいい男であったな」


 知り合ってから仲良くなるのに時間はまったくかからなかった。あれ程距離感を感じさせない人物は中々いない。さすがは神父である。まさに神父職は彼にとって天職に違いない。

 しかし、彼はもう亡き人だ。神父がいないこの教会は伽藍洞になってしまった。祈りに来る人間もこの先来ないだろう。


「ふー・・・・・・」


 天窓から正面に顔を戻した時だった。

 後方——出入口から、足音が聞こえた。

 首だけ振り返り見てみると——黒焦げの焼死体を両手で胸に抱き上げている、白髪の青年がいた。

 長椅子から立ち上がり、ハルマレアはつかつかと彼の元まで歩き、


「もう、いいのか?」


「ああ。気は済んだよ・・・・・・」


 彼の目は充血しており、両目の下は何かの跡が見える。

 その指摘はせず、ハルマレアは彼にこう尋ねた。


「ユレスよ。これからどうする? 正直に言うが、この村に定住するのはまずいぞ。我々——なれは副将の一人であるダラネモアを倒した。ダラネモアが戻らない事に不信感を持った奴らは、遠からずにこのテルスタ村にやってくるだろう」


「・・・・・・・・・・・」


「とりあえず、明日にはテルスタ村を出た方がいいとあては薦めるぞ。確かこの村の近くに隣村があったな。そこで蜥蜴(とかげ)車に乗せてもらって・・・・・・どこか遠くの街に行ってみないか?」


「遠い街、か」


「だが・・・・・・もしなれがここにいたいと言うならば、あては消えよう。奴らの目的はあてだ。あてがいないと分かれば、この村に来てもさっさと撤退するだろう」


 この村に残るか、ハルマレアと共に遠い街に行くか。

 彼女的にはついてきて欲しいが、この選択はユレス自身の意思で決めねばならない。


「(村の外に出るなんて・・・・・・今まで考えもしなかったな)」


 この村で生き、この村で死ぬ。

 そう思案していたが、もう村はめちゃくちゃだ。自分とハルマレア以外——否、ハルマレアが出て行ったとしたら、完全に一人きりだ。

 広い村内でたった一人、ポツンと存在するのをユレスは想像し——それも悪くないと思案するが、出て行ったハルマレアはどう過ごす気なのだろうか、とふと気がかりを覚える。


 ずっと魔王軍から逃げ続ける生活を送るのだろうか。

 少し思索し、無理だろう、とユレスは彼女が捕まる結果を脳裏に描いた。

 魔王軍がどれ程のものかは知らないが、今日のダラネモア達を見る限り、相当の軍力を保有しているのは理解出来た。


 ——今日まで家族同然に、一緒に過ごしてきたのだ。放っておけるはずがない。


 一度、胸元に抱えるソムロスを見てから、ユレスは決心した。


 この少女——否、自分よりも年上の女性、ハルマレアと共に。


 世界を、歩いて行こうと。


「——決めたよ。レア」


「・・・・・・聞かせてくれ。なれの答えを」


 対面するハルマレアに、ユレスは頷き、


「行くよ。君と・・・・・・どこまでも、一緒に」


「————そうか」


 良かった、とハルマレアは心底ホッとした。

 追い詰めるようで言えなかったが、自分が〝位〟をユレスに受け継がせたと知られたら、魔王軍は血眼でユレスを探し出し、拷問などの残酷な方法で〝位〟を彼から奪うだろう。


 それに、まだ不明瞭だが——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「(ユレスは『魔王』だ・・・・・・必ず出て来るだろう。『魔王』を倒そうとする者、『勇者』が・・・・・・!)」


 『魔王』と『勇者』は対の存在だ。片方がいれば必ず片方もいる。

 はた迷惑以外の何物でもない。実際自分とユレスは、これから魔王軍からも『勇者』からも逃げ続ける逃亡生活を送るのだ。

 しかし、生き残るにはやるしかない。


 そう思索するハルマレアから顔を上に向け、ユレスは思いを馳せる。

 村の外。ユレスにとってはまさに新しい世界だ。完結していたはずの世界に新たな分岐が現れたのだ。

 叶うなら、父も一緒の三人で新しい世界に行きたかった。


 ——明日から、生活が一変するな。


 そして、ユレスは顔を正面に戻し、口を開く。


「まずは、ソムロス様の墓を作ろう。埋めるのは・・・・・・教会の裏手がいいな。あそこならまず誰も来ない。ソムロス様も静かに眠れるはずだ」


「・・・・・・そうさな。あてもソムロスには大変世話になった。丁重に葬ろう」


「ああ」


 もう二度とこのテルスタ村に帰れないかもしれないのだ。後悔のないように、やる事をやらなければ。

 くるりと全身で振り返り、ユレスは礼拝堂の中から、開けっ放しの出入り口の先の外の風景を眺めながら。

 決断するように、短く彼女を促した。


「——行こうか」




     ⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨




「・・・・・・出来た」


 教会の裏手に行く途中でハルマレアに物置から鍬を持ってきてもらい、地面を深く掘り、丁寧にソムロスを穴に入れて土を戻した。

 そして分かりやすいようにするため、彼が愛読していた仕事道具でもある啓蒙書を半分ぐらい埋めて——墓が完成した。


「ソムロスが戦士なら、剣を突き刺すべきだろうがな」


「神父だからな」


 彼女の軽口をそう返しつつ、ユレスは両手を組んで黙祷を始める。その彼に倣ってハルマレアも両手を組み、黙祷を開始した。

 静寂な空間。ザザァ・・・・・・と自然の風が吹いてくる。外はもう夕暮れだ。じきに夜がやってくるだろう。


 言いたい事は大体言った——否、まだ一つだけあった。

 呼びたくても恥ずかしく、呼べなかったのだ。

 最初で最後の墓参りだ。死出の旅に行った彼に聞こえるように、ハッキリと言おう。

 隣にはハルマレアがいるが、構わないだろう。


 そしてユレスは、両手を解き黙祷を止め——。


 こう言った。


「明日から、レアと一緒にこの村を出るよ。多分帰ってくる事は出来ないだろうけれど・・・・・・どうか見守っていてくれ・・・・・・()()()


 夕暮れの橙色の光が——ソムロスの墓を優しく照らしていった。






 ——ここまでお読み下さりありがとうございます!


 この話にて第一章は完結し、物語は第二章へと移行します。ゴリゴリ書きますので、どうかこれからもよろしくお願いします!

 それでは失礼しました。

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