第4話 『お遊戯』
——ハルマレアが来てから数日が経ち、月が一つ進んだ。
教会で生活するのに多少抵抗感があった彼女だが、今やすっかりと馴染み、日々たまにユレスと共に教会の清掃を手伝いつつ、魔法についてユレスに教え込んでいる毎日を過ごしていた。
まだハルマレアがどんな少女なのかは不明な部分が多いが、それでも毎日一緒に過ごしていると昔から暮らしているような気分になるから、人間という生き物は不思議だ。
そして現在、フグマハット歴1219年、デミハル真月。
平和なテルスタ村に、似つかわしくない集団がやって来ていた——。
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「——ふッ・・・・・・!!」
晴天の昼頃。教会の裏手にて。
今日も今日とて、ユレスはハルマレアから魔法の手ほどきを受けていた。
体内に流れる魔力を変換し、ユレスは両手を前に突き出す。
直後。
ポポンッ、と右手と左手の前に、手の平サイズの黒い雲が二つ発現した。
「ふぅ・・・・・・やはり出来て二つだな。それにもう少し大きな雲も作れそうな気がする・・・・・・」
「うむ。教え始めてからしばらく経ったが、もはやあての教えは必要ない程に成長したな・・・・・・お兄ちゃん、頑張ったね・・・・・・!!」
「なぜ急に妹目線になった?」
「いや、妹という存在が欲しいなれの為に言ってみたのだが」
「私はそんな事一言も言ってないんだが!!??」
「その動揺が物語ってるぞ」
本当に言っていない。言ってないよな? と不安で自問自答するユレスは軽く右手を横に振り、発現させた二つの『吸黒魔雲』を消す。
——『黒魔刻魔法』。
他の魔法とは毛色が違う特異の魔法。ハルマレアはもう教えは必要ないと言っているが、いまだに彼女の顔が険しくなった理由の部分は教えてもらえてないのだ。
後で教えると伝えられてから今日まで来てしまい、もはや訊いてはいけないのかな、と思案するユレスからは話題を口にする事も出来ない。
ユレスには必要ないと考えているのか、それとも言いたくないのか。
どちらにしろ、彼女が教えてくれるまでは帰結しない問題だ。
「ふぅーーーーー・・・・・・」
顔を青空に向け、大きく息を吐き出し肩の力を抜くユレス。
今日ものんびりと、いい天気である。
「ふぁ・・・・・・ユレスよ。授業は一時中断して、昼寝でもしないか? こうポカポカとした陽気な日は眠たくて仕方ないわ・・・・・・」
「そうだなぁ・・・・・・じゃあそこの木陰で、」
直後だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!??」
「「!?」」
空気を割らんばかりの絶叫が、響いてきた。
「なんだ・・・・・・?」
「村の入り口の方から聞こえたぞ」
只ならぬ気配に狼狽しつつ、ユレスは教会の裏手から回りこみ、表へと移動する。その彼の後ろをハルマレアがついていく。
そして、教会の近く、村の入り口に——村人数人と、そいつらはいた・・・・・・。
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テルスタ村入り口。
その入り口前の街道にわんさかと、異形な生き物が蔓延っていた。
目玉が三つある全身赤い肌の者、青色の毛皮を纏い、黒い鋭利な牙を持ち二本足で立つ獣——獣人。
そんな異形な者達——怪魔の集団の先頭に、赤色と紫色が混じった鎧を纏う金髪の男が目の先に広がる村内を眺めつつ、
「ここがテルスタ村かヨ。田舎くせェ所だぜ」
うんざりしながらそう言う彼に、傍に控えている怪魔の一匹——青い獣人が頷き、
「まったくですな。こんな辺鄙な村にあの方がいるとは思えませんな」
「ああ。だがレグリオクーロ様の指令には逆らえねェからヨ。頑張って隅々まで探さねえとなァ。努力してヨォ」
そう会話をしている内に、村人の男女数人——男が二人、女三人——が向こうからこちらまで近づいて来た。彼らは会話に花を咲かせているのか、お互いに顔を突き合わせて楽し気な様子だ。
そんな彼らを視界に捉えた金髪の彼は、一度口を閉じ、微笑んでから口を開いた。
「ちょうどいいな。とりあえずあいつらから始めるかァ」
「ですな。ククク・・・・・・」
そうして、ほぼ近距離まで来て、若い男女の一人である女性がこちらに気付き、表情と歩みを硬直させた。
