第6話 『虚偽・本音』
「ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・」
教会の裏手を抜け、回り込み、表へと出た。隣にはハルマレア。こちらからダラネモア達が見えるという事は、あちらからもこちらの姿を視認出来る。
「ふぅ・・・・・・! ふぅ・・・・・・!」
腹を括ったからといって緊張感や恐怖が消えるワケではない。むしろ増すばかりだ。鼓動がやかましくて仕方ない。
しかし、引くワケにはいかない。
何としてでも、父を助けなくては。
「大丈夫か? ユレス」
顔を引き攣らせるユレスを見かねたのか、隣で共に立ち止まっているハルマレアが気遣いの声を掛けてくる。
大丈夫だ、と言いたいが、今のユレスには頷くだけで精一杯だ。返事をしたら違う言葉が出そうである。
ハルマレアは、そんな彼の背中をポンと優しく叩き、
「ユレスよ。今の状況で言うのは不謹慎だが・・・・・・この状況はむしろ好機ではないか? これまで磨いた魔法を、今度は実戦で使えるのだ。なれがどれ程強くなったのかを試すいい機会だと思え。そうすれば、少しは緊張が和らぐはずだ」
「・・・・・・・・・・」
そうだ。自分は以前とは違い、決して無力ではない。
魔法という武器を手に入れたのだ。それも普通ではない『黒魔刻魔法』を。
「・・・・・・すまないレア。行こう——ソムロス様や皆を助けに」
「うむ」
停滞していた両足を動かしていく。自分達に注目を集めるようにわざと足音を大きくして進み・・・・・・。
そして、
「——久しいな。ダラネモアよ」
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ダラネモアと怪魔達と少しばかり距離を開けて、ユレスとハルマレアは止まった。
父はまだ意識が回復していないようだ。それに一番左側で掴まっている女性がソムロスと同じようにぐったりとしていた。
目を細めて見やると、左手の五指全部が変な角度に曲がっており、ポタポタと指の先から赤い血が垂れている。
爪を剥がしたのだろう。彼女が受けた痛みを想像したユレスは顔をしかめ、彼女から戯言を実現させたダラネモアの方に視線を戻す。
そうして、ユレスよりもほんの少し前に踏み出たハルマレアがダラネモアに声を掛けるも、彼は瞠目するだけで口を開かなかった。
そこから間を置いた彼は、突然邪魔だと言わんばかりに持ち上げていたソムロスをぞんざいに横に投げ捨てると、恭しく頭を下げつつ跪いて、結んでいた口をついに開いた。
「ハッ! ご壮健で何よりでございます! ハルマレア様!!」
荒々しい容姿と口調に似合わない臣下の礼を見せるダラネモア。その彼に続いて後ろに控えている怪魔達も跪き、三人の若い女性を捕えている三体の青い獣人は彼女達を離すワケにもいかず、慌てて頭を下げるだけだった。
チラリと、ハルマレアの視線が横——ユレスに滑る。その彼女の視線に気付いた白髪の彼は小さく頷く。
作戦開始だ。
「——なれは相変わらず惨い真似をする奴だな。そこな童が真っ黒ではないか」
「先に刃向かって来たのはこの子供ですので」
「はぁ・・・・・・本題に入るか。なれらは、あてを探しに来た。そうだな?」
「ハッ。しかし驚きましたよ。まさかこんな辺鄙な村におられるとは・・・・・・」
「いい村だぞ? ここは。で、あてを探しているのはなれらだけか?」
「いえ。俺達の他にも『怪肆魔将』の方達や副将が出張り、あらゆる場所でハルマレア様を探しております。・・・・・・ハルマレア様、戻ってきてはくれませんか? あなた様がいなくなってからヴァルノート様はお元気を失くし、夜もあまり眠れていないのです」
「フン。いまだに子離れも出来ぬのか父上は。あてはもう100歳ぞ? 人間的にいうなら成人を終えているというに・・・・・・」
「100歳!!!??」
黙って聞いているつもりだったが、信じられない情報が飛び出しつい口を挟んでしまった。
驚愕するユレスにハルマレアは「あれ?」と顔を向け、
「言ってなかったか?」
「言ってない! 全然言ってない!」
見た目は令嬢然とした少女にしか見えないハルマレア。この少女が自分よりも圧倒的年上などと信じられるはずもない——が。
「(ま、まさか・・・・・・〝位〟を受け継いだ時、高熱で苦しんだ夜にレアから安心感を感じたのはそういう事だったからか・・・・・・!?)」
年上の包容力と言えばいいのか、なぜ小さい少女に包容力を感じたのか不思議で仕方なかったが、100歳というならば、納得がいく。
そして同時に理解する。この少女が人間ではなく——怪魔だという事を。魔王の娘なのだから、最初に気付いてもいいと思うが・・・・・・ハルマレアは人間以上に人間臭い生活態度だったから気付けなかったのだ。
「〝位〟を受け継いでいい年はちょうど100歳に達した時だ。生誕日を迎える前に逃げ出そうと思索したが、部屋の扉を閉じられてな。だから〝位〟を受け継いだ瞬間に隙を突いてなんとか逃げ出せたのだ」