その彼女につられ、他の数人も同じようにこちらを見て硬直した。
彼らがそうなるのも当然だろう。平和な昼下がり、村の外に流れる川で水遊びをしようと出入口に近づいたのに、数えきれない程の怪魔と異様な雰囲気の鎧の男がいるのだから。
「よぉ、少しいいか? お前らに訊きたい事があるんだけどヨ」
「ッ・・・・・・」
鎧の男に声を掛けられた若い男女の村人。最初に鎧の男と怪魔達の存在に気付いた女性はビクッと体を震わし、本能のままに——恐怖の感情を吐き出した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!??」
甲高い悲鳴。彼女のその悲鳴は村内に響き渡り、何事だと他の村人も表に出て来る。
そして、他の硬直していた若い男女もやっと体が動くようになり、鎧の男から逃げようとするが、
「——おい。まだ俺の質問に答えてねェだろ。何逃げようとしてんだ? あ?」
殺意がひしひしと乗っている言葉の前に、再び彼らは硬直してしまった。
そんな彼らに大きくため息をつく鎧の男は、
「こっちはヨ。なるたけ優しく訊いたつもりなんだがヨ。なんでそれが分かってくれねえんだァ? なあ、おい。なんでだと思うヨ?」
「それは無論、人間という劣等種族が無礼な生き物だからでしょうな」
「あぁ~なるほどねぇ。納得いったわぁー。お前頭いいじゃんかヨ」
「恐縮でございます」
「んじゃま、そういうワケだからヨ。俺の質問にちゃあんと、答えてくれよなァ・・・・・・?」
ガチガチと上下の歯を噛み合わし、鎧の男から目線を逸らせない若い男女達に鎧の男は——こう訊いた。
「この村に、ハルマレア様っていうお方はいるか? 見た目はちっこい女の子なんだがヨ」
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「あれは・・・・・・」
木の幹に隠れながら状況を観察している最中、傍で同じように観察をしているハルマレアがふと口を開いた。
その彼女の目線は、赤色と紫色が混じり合う鎧を纏っている男に注がれている気がする。
「レア。あの鎧の男について何か知っているのか?」
「う、うむ・・・・・・。まさか、こんな所まで来るとは・・・・・・」
「レア・・・・・・?」
「いや・・・・・・奴の名はダラネモア。魔王軍の『怪肆魔将』の一人、レグリオクーロの副将だ。相変わらずガラが悪いな・・・・・・」
「??? なんだ、かいしましょうだのなんだのと」
「そうか。なれは知らぬのか。・・・・・・『怪肆魔将』というのは、要するに父上の次に立場が強い四人の者達だ。当然、相当強いぞ。魔法も戦闘技能も。それで、その四人にはそれぞれ一人の右腕である副将がいる」
「それがあのダラネモアってやつか。しかし何しに来たんだ奴ら? 家出したレアを探しに来たのか?」
「その可能性が高いな。でなければ、ここまで来るはずもない」
そう言ったハルマレアは観察を中止し、腕を組んで考え込む姿勢を見せ始める。
このまま出て行けば、確実にダラネモアに身柄を拘束されて連れ戻されるのがオチだろう。そして〝位〟を譲ったなどと知られたら、怒られて済むなんてかわいいオチも絶対にない。
最悪、殺される可能性もある・・・・・・。
「(もう父上の所には戻れぬ。あてはもう『魔王』ではない・・・・・・ユレスは忘れているのか、それとも気付かない振りをしているのか。自分が『魔王』だという意識が感じられぬ。まあ魔法を使いたいだけで、魔王になどなりたくもなかっただろうが・・・・・・)」
「・・・・・・なぁレア」
「ッ! な、なんだ?」
思索の当の人物に呼びかけられ、動揺しつつハルマレアは返事を返す。
そうして、彼女を呼んだ白髪の彼も観察を止め、ハルマレアと向い合わせになり、
「君は、帰りたいか? それとも・・・・・・帰りたくないか?」
そう、真面目な表情で訊いてきた。
まだ帰って欲しくはない、とユレスは声に出さず心中で吐露するが、あくまで決めるのはハルマレアだ。
その気になればもう、あとは独学でも魔法を磨けるだろう。交渉はすでに満了していると言ってもいい。
しかしそれでも、まだハルマレアと共に過ごしたいと思う自分がいるのだ。
ソムロスもハルマレアの事は気に入っている。
もはやハルマレアは——家族同然の存在となっていた。
「あては・・・・・・」