「そうだったのか・・・・・・だから私にもソムロス様にも尊大な口調だったのだな。そういうお年頃だと思ってたぞ」
「でっかい失礼な奴だな!」
そう鋭く言ったハルマレアは「話が逸れたな」と咳払いし、
「ダルマレアよ。あてがこうして来たのだ。もう人質は必要あるまい・・・・・・帰ろう。父上の元へ」
「・・・・・・・・・・・」
跪いているダルマレアの視線が、投げ捨てたソムロスに滑る。
その口元が、楽しそうに歪んだのを——ユレスは見逃さなかった。
「——ええ、そうですね。ハルマレア様を見つけたのですから、もうこの村に用はありませんね」
「うむ。であるから、疾く帰るぞ」
「ええ、ええ・・・・・・。ですが、その前に」
そう言いつつゆらりと、ダラネモアは立ち上がった。その姿はまるで幽鬼だ。全身から異様な不気味さを、この男は発している。
ハルマレアも察したのか、眉をひそめながら小柄な彼女よりも高身長なダラネモアを見上げている。
そして、ニタリ・・・・・・と嫌悪感を感じさせる笑みを浮かべた副将の彼は、こう言った。
「俺にくだらねェ嘘をこきやがった神父を殺します。いや神父だけじゃ気が済まねェな。連帯責任としてこの村の人間を皆殺しにしてから帰りましょう♪ ね、ハルマレア様♡」
「「————」」
——何を言っているのだ? この男は。
ダラネモアの言葉が飲み込めず、脳裏に空白が広がっていく。
作戦通りなら、帰るフリをしたハルマレアと交換で人質が解放されるはずだったのに・・・・・・否。
最初から破綻していたのだ。この作戦は。
人質を解放する? 相手は怪魔だ。
そんな甘い事、するはずがない。
「じゃあ手始めに捕えている雌からやるか~。おい」
まるで、そこにある物をとってくれと言うような呑気な声色で、
「殺せ」
女性三人を捕えている青い獣人達に、殺害を命じた。
「待っ——」
ハルマレアが制止の声を上げるより早く、事は済んだ。
ゴキッ! ボキッ! ボキィ!! という粉砕の三重奏がこの場に奏でられた。
ぶらん・・・・・・と三人の女性の首が俯くように落ちた後、ゴミでも捨てるように青い獣人達がパッと両手を離した直後、うつ伏せで一斉に彼女達の体が地面に転がる。
ピクリとも動かない。悲鳴を上げる暇もなく、彼女達の命は——失われた。
「自分で言っといてなんだけどヨ。指が三十本——あと二十五本も折れるのを待つのはかったりぃわ・・・・・・待たすのは好きだけどヨ、待たされるのは嫌いなんだよ俺はヨォ」
「ダラネモア! 貴様何勝手な真似をッッ!!!」
歯噛みしたハルマレアがそう怒声を彼に浴びせるが、どこ吹く風と言わんばかりの彼はため息をつきつつ、
「お言葉ですがハルマレア様ァ・・・・・・あなた様は昔から甘すぎる。劣等種族に愛玩動物のような感情を持つのもいいですが、あなた様はもう魔王なんですぞ? しっかりと分別をつけて貰わねば困ります」
「分別だと・・・・・・?」
「ええ。我々怪魔をこの劣等種族どもは侮ったのです。侮辱とは敵意と紙一重なんです。敵意を向けられたからにはこちらも応えないといけません。だから・・・・・・皆殺し確定なんですよ。最初からねェ、ギャハッ!」
彼の笑いにつられてか、後方に控えている怪魔達もゲラゲラと笑い始め、不愉快な合唱がこの場に響き渡る。
そして、言葉を詰まらせるユレスとハルマレアが見つめる中、ダラネモアは後ろを振り返り。
最悪の号令を、言い放った。
「おうてめーらァ!!! 待たせたなァ!! 今から始めるぜェ!!!? 皆殺しをヨォォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!』
「いまだに馬鹿みてーに『ラルハルク』を探しているクソ共を殺せ! 自分が好きな殺し方で殺せ! 試してみたい殺し方で殺せ! 欲望をありったけに解放しやがれェ!!!!!」
『イィィィィィィィィヤッフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウ!!!!!』
まさに水を得た魚。自らが持っている武器を高く掲げた怪魔達は生き生きと駆け出し、テルスタ村を蹂躙するように四方八方に散っていく。
間を置く事なく、様々な悲鳴が飛び交ってくる。中には剣戟な音も。衛兵が応戦しているのだろう。だが明らかに怪魔達の方が数が上だ。このままでは押し切られる可能性が高い。
皆殺しが、始まってしまった。
「さて」
満足そうに微笑んでいるダラネモアは、気を失っているソムロスに目を向け、
「こいつは、そこのクソガキと同じように焼いて殺すか。ただし、火力は段違いに上げてなァ」
スッと左手を上げ、手のひらをソムロスに向けるダラネモアを見てもユレスは動けなかった。
声も出ない。喉が干上がっているように言葉が吐き出せない。
腹を括ったはずなのに。助けると決めたのに。
体が動かない・・・・・・!