そして、彼女は、
「——帰れぬ。いや、帰りたくない・・・・・・まだ、なれとソムロスと一緒に過ごしたい・・・・・・!」
「・・・・・・そうか。良かった。そう言ってくれて・・・・・・」
脳裏で想像していた理想の答えに、ユレスは心底ホッとした。
答えは得た。あとは行動するのみだ。ハルマレアを、ダラネモアから上手く隠さなくては。
「とりあえず今は、まだ観察を続けた方がいいか」
「・・・・・・そうさな。ここは様子を見るべきだろう」
ダラネモアの出方次第で方針を決めよう。
そう思案したユレスは、ハルマレアと共に再び木の幹に隠れ、観察に戻った。
見てみると、結構な数の村人が集まっていた。恐らく先程の悲鳴で駆け付けたのだろう。その村人の中、他の村人よりも身なりが良い一人の男がダラネモアに近づいて行くのが見える。
「あやつは?」
「あぁ、このテルスタ村の領主、リンストンさんだよ。・・・・・・ここからじゃ聞き取りにくいな。ちょっと行ってみる・・・・・・レアはここで待っててくれ」
「気を付けてな。ダラネモアは狂暴な男だ・・・・・・何をしでかすか分からんぞ」
「ああ。じゃ、行ってくる」
木から離れて歩き、さりげなくユレスは村人の集まりに入る。そこで少し先に、見慣れた青い神父服を見つけた。
ソムロスだ。彼もこの異常事態に気付いてここにいるのだろう。
そして、領主——リンストンは腰を引きつつ、自分よりも背が高いダラネモアを見上げながら口を開いた。
「あ、あのぉ~・・・・・・」
「てめェがここの領主かヨ。まったく・・・・・・ここの村人は一体どうなっているんだヨ。全然俺の質問に答えないんだが?」
「すっ、すみませんッ!」
「それにヨォ・・・・・・」
チラリとダラネモアの視線が横に滑る。
ここに集まっている村人の集団より少し離れた所に、剣や槍を携えている人間——衛兵達が固まってこちらを見やっている。
何かすれば動き出す気満々だ。
「もしかしてお前ら・・・・・・あの雑魚共を交えて俺らとやり合う気なのか? だとしたらナメられたモンだヨ。なんなら今すぐ戦ってみっか?」
「い・・・・・・いえいえッ!!? 違うんです! ただ彼らも仕事なので・・・・・・!!」
「フン、まァいいわ。それじゃ本題に入るぜ・・・・・・この村にハルマレア様はいるか? 紫髪の女の子なんだが」
「え・・・・・・紫髪って・・・・・・」
リンストンの脳裏によぎったのは、このテルスタ村では見慣れない令嬢然とした女の子だ。
煌びやかな容姿に目が惹かれたのを覚えている。神父であるソムロスと彼の息子であるユレスと共にいる事から、彼らの知り合いかとそのまま流したが。
キョロキョロと首を回し、リンストンは視線を散らして——青い神父服の男、ソムロスを発見した。やはり来ていたか、とホッとしつつリンストンは、彼がいる方向に顔を向けたまま、
「ソムローーーーーース!!! こ、こっちに来てくれないかァ!!!」
そう叫んで少し間を置き、村人が横にそれていくにつれ、彼は現れた。
「お呼びですか、リンストンさん」
「あ、ああ! ソムロスお前、確か紫髪の女の子と一緒にいたよな!?」
「・・・・・・・・・・・」
「ほう・・・・・・そうなのか? 神父ヨォ」
ずい、とダラネモアの顔がソムロスの顔に近づく。彼はゆるやかに顔を引きつつ、先のリンストンと同じように周囲に視線を巡らし——息子を見つける。
ジッと見つめると、意図を理解してくれたのか。ユレスはふるふると首を左右に振った。
「(そうか・・・・・・レアは、帰りたくないと言ったんだな・・・・・・?)」
納得し、ソムロスは顔をダラネモアの方に向き直す。「早く答えろヨ」と急かす彼を見上げ、ソムロスはこう言った。
「ええ。確かに紫髪の女の子と一緒にいましたが、彼女の名はラルハルク。あなたが探しているハルマレアという子ではないですね」
「・・・・・・・・・・」
無言、能面でダラネモアはソムロスを見下ろす。
適当に思いついた嘘の名前だ。神父が嘘をつくのはとんでもないが、それも時と場合によりけりだろう。神父の立場よりも、彼らの家族としての立場の方が優先なのは当然の話である。
そうして、生暖かい風が頬と髪を撫でた時だった。
「そうか・・・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと、ダラネモアは息を吐き出し、
「——じゃあ、話し合いの努力は終わりにして、別の努力を開始すっか。ほんのすこーし、残酷な努力をヨォ」
——目の前のソムロスの首に右手を伸ばして無造作に掴み、空中に持ち上げた。
「————」
それは、一瞬だった。
ソムロスも含め、この場に集まっている村人全員がまったく反応出来ず、気付いた時には、ソムロスはダラネモアに片手で持ち上げられていたのだ。
誰もが呼吸を忘れたように息を詰まらせる中、ダラネモアは愉快気にこう言った。
「よーし! 今からお遊戯を始めっぞォ!! 楽しい楽しいお遊戯をヨォ!!」
「お、お遊戯・・・・・・?」
ガクガクと体を震わしつつ、顔を青ざめさせているリンストンが呟く。その彼に「おおヨ」とダラネモアは頷き、
「まずはそうだな。雌——女三人でいいや。若い女三人、こっちに来い。来ねえとこの神父の首をヘシ折るぞ?」
「ッ!!? そ、そこの三人っ、こっちに来なさい!!」
そう言った領主が指を向けたのは、最初にダラネモア達を視認した男女——女性三人だった。当然足を竦ませている女性三人は、いやいやと顔を左右に激しく振る。
しかし、選ばれた時点でもう彼女達の意思は無意味だ。にやけているダラネモアは「おい」と後ろに控えている怪魔達に声を掛ける。
そして、従うように動き出した青い獣人の三体は、リンストンが指した若い女性三人をそれぞれ強引に腕を掴んで、ダラネモアの元まで引きずってくる。
「お願いだから離してよぉ!!」
「他の人にしてぇ!!」
「なんであたし達なのよぉ!!!!」
「おーおー、元気いいなァ・・・・・・」
若い女性達の涙が混じった鋭い視線がリンストンを射抜く。彼は何も言えず、顔をそらすだけだった。
衛兵達は歯噛みしつつ睨むだけだ。手を出そうにも、人質がいるのでは出しようがない。
「ソムロス様・・・・・・!!!」
彼女達は気の毒だと思うが、ユレスの脳裏を占めているのは無論、父のソムロスだ。彼は苦しそうに顔を歪めつつ、両手でダラネモアの右手を自分の首から引きはがそうとするが、
「無駄だぜェ。てめェ程度の力じゃあヨォ」
「ッ・・・・・・ならばッ!!」
力では無理だと悟ったソムロスは、両手でダラネモアの右手首を掴み、
「ふん・・・・・・!!」
「お・・・・・・」
念じるように顔をしかめた直後、ピキピキピキ!! とダラネモアの右手首から氷が発現した。
その氷は次第にダラネモアの右肩に上るように発現し、彼を氷漬けにしようと躍動していく。
「青氷水魔法かァ。中々のチカラだ・・・・・・このままじゃ氷の彫像になっちまうかもなァ」
そう言う彼だが、口調にも表情にも焦りの色はまったくない。その彼に不思議がるも、ソムロスは青氷水魔法を魔力が続く限り発現していく——が。
直後だった。
ジュジュゥ~~~!!! とダラネモアに迫っていく氷が溶けて、蒸発した。
その現象に瞠目するソムロスだが、刹那。
自分の首を絞めているダラネモアの右手から、高熱が発生した。
「がァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!???」
——焼ける。熱い。首が高熱で溶けて千切れるのでは、と思う程の熱がソムロスを襲っている。そんな思考では当然魔法を使い続けられるはずもなく、両手は無意識にダラネモアの右手に戻っていた。
「いやァ~・・・・・・残念だったなァ神父ヨォ。俺は赤熱魔法が使えっからお前にとってはすこぶる相性がわりぃんだわ!! ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
ソムロスの悲鳴とダラネモアの狂笑が混じり合い、聞くに堪えがたい音楽がこの場にいる全員の耳朶を打つ。だが怪魔達にとっては、踊り出してしまう程愉快な音楽だ。
ゲラゲラと怪魔達の笑いも混ざる中、狂笑を止めたダラネモアは愉快気なまま口を開く。
絶望に染まる村人達の視線を受け止めながら、ダラネモアはついに——最悪の〝お遊戯〟の内容を告げた。
「いいかァ。今からてめェら人間どもは、この神父が言った『ラルハルク』をくまなく探して来い。時間が過ぎていく毎に女の指を折っていって、最後に神父の首をヘシ折った時が時間切れだァ。時間切れになったら勿論・・・・・・この村にいる人間全員、一匹残らず皆殺しコースにしてやっからヨ。精々気張るこったなァ」