「クソ劣等野郎が。他のカスと共に灰になれや。ギャハハハハハハハハハ!!!」
ゴウ!!! と一瞬で巨大な火球が彼の手のひらの先に発現した。
言葉通り、ラランの時とは大きさが段違いだ。本当に父が灰になってしまう。
「ぁ・・・・・・ぁ・・・・・・!」
ふるふると片手を伸ばすが、ダラネモアにも、ソムロスにも当然届かない距離だ。意味のない行動。しかしそれでも、ユレスは手を伸ばし続けた。
ニタリと笑うダラネモアがさらに笑みを深めた——。
直後だった。
ドォン! と、ダラネモアの赤色と紫色が混じり合った鎧に大きな火球が炸裂した。
「ッ・・・・・・」
ぐら・・・・・・とダラネモアの体がふらつくが、手のひらに発現している巨大な火球は消えなかった。
しかし、発射は防いだ。
「・・・・・・何のおつもりですか?」
憤怒を内包した言葉を、ダラネモアは目前の人物に呟く。
ありえない事をした人物——。
「ハルマレア様ァ・・・・・・!!!」
——忠を尽くすべき主の姫に。
「・・・・・・前から、なれに言いたい事があったのだ」
知己であるダラネモアを分かりやすい程睨んでいるハルマレアは、そう前置きしつつ——ハッキリとこう言った。
「なれのその腐った性根がッ、大嫌いで仕方なかったのだ! 反吐が出そうな程なッッ!!!」
「・・・・・・・・・・・・へェ」
辛辣な言葉をぶつけられたダラネモアだが、その表情は不気味に笑うだけだ。
むしろ嬉しがっているのが窺える。やっと本音を出してくれたハルマレアに親類のような感情が湧いて仕方がない。
だからこそ、こちらも本音が出てしまうのは道理というモノだろう。
「俺もねェ、ハルマレア様ァ」
そう言いつつ彼は、左の手のひらをハルマレアに向け、
「アンタの事・・・・・・嫌いで仕方なかったんですわ! ヴァルノート様の娘ってだけで〝位〟を貰ってヨォ!! てめェみてえな甘ったれの小娘は『魔王』の器じゃねェんだヨォ!!!」
「ハ。それがなれの本音か。まあ、あてが『魔王』の器ではないという意見には同意だな」
「ホンット、ムカついて仕方なかったぜ! なんで俺よりも弱ェクソ雌に従わないといけねェんだってヨ!!」
「それは違うなダラネモア。なれは弱い。あてよりも・・・・・・今の『魔王』よりもな」
「何言ってやがる。魔王はてめェだろうが・・・・・・よーし! 今決めたぜ! ハルマレア様は瀕死の状態で見つかった事にしよう! そして〝位〟はレグリオクーロ様に受け継がせたいと言っていた事にもしよう!!! ギャハッ!! 俺はなんて頭がいいんだろうなァ! アンタもそう思うだろハルマレア様ァ!!!!!」
「いいや」
気分が最高潮に盛り上がっている彼とは反対に、冷静なままハルマレアはこう言った。
「どうしようもない程、なれは馬鹿だ。だからずっと副将止まりなのだ。成長が無い男よ、本当に・・・・・・哀れすぎて涙が出そうだ」
「————そおかい」
ピタリ、と笑うのを止め、能面になったダラネモアは、
「しばらく、くたばってろ」
躊躇なく、発現させていた巨大な火球を放った。
⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨⇨
「————」
ゴォォォォオオオオオ!!! と火花を散らしながら、ハルマレアに迫り来る巨大な火球。
瀕死にするとか言っていたが、まともに当たったら確実に焼死体を晒す事請け合いだ。
なのに、当のハルマレアは逃げる事もせずに、不動で立ったままだった。
「ぁ・・・・・・ぅぐ・・・・・・な、なんで逃げないんだ!! レア!!?」
やっと言葉が出た事にホッとしつつ、隣のハルマレアにそう叫ぶ。
このままでは自分も火球に巻き込まれるだろう。だがハルマレアが動こうとしないので逃げようにも逃げる気になれない。
こうなったら、引っ張って無理やり避けるしかない、と思案したユレスは右手で彼女の左手首を掴もうとする。
その時だった。
彼女は、死の業火から視線を逸らさないまま口を開いた。
「逃げる必要がどこにある? あてにはなれ——ユレスがいるのだぞ」
「え・・・・・・?」
「今こそ、なれが受け継いだ『黒魔刻魔法』を使う時だろう」
「————」
「——見せてみろユレス。これは最終試験だ。今まで培った成果をあてに見せてみろ!!!!!」
今日まで学んできた魔法。
付きっきりでハルマレアに教わってきた『黒魔刻魔法』を。
ここで。
「ッ・・・・・・」
ここで!!!
「ぅ・・・・・・ァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!」
緊張、恐怖、現実感。
それら全てをかなぐり捨て、ユレスはハルマレアの前に躍り出て使った。
最強にして最凶の魔法を——。
「————『吸黒魔雲』!!!!!!!!!!!